死ぬということ
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁ――――」
黒い世界から一変し、気付いた頃には、目の前に緑が広がっていた。
も、森?
それに気付いたとほぼ同時に、お尻に激痛が走った。
「い、いったぁ……」
お尻をさする。
触ると痛いが、高さの割りにはそこまで痛くはなかった。
下の藁っぽいものがクッションになってくれたんだろう……助かった。
……それよりここ、どこだろう?
辺りを見る。
緑、黄緑、深緑……。
私の落下地点の周りはテニスの二コート分ぐらいの円形の広場となっているが、その周りは木に囲まれていた。
森……だね。
“「し……ぬぅ。は…やく……どけぇ」”
いきなりくぐもった声が聞こえた。
「だ、誰なの!」
辺りを再度見渡すが、相変わらず緑一色だ。
また、クロノスさん?
でも、それにしては覇気がないような……。
「ここ……だ。はや……く」
…………下?
チラッ……異常なし。
後ろかな?
チラッ……スカートから伸びる、人の…からだ……。
っ!
反射的にその場から飛び退く。
「がはっ! ……はぁ、はぁ、はぁ」
その人間は、私が退いたと同時に起き上った。
しばらく肩で息をし、うなだれていたが、こちらに顔を向けた。
その顔は美と呼べる顔だったが、どこからどう見てもおとこ……。
「はぁ、はぁ……。いや~。窒息死するかと思っ――」
「いやぁ!」
風を切る音とともに私のビンタが男の左頬に炸裂した
「ふぐぅぅ……」
男は赤い椛が浮かび上がった左頬を抑える。
気が動転してやってしまった……。
で、でも、こんな男ならいいよね……?
だ、だって女子高生のスカートの中に大胆にも頭を……許されない行為だよね?
「い、いきなり何するんだよ!」
「何してるのって言いたいのはこっちよ! あ、あんな所に、だ、大胆にも顔を入れて……た、ただで済むと思ってんの!」
……顔が熱い。
この熱さ……中学生代に絶賛着替え中の男子の部屋に間違えて入って以来だ……
何なのよ……今日。……厄日?
「はあ? 草の上で寝ている途中に、お前が空から降ってきたんだろ!飛行の練習に失敗したことを俺にあたるなよ!」
男も本気で怒り、立ち上がった。
そして、私にガンを飛ばしてくる。
立って分かったのだが、男は、男というより少年だった。
今、私は少年を見上げているから分からないけど、多分、並べば、私の方が身長が少し高い。
服装は、布地の黄緑のチョッキと茶色の短パンに、小さい棒状のクリスタルのような首飾り。
今日見た中で一番ましな格好だ。
しかし、相変わらず、髪は金髪、目は緑……。
それだけで、良かったのに、今回は耳がとんがっている……。
あ~もう、やだ。
突っ込む気もない……。
「……ったく。こんな辺境の地まで逃避行ですか。ほんとお気楽な種族だな」
何か愚痴られている……。
愚痴りたいのはこっちなのに。
けど……辺境の地って……?
「辺境の地って、ここはいったい、どこ?」
「あぁ? ここか? ここはサバート=フォレスト。明朝の森といった方が分かるか?
昔は一応、獣人族の支配下にあったらしいが、今となっては無駄に広いだけの、荒れ放題な森だ……」
また横文字だ……。
獣人族の支配下?
何なのよ……ここ。
「見慣れない服装だが……見た感じ人間族だな」
白と深緑のセーラー服……見慣れない?
「空飛ぶ練習しているぐらいだから、魔法人種だろ? 黒魔法か? 白魔法か? お前はどこから来た?」
ウィザードって……この子、本当に大丈夫?
それに、どこから来たって言われてもなぁ。一応、聞いてみるか。
「……○○県って分かる?」
「ん? どこだそこ?」
やっぱり無理か。
「日本は?」
「ニホン? にほん……日本ってまさか! お前……人間界から……」
……日本ですけど、何か?
でも、日本は知っているらしい。まず、良かった。
何か余計な単語も混ざったが……気にしでおこう。
しかし、結局、私のことは上の空で、何かを考えだした。
ちなみに、私の記憶のどこを探してもこの金髪には会ったことはない。
何なのよ、こいつ……。
悪態をつきたかったがグッと我慢。
黙って藁っぽいものから降りる。
少年は気付いてないようだ。
チャンス!
抜き足、差し脚、忍び足……気付かれていない。
よし! このまま遠くへ……。
足を何歩か進めた時だった。
「 風属性魔法〔ルフの翼〕 」
少年の声と共に突風が吹く。
「きゃっ! ……な、何なの!」
振り返ると、金髪少年が、手のひらをこちらに向けている。
しかし、目線はこちらに向いていなかった。
どうやら、ここより少し離れた木の茂みに視線は向いている。
――ガサガサッ!――
茂みが揺れる。
……何かいる?
