心表石
次の日の朝食は、食パンにはちみつを垂らしたものと、ジャガバター、野菜ジュースだった。
私が、残りの野菜ジュースを飲んでいると、
「厳正。それじゃあ今日から楓に心表を教えてくれないか?」
美味しいな。この野菜ジュース…。
それより、しんぴょう……か。昨日から出てる単語だけど、何をするんだろう?
「うむ、それでは巳の刻頃から始めようかの? いいじゃろ? 楓」
「あ、はい」
一体何をするんだろう……。
◇
朝食の後、別に何も無いまま、無事に巳の刻になり、私達は外へ出た。
「さあ、始めるとするかの?」
「はい!」
……と、返事したのは私だけで、アウルはというと、近くの大きめの岩の上に座り、足をぶらつかせ、ぼんやりこちらを見ている。
「厳正さん?」
「ん? なんじゃ?」
「昨日から気になっているんですが、今からするしんぴょうってなんなのですか? 」
「ん? アウルムから何も聞いてないのか?」
厳正さんは、一瞬目が点になった。
アウルめ……ちゃんとは説明してよね。
私は岩の上で、もう、うとうとしているアウルを睨みつける。
よだれ垂れてるし……。
「まあ、よい。心表とは選びし者が、これから先の旅の力となる武器を決める儀式のようなものじゃ」
「どう選ぶのですか?」
「選ぶには心表石が必要なのじゃが……持っているかの?」
私は少し考えた後、ポケットを探る。
予想通りあの宝石はあった。無くしてなくてよかったが……
「あ、青色になってる……」
昨日まで透明だったはずの心表石は、これまで見たことがないような綺麗な瑠璃色に染まっていた。
「青色か……心表瑠璃だな」
「心表瑠璃……ですか?」
「うむ。心表石は選びし者、つまり主の所属する勢力によって色が変わる。 昔はそれぞれの勢力に1種類ずつ、計8種類……いや、それ以上あったのだが、昨日話した通りそれぞれの弱体化、滅亡よりそのほとんどが見られなくなった。
現在入界してくる選びし者達は、 主のようなどこにも属さない者の心表瑠璃、天界の心表輝石、地底界の心表烈火の3種類の内、どの色かに心表石は染まる」
石、石、石……なんか、生物の時間みたいだ……。
頭痛い……。
「一応、昔健在していた、残り5つの勢力の心表石も聞いとくかの?」
「いや、結構です!」
「そ、そうかの…?」
すみません厳正さん。困らせてでも聞きたくないものはあるんです……。
思いが通じたのか、それ以上は説明して来なかったので助かった。
「それでは心表の儀を始めるかの」
「はい……」
「楓、それではわしが今から言う呪文を続けて詠唱 してくれ」
そうして、厳正さんは詠唱を言い始めた。
それに私も続く。
「我が心の底に宿りし!」
「あっ、えー、わが心の底に宿りし!」
「真に望みし武器へと変われ!」
「真に望みし武器へと変われ!」
「心表!」 「心表!」
私の詠唱が終わった途端、心表瑠璃が銀色に光り出 した。
「……っ!」
突然の閃光に、一瞬目を背ける。
そして、再度手元を見ると、心表瑠璃を握っていたはずの手からは灰色の柄が伸びていた。
柄の先を見てみると、うっすら湾曲を描く刃が煌めいており、刃元には握っていたはずの心表瑠璃が埋め込まれていた。
心表瑠璃はその場所で、光をとりこみ一層青さを増して静かに輝いている。
「こ、これは……」
「ほう、薙刀か。薙刀に何か心当たりはあるか?」
厳正さんに心当たりと言われる。
目線をそらし、少し記憶を辿ってみるが 、動揺していたせいか、該当する記憶はなかった。
「……すみません。思い当たりません……」
「そうか……。まあ主の心が選んだ武器。大丈夫じゃ 」
「は、はあ……。けど使い方……私知りませんよ?」
改めて自分の持っている薙刀を見てみる。
地面に立ててみると、柄だけでも自分の肩と同じかそれ以上で、刃先の長さも合わせると自分の身長を優に超えていた。
これ……振り回せるの?
「一応、基本的な事を教えるぞ?」
そう言うと、厳正さんは手近にあった、私の薙刀と同じぐらいの長さの木の棒を取った。
「まず、刃がついていない方の柄を左手で外側から握り、柄の中心辺りを右手で内側から握る、そして 左足を後ろに引き、体を左に捌く」
俗に言う体裁きって言うやつかな?
確か、体育の柔道の授業で少しやったっけ?
「こ、こうですか?」
体を動かす事は苦手ではないが、初めてな事なので何となくぎこちない。
「うむ…まあいいじゃろう。やっていく内になれるわ」
厳正さんは鈍く首を振った。
そして、自分の持っている棒を構え直す。
「戦闘になった時は基本はその型じゃ。状況によっては、持ち手を 反対にして右に開いたりもする。他にも上段、下段、八相などがあるが、まあ、自分が戦いやすい型で戦えばよい」
そう言い、厳正さんは上段、下段、八相と言いながらそれぞれの構えを取ってくれた。
私もそれに合わせ、構えを真似てみる。
だが、八相の構えをしてしばらく待ってみたが、
「………そ、それだけですか? 説明?」
厳正さんの説明が沈黙したので、慌てて聞いてみる。
だが、返ってきた答えは、
「そうじゃが? 何か?」
ちゃんと教える気あるのかな…?
