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契約は血の色で・上(3)

 三人が出て行ってまもなく、階下で何やら話す気配がした。ザトゥマの下品な笑い声も響く。それらはすぐに静まって、入れ替わりに顔を出した者がいる。


「クソ野郎! いつかその小汚いモノ噛みちぎってやるから!」


 ロゼッタは廊下に向かって悪態をつくと、音を立てて扉を閉めた。


「どうしたんだよ一体」

「ミンツァー社長から『ライブでこいつが迷惑かけなかったか』って聞かれて。『ライブでは(・・)何もしませんでした』って答えたら、『じゃあお咎めなしだよな。まさか自分の男をボコられたなんて個人的な理由で出禁にしないよな。そもそもあの勝負は俺の負けだし。敗者に鞭打つような真似しないよな』ってあの馬鹿が」

「……本気なのか冗談なのかわからねえのが怖いな」


 とはいえ、カイラルもいい加減あの男との付き合い方には慣れてきた。どうせ言葉の大半はこちらを小突き回すために出てくるのだから、真に受けるだけ労力の無駄である。狂人は狂人らしくあしらってやればいいのだ。いつか決着をつけるその時まで。


「社長も青筋浮かべて笑ってたし、当分は首輪締めといてくれると思うけどさあ。これ以上相手にしたくないのよマジで。それよりあんた、体の調子は?」

「お陰様で全身ガタガタだよ畜生。でも怪我は大丈夫だ。もう一日大人しくしてれば痛みも消えるだろ」

「そう。よかった」

「あーもーやだ」


 頭を掻きむしりながらキエルが言った。


「あれじゃ私の方が子供みたいじゃない。人が心配してんのに大見得切ってくれちゃってまあ」

「ミンツァーは満足しただろ。あのオッサンはああやって喜ばせときゃいいんだよ」

「生意気」


 キエルが背中を押そうとしてきたので、カイラルは慌てて飛び退いた。治りかけの傷を触られてはたまったものではない。


「逆張り。逆張りね。……言ってくれるじゃない。まあ確かに、ミンツァーの足を引っ張るのが目的になってた感はあるけど。あんたに突っ込まれるとは思わなかったわ。ザトゥマにボコられたのがそんなに効いたの?」

「色々あったんだよ。色々な」

「うん。色々すっきりしたからね」

「お前は余計なこと言わなくていい。というか何しに来たんだよ」

「そうそう、これおすそ分け」


 ロゼッタが紙袋をひっくり返すと、小袋に入った菓子がどばどばとこぼれた。元は小奇麗な箱に入っていたであろうそれらは、カイラルの小遣いでは気軽に買えそうになかった。


「ミンツァー社長から差し入れ。ライブに送られてきたのよ。あと、これ見よがしに大っきなスタンド花も」

「あいつ……」

「社長は姉さん個人とは仲良くしたいんじゃないの? でなきゃ私のご機嫌取りなんかしないってば。姉さんだって、本当は今あの人と喧嘩するのまずいんでしょ?」

「二人そろって痛いとこ突いてくるわねえ。わかってるわよもちろん」


 キエルは忌々しげに菓子を頬張り、ぼりぼりと噛み砕いた。


 ――カダルが躊躇なく復興を進めているのは、安全だという確証があるからだ。


 世間の大部分が持っていた思いは、先日の一件で脆くも崩れ去った。結局は老人の道楽だったか、という嘲りも聞かれる。費やした金と時間は露と消え、人命も少なからず犠牲となった。加盟組織にとっては、脱退するか居残るか、判断のしどころだろう。


 カダルはハーウェイ・カルテル単独でも復興を続けると言い切っている。そこには見栄も偽りもないのだろうが、相当厳しいものになるのは間違いない。利権目当ての烏合の衆でも、数の力は必要なのだ。


 だからこそ、ミンツァーは切れない。


 強権的なカダルへの対抗馬、融和策を取れる存在として、ミンツァーは理事達から一定の支持を集めていた。障壁屑の情報の件がそうだったように。今後それはさらに顕著になるだろう。周囲を説得するには、ミンツァーの存在は不可欠だ。


「でもそれは、あいつの言いなりになるって意味じゃねえよな」


 窓の外に目をやると、ちょうど三人が帰ってゆくのが見えた。視線に気づいたものか、ミンツァーはちらりとこちらを見たが、何もしないまま前へと向き直った。


「ミンツァーは俺を利用するつもりだろ。じゃあこっちも、せいぜい利用させてもらおうぜ。事が思い通りに進んでると相手が思ってるうちにな」


 カイラルには確証があった。ミンツァーがどれだけ謀略を巡らせようと、不確定要素からは逃れられないのだと。あの日ザトゥマが勝手な行動を取ったことで、物語は明らかに加速した。それはカイラルの精神に生じた変化のみならず、セリアが己の秘密を晒すという、ミンツァーが決して知り得ない異変をも孕んでいるのである。


「やれやれ。しばらくは迎合もやむなし。情報の公開も致し方なし。……ま、政治の問題は大人の仕事、しっかりやらせてもらいますわよ。でも、私達には舞台を整えることはできても、その中心で踊ることは叶わない」


 主役はあくまでもお前だ、と。


 キエルは最後の念押しをするように、息子の前に立った。


「でかい口叩いた以上、覚悟はできてるんでしょうね」

「ああ」

「わかった。じゃあ私はもう何も言わない」


 カイラルの両肩に手を乗せ、キエルは力強く揺さぶった。


「十年前の傷跡をその目に焼き付けてきなさい。それがあんたの物語にとって、何かの助けになるのなら。……本当は私もついて行きたいけど、今はここを離れたくないの。何か嫌な予感がするのよ」

「カダルの爺さんに張り付いてた方がいいんじゃねえか?」

「いくらミンツァーでも、この状況で総代に直接牙を向けるような真似はしないわ。自分の差金ですって言ってるようなものだもの。仕掛けてくるとしたら別の何かよ」


 それが暴力的なものなのか、政治的なものなのか。


 どちらであれ、次の手は打たねばなるまい。

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