――ガサッ! ガサガサッ!――
無数に木の葉が舞い、茂みから何かが飛び出した。
人……? 多分、男の人だ。
その人と目が合う。
こちらを見た途端、眉間にしわを寄せ、犬歯をむき出した。
まるで威嚇をするように。
そして、瞬き一つせず、四足でこちらへ向かって来た。
その瞬間、本能か何か知らないが、分かった。
あの人は私を殺しにきている。
怖かった。
背筋に悪寒が走った。
自分で命を絶つ恐怖ではなく、人に殺される恐怖。
それを理解した瞬間、足が動かなくなった。
早く逃げなきゃ……
願えば願うほど足は固さを増す。
遅くなる心臓の鼓動、地面を蹴る音、私の呼吸音……。
全ての音が遅くなり、嫌な程、鮮明に頭の中で反響した。
そして、身構える暇もなく男がこちらへ飛びかかる。
私はこれで死ぬの……?
「 防御魔法〔スィックディフィンス〕 」
目の前に紫の閃光が走る。
急の強い光で思わず手で顔を覆った。
目が元の状態に戻った頃には、男は元々のいた茂み辺りまで飛ばされていた。
それと同時に、私の前には、半透明の薄紫のガラスのようなものが広がっていた。
「あのくらい避けろよな。楓」
「えっ?」
隣を向くと金髪少年がいた。
首飾りを掴んでいる。
掴んでいて分かりにくいが、確かにそれは光っている。
少年が手を離すと、光を失った。
薄紫の壁も目の前から消えている。
「もしかして……あなたがやったの?」
「だとしたら、どうする?」
金髪少年は生意気にも疑問形で返してきた。
どうするって言っても……。
「あなた……一体何も――」
「邪魔しやがって……」
私の発言を邪魔したのは、さっき跳ね返されたばかりの男だった。
立ち上がり方を見るに、怪我はしていないらしい。
……なんなのよ。もう……。
「おい! 兄弟!」
近くの茂みへ向かって男が叫ぶ。
「おう! 兄者」
コンマ一秒もかからずに、その茂みから返答が聞こえた。
そして、茂みの揺れと一緒に出てきたのは、また、男だった。
私……私たちに対峙するように並んだ男達は、髪は灰白、目は紫、服は少しぼろい茶色のカーディガンを着ていた。
兄者と呼ばれている方はセミロング、呼んだ方は肩ぐらいまでかかっているロングで、二人とも左目の下には、赤く小さい二つの逆三角模様が付いていた。
ルックスはなかなかイケており、ナンパをしたら、なかなかの成功率かな……?
後……見間違いであってほしいが、両方とも髪の間から犬耳らしきものが……。
「……な、なんなの? あの人たち……」
もう、これしか言いようがなかった。
「多分、獣人族のはぐれ者だろうよ……まったく頭の悪い連中だぜ」
少年は横から、説明という名の悪態を返してくれた。
そして、男達のほうを、虫を見るような眼でにらみつけている。
「おい! そこの精霊族!」
少し離れた場所から、兄者と呼ばれた男が、金髪少年にむかって叫んだ。
「その子娘をこっちに渡せ! そいつは俺たちの腹の中に収まる優秀な人材だ!」
小娘……私のことだろう。
それより、腹の中って……私を食べる気だったの?
童話じゃあるまいし……。
「悪いがそれは無理だね! ただの娘ならくれてやるが、この娘には大きい価値がある
お前らの腹に入れたら消化不良を起こすぜ!」
……かち? 価値…?
「あぁ? 価値だと?そんなもんどうでもいい! 早く渡せ!」
男の方はかなりイライラしている。
私も、こんな訳の分からない話を一方的にされると、多分怒る。
「ふん! この娘の価値は、低知能なおまえらの頭では一生分かるはずがないさ!」
「何だと! どうせ価値とか言いながら、その娘を嫁に取る気だろう? お前はとっとと妖精界に帰って、たくさんの女妖精と一生遊んでろ!」
嫁って……ないわぁ……。
挑発かどうかも危ういと思うけど……。
一応、少年の反応を見てみる。
……どの言葉に反応したんだろう? 鬼のような形相に……。
「このくそ狼が! てめえの面を今すぐ泣き顔にしてやるよ! いや、泣き顔にはできないか……その前にお前、死ぬもんなぁ」
その時の金髪少年は、嫌味たっぷりの最高に悪い顔をしていた。
「あぁ! ケンカ売ってんのか! それなら、おまえもその嫁候補といっしょに、俺たちの腹の中に入れてやるよ! そこで俺たちにケンカ売ったこと、後悔するんだな!」
「はっ! どうしようもなく頭の悪い連中だぜ。力の上下関係ぐらい、分かれ!」
金髪少年の言葉を最後に、急に静かになった。
双方の様子を見ると、両方共、目が血走っている。
「楓。下手に動くなよ」
「えっ? う、うん……」
反射的に返事を返してしまったが、違和感がある。
……何で私の名前を?