教え方の雑さに定評のあった体育の先生より雑いよ……。
「ふ、振り方とかは……?」
「振り方かの? 基本的なのは上段振り、左右振り、横振り、下からの斜め振り、切り上げなどじゃな。
だが、なにより刃先が敵に当たれば切れる。それにその長さじゃ。刃の遠心力を利用して柄で叩く事を考えてもいいじゃろう。刃とは反対側にある石突で切りつけてもよいな。
とにかくその重さに少しでも早く慣れることじゃ。数多く振ればよい。」
「は、はあ……」
なんか思っていたより投げやり……昨日の説明の分かりやすさはどこへいったんだろう……
「最後に、納刀の仕方じゃ」
「は、はい……」
「これは、頭の中で薙刀を納刀し たいと思うだけじゃ。想像してみろ」
…納刀したい?
「……あっ」
薙刀を持っているはずの左手を見てみると、持っていたはずの薙刀の姿はなく、ただ心表瑠璃が握られていた。
……全然気づかなかった。
「よし、できたようじゃの。それならば、わしは畑仕事に行ってくる。昼食はアウルムに言ってある。夕食は……酉の刻頃かの?」
それだけ言うと、厳正さんは少し離れた所に置いてあった鍬と麦藁帽を取る。
そして、畑の方へと行ってしまった。
考えても、その場に立ち尽くすだけと悟ったので、岩の上でうたた寝しているアウルに助言を求めることにした。
「アウル~!」
「ん…う~ん。 ああ、楓。終わったのか?」
アウルは体を伸ばしながら答える。
「それが………」
私はアウルに、厳正さんに教えてもらった数少ない内容と、最後に言ったと思われる言葉を伝えた。
「そうか、良かったじゃないか」
「良かったじゃないか…じゃないよ!」
「いや、厳正から薙刀の事まで教えて貰えたのは凄いぞ? もしかすると、心表のやり方だけだったかもしれなかったし」
危機感を抱いている私に対し、アウルは淡々と答える。
……て、厳正さんってそんな雑い人なの?
「いや、けど、口だけじゃ薙刀の戦い方なんて分からないし……」
「楓、実戦にルールなんてないんだ。それに、型を中途半端に覚えると逆に実戦で邪魔になる。型を極めたら、そりゃ我流より数倍強いがそんな時間はない。
百見は一行に如かずだ」
「何よ、そのことわざ? 百聞は一見に如かず、でしょ?」
「細けぇことはいいんだよ。行動あるのみだ。何より、その武器は頭で分かってないだけで、自分が選んだんだ、なんとかなる」
……こっちも投げやりだった
◇
その後は、アウルに横から野次されたり、寝られたりしながら、酉の刻まで素振り一筋だった。
ちなみに、昼食はポテトサラダのサンドイッチだった。
「97! 98! 99! 100! はぁ…はぁ……お、終わった……」
腕が重い。
すかさず薙刀を心表瑠璃へ戻す。
「お~、よく頑張ったな100本100セット」
アウルは手を叩く。
こいつ……。
「この鬼!」
「ん? なんじゃ? わしの事か?」
突然、後ろからアウルではない声が聞こえた。
その声の方へ向くと、厳正さんが籠とくわを持ち、私を見ていた。
「げ、厳正さん! いや、あの、さっきの言葉は ―― 」
「大丈夫じゃ、分かっておる。随分振ったんじゃな、疲れたろ? 夕食にするぞ」
「あ、はい」
厳正さん。土の付いた顔が眩しい。
「厳正、今日のメニューは何だ?」
「今日は、良いサツマイモが取れたからのぉ」
厳正さんの持っている籠の中にはまだ少し土が付いた大きなサツマイモが入っていた。
……サツマイモ?
といえば……和食!
「そうじゃな……ポタージュにでもするかの?」
……うん、もうがっかりもしないし、驚きもしないよ……私……。
一生懸命、自己暗示をかける。
「おっしゃー! 今日も食うぞー!」
アウルは一足先に家の中へ入ってしまった為、厳正さんと2人きりになった。
私もアウルを追いかけ家へ入ろうとする。
すると、厳正さんに呼び止められた。
「……? 何ですか? 厳正さん」
「楓……。どうじゃ? 己の薙刀は」
「えっ、えっと……素振りするのはしんどいですが……持っているとなんか落ち着きます」
「そうか……。奴も同じようなことを言っておったの……」
厳正さんは優しく微笑み、首を振る。
けど、その微笑みはどこかおかしかった。
「厳正さん……。どうされたのですか?」
厳正さんは質問に対し黙り込み、私の瞳を一心に見る。
……何かついているのかな?
目をこすってみる。
だけど、その瞳を見る目は変わらなかった。
な、何なの…?
「あの~、一体何でしょ ―― 」
「楓」
「はい!」
突然の呼名に反射的に返事をする。
そして、厳正さんは口を開いた。
「一週間後、わしを倒せ」
耳に風の吹く音が聞こえてくる。
いや、今までも聞こえていたと思うが、意識がそれに対しなかっただけだ。
……そんなことはどうでもいい。
わしを倒せ…?
う、嘘でしょ?
「楓……。わしは本気だ」
泳いでいた目を厳正さんの瞳に当てる。
その二つは、まっすぐ私を見ていた。
「で、でも…げ、厳正さ ―― 」
「それ以上は何も言うな。……心に留めておけ」
厳正さんの手が頭に乗せられる。
何か言い返したいが、手の力のせいかは分からないが、それ以上は言えなかった。
「……早く夕食にするぞ。早くしないと、アウルムがよだれを垂らしてテーブルを汚すからな」
厳正さんが家の中へ入っていく。
倒せ…?
何でそんなことしなきゃいけないの…?
何で……何で……。
何でなの…?