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契約は血の色で・上(2)

 北の街に異変が起きていないか、この目で見てくること。


 それが第一の目的だとミンツァーが告げた。


「君もまだ足を踏み入れたことはないだろう。いまだ南側の制圧すら完了していない我ら復興連盟ではあるが――ことに、北の街への進出は困難を極める」


 白板に貼られた地図がすべてを示していた。崩壊前の地図に過去の調査でわかったことを追加したものらしいが、大きく地形が変わってしまっている。大地にいくつもの亀裂が走っている上に瓦礫の処理もまったく行われていないから、街全体が複雑な迷路に等しい。


 そして一際目立つ巨大な『穴』。


 先日の障壁崩壊は、あの世界の傷跡を巻き込んで発生した。かさぶたを無理矢理剥がしたようなものだ。収束した以上は世界の管理者達が上手く塞いだのだろうが、補修を繰り返した傷がきれいに治るわけもない。何かしらの影響は出ていると見るべきだろう。


 目安となるのは障壁屑の数だ。屑どもは『穴』から生まれ、北の廃墟群を中心にあてもなく徘徊している。その一部が飛ぶか泳ぐか、川を越えて南側へやってきて、スラムで目撃されるに至っている。世界が揺らいだとすれば、真っ先に変化が現れるはずなのだ。今のところ、南側で出現報告が増えていないのは不幸中の幸いだが。


「君にはその能力での哨戒と、大物が出てきたときの戦闘を頼みたい。案内役にはナクトをつける。地形がさらに変わっていたとしても対応できるだろう」

「よろしく」


 ナクトが斜め四十五度の動きで頭を下げる。相変わらずねじ巻き式の玩具のようだ。


「わかっていると思うが、常人の兵士は参加させられない。本来ならこんな仕事は我が社の得手なんだが、いかにうちの精鋭とはいえ、障壁屑が相手では何の役にも立たないからね。だからセリア嬢は特別だ。動きの鈍いやつならその剣で仕留められるだろうが、できる限り前には出ないことだ。君がしっかりと守って――」


 教師のように話すミンツァーだったが、カイラルの顔を正面から見るなり眉をひそめた。


「……具合が悪そうだが大丈夫かね?」

「いや、別に……」


 平静を装おうとして、痛みに顔が引きつる。ザトゥマが笑いを噛み殺しているのが目に入った。あちこちが軋むように痛い。特に腰が。


 昨日の朝に目を覚ましてからずっとこの調子なのだ。獣欲に任せてロゼッタと絡み合ったものだから、体が悲鳴を上げているとみえる。普段ならあの程度どうということはないのだが、まさしく『手負いの獣』の状態では、反動が来るのも無理はない。


「どうにも不安だな。頼むから足だけは引っ張ってくれるなよ。……まあいい」


 ミンツァーは机に両手を置いて立ち上がると、カイラルとセリアを順々に見た。


「君らの役割云々はおまけでね。調査はナクトとシャロンだけでも事足りる。君達には何よりも一度、あの場所を見てもらいたいのだ。このセカイで何が起こっているのか、私の目的がどれほど大きなものか、理解してもらうためにもね」

「勝手なことを」


 キエルが吐き捨てるように言った。


「大体そのシャロンはどうしたのよ。何故こんな話の場に彼女がいないの」

「別の仕事があってね。心配しなくても調査には参加する。まあそう焦らないでくれ、出発は明日の夜だ。集合は十八時、それまでは体を休めておくことだな」

「何だ、今日は打ち合わせだけかよ。……ちょっと待て、十八時? わざわざ夜中にあの街をうろつくってことか?」

「危険は承知の上だよ。だが、考えなしにやっているわけではないのでね。理由は行ってみればわかる」

「認めません」


 目も合わせずにキエルが断じた。そこから何も続けようとしない。


「総代から外出の許可は出ていると聞いたが?」

「軟禁しとく必要はなくなっただけよ。カルテルの保護下にあるのは変わらないんだから。この前もちょっと外に出しといたら、勝手にグラムベルクまで行った挙句、そこの腐れ外道と遊んできたんだもの。危なっかしくて放っとけないわ」