「ね、ねえ……どうして……私の名前知っているの?」
確実にKYだが、聞きたかった。
「ん? 何でかって? 長くなるから後で話す。でも、お前のことはよく知っている。 長月 楓」
な、何で知ってるのよ……。
「あ、あなた名前は――」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねーぞ!」
またもや、男に阻まれる。
「行くぞ、兄弟!」
「おうよ!」
男達は身構える。
「「獣化!」」
……言葉が出なかった。
これが絶句というものなんだな。
それほどあり得ないことが、私の目の前で現に起こっている。
簡潔に言うと、男達が狼達になった。
獣化と叫んだ瞬間、まず、口が裂け、口先が伸びた。
背中が丸くなり、全身は見る見るうちに灰銀の毛に包まれた。
そして、目が鋭くなり、獣の目になった頃には、すっかり狼となっていた。
こちらへ一直線に迫ってくる。
さっきより格段に速い。
「き、来たよ!」
「見たら分かる!]
金髪少年は首飾りを掴み、手を前にかざす。
「 地属性魔法〔ワンダープラント〕 」
金髪少年叫ぶと、迫りくる狼男達の動きが止まる。
「な、何だぁ! これは!」
必死に動こうとしている狼男達の足は、植物のツタで雁字搦めになっている。
「こんなもん!」
兄者の方が爪でツタを引き裂いた。
もう一人の方も同じように引き裂く。
「チッ、兄弟! 二手に分かれるぞ!」
「おう! 兄者!」
狼男達は正面突破をやめ、二手に分かれた。
「ど、どうするの?」
「こうするんだよ。 火属性魔法〔炎霧 〕」
金髪少年の手に赤い球体作られ、それを投げた。
しかし、それは狼男達には当たらず、広場の真ん中辺りで爆発する。
すると、霧のような赤い粒が漂った。
「ど、どこ投げてんのよ!」
もうすぐそばまで狼男達は迫ってきている。
こ、こいつ、もしかして……弱い?
窮地に立った金髪少年の顔色を見てみる。
しかし、その横顔には、不敵な笑みが浮かんでいるように見えた。
そして、
“童話でも、現実でも、狼は自分から死にに来るな……”
確かにそう聞こえた。
「「ガァァ!」」
狼男達が左右から飛びかかる。
「 風属性魔法〔ルフの翼〕 」
金髪少年は顔色一つ変えず言い、両手を勢いよく目の前へ突き出す。
前と同じように突風が吹く。
その風は、狼男達の体をとらえ、吹き飛ばした。
見えない風は確かに狼男達の体へ纏わりつき、その体をさっきの霧の中へつれて行った。
そして、狼男達を霧の中へ乱暴に叩きつける。
「あ、あついぃ!」
霧の中へ入った瞬間、狼男達が体中を抑え、悶え始めた。
赤い霧は、相当熱を帯びているらしい。
「あんなこと言わなかったら……もう少し楽に死ねたかもな」
金髪少年の悪い笑顔と共に、首のクリスタルが一層光る。
「 風属性魔法〔かまいたち〕 」
前へ手を払った
すると風が止んだ。
「何な――」
私の質問、は今までで一番の鋭い突風にかき消された。
それは、頭上を通り越して行き、一直線に赤い霧へ向かった。
そして、混じる。
今まで見えなかった突風の形が霧によって赤色に浮かび上がる。
狼男達の悶え声が、悲鳴へと変わる。
もはや言葉になっていなかった。
霧が身を焦がし、風がその身を切り裂く。
見るに堪えない光景だった。
しかし、瞼がなくなったように、さっきから瞬き一つできない……。
兄者と呼んでいた狼男の、上半身が中に舞った。
灰銀の毛を赤黒く染めながら飛んだ。
切り口から赤い液体が四方に飛び散り、赤い霧を深紅に染めた。
兄者と呼ばれていた男の方も、立っているのがやっとの状態だった。
こちらは、元の人間の姿に戻っているが、右手は確認することができず、全身の皮膚は赤くただれていた。
何のめぐりあわせか、男と目があった。
その顔には、今までの威勢は消え失せ、恐怖だけが浮かんでいた。
すると手をこちらに伸ばすと、口が動いた。
声はなかったが、何を言っているか分かった。
“タスケテクレ”
その言葉の主の顔は、もうなかった。
首が深紅に染まっている。
金髪少年は手のひらを開きそのまま、結んだ。
すると霧は赤黒く、濃く染まり、中の様子が見えなくなった。
霧の中の風の音はしばらく止まなかった。
もし、○○県に長月 楓という方がおられても、この小説とは微塵の関係もありません。
後、楓がいじめを受けていた学校はあくまで筆者の幻想です。日本にはそのような学校がないと作者は信じています。