 ミンツァーが舌打ち混じりにザトゥマを睨みつける。しかし当人は悪びれもせず、笑いながら目を逸らした。どうやらこの男、先日の悶着は報告していなかったらしい。余裕しゃくしゃくだったミンツァーも、相手に余計な大義名分を与えたと悟るや、苛立ちを露わにした。


「というわけで、ご期待には添いかねます。調査には代わりに誰か行かせるから」

「過保護も大概にしておくんだな。この期に及んで主役の行動を縛るつもりか?」

「あんた達の思惑に乗るつもりはないって言ってるのよ」

「都合よく話を動かそうとしているのはどっちだ。大体君は昔から……」

「そうよね、思い通りに行かないと途端に機嫌が悪くなるのは昔っから変わってないわよね、プレイボーイ気取りのクインシー君」

「何だと」

「何よ」

「キエル」


 不毛な口論を断ち切るようにカイラルは言った。


「行かせてくれ」

「……本気なの?」


 カイラルは答えなかった。しかし、地図に向けられた瞳からは、意志の揺らぎなど微塵も感じられない。


 わかってはいたが、いざ目に見える形にされると、受け入れ難い衝撃があった。北の街は十年もの間、無残な姿を晒し続けてきたのだ。ひとまずの手入れさえ許されず、廃墟を彷徨うのは人にあらざるもの。いまだ乾き切らない傷口が、血を流し続けている。


 これが自分を物語の主役へと押し上げるために用意された舞台なのだとしたら。


 上がってやろうではないか、自らの足で。


 復興連盟内部の対立は、正直他人事だ。大人しく街を復興させ傷を塞ぐのか、かさぶたを破って世界の管理者達に戦いを挑むのか。そんな判断が今つけられるはずもない。カイラルはただ、答えを探しに行きたいだけだ。自分はやはりこの街で死ぬべきなのか、外へ飛び出すべきなのかの。


「カルテル側の人間が俺とセリアだけじゃ不安なら、その『代わりの誰か』ってやつも一緒に来てくれればいい。構わないよな?」

「もちろん」


 思わぬところから架けられた梯子に、ミンツァーはにんまりと笑みを浮かべた。


「心配すんなキエル。俺は【セカイの中心】なんだから、そう簡単にくたばらねえよ。このままずっとあんたに守られてたら、いつまで経っても前には進めない。その方がよくない結果になりそうな気がするんだ。ミンツァーが正しいって言うわけじゃねえけどな。それに」


 セリアに一瞬目配せをして、カイラルはミンツァーを見据えた。


「ひたすら嫌いな相手の逆張りしてりゃいいってもんでもねえだろ。それじゃ結局相手に主導権を握られちまう。俺が自分で考えて動かなきゃ意味ないんだ。戦うか手を組むかはその結果次第だろ」

「素晴らしい」


 ミンツァーは満面の笑みで手を叩いた。


「その様子だと、成すべきことは見つかったようだな。いや、まだそこまでは行かないか。しかし、進むべき道を探す決心はついただろう。どうしたキエル、喜ばないのか。息子さんの成長が見られた瞬間だぞ」


 キエルは腕を組んだまま、眉間にしわを寄せている。今の感情を表す言葉を持っていないようだった。やがて諦めたように、勝手にしろ、とそっぽを向いた。


「私は本社に戻る。後のことはシャロンに任せてあるから、明日は彼女の指示に従ってくれ。……ときにセリア嬢」

「何か」

「君もこの後、色々と腹を決める時が来るだろう。グラムベルクに寄る機会があれば、ぜひ当社へ顔を出してくれ。いくらでも見学はさせてあげよう。民間軍事会社といっても、君にはよくわからないだろうからね」


 露骨な誘い文句を置き土産に、ミンツァーは部下二人と去っていった。


 いつぞやと同じく、勝ち逃げを決め込むように。

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