表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ディサイド・フェイト・ワールド  作者: 七都
一章 ~入界~
2/13

少女 楓

 授業終わりのチャイムが高校中に響く。

 二年生の教室からも、それぞれのクラス委員長の号令で礼が廊下に響き、制服の男女がぞくぞくと出てくる。


 廊下に六割程の学生たちが行き来するようになった時、急に生徒達が端に寄り、廊下の真ん中に不自然な一本道ができた。


 その道を歩いてきたのは一人の女子生徒だった。

 黒髪のショートカット。

 学校指定の、白地に深緑の襟が付いた長袖セーラー服。

 ずば抜けて高貴とか、ずば抜けて幸薄そうとか、別におかしな所は見られない。


 しかし、端に寄った生徒達はその少女を見つめながら銘々に小声で喋る。

 その喋っている内容は、どう聞いても到底少女を褒めているようには捉えられない言葉だった。

 その場にいた先生と呼ばれる者さえ、目の前に起こっている異常や、陰口を注意することはない、

 それどころか、歩いて行く少女に対し、軽蔑するような眼差しをを向けていた。

 そんな生徒や先生に目もくれず、少女は一心に廊下を歩いて行った。


 少女は下駄箱に着く。

 下駄箱は開け閉めできるよう扉が付いており、少女が手を伸ばした先の扉には〈長月 楓〉と名札が付いていた。

 扉を開ける。

 その中には通学用の白地のスニーカーと共に、一枚の紙切れが荒々しく入れてあった。

 楓が紙切れを取る。それには赤い文字で


 〈とっとくたばれ 死神〉


 …それだけだった。

 楓はその紙切れを丁寧に四つ折りにし、ポケットへ入れる。

 そして何事もなかったようにスニーカーを履き、一人学校を後にした……。




                         ◇




 少し冷たい風が吹く。

 節句で言うとまだ寒露だが、今年の夏は極めて涼しかったこともあり、夏の暑さより、冬の寒さが押していた。


 そんな中、側に川が通る車の気配も、人の気配も、一切感じられない道を、通学カバンを肩にかけ、楓は一人歩く。


「……死神か」


 思い出したように呟く。その言葉を受け取ってくれる人は誰一人いなかった。

 言葉はそれっきりで、楓はただ変化のない道を一人歩いて行った。


 数えて六つ目の角を曲がったところの道に楓の家はあった。

 車一台は入るガレージに、軽い家庭菜園ができそうな庭、洋風を少し取りいれた家と、典型的な今時の家だった。

「ただいま~」

 「おかえり~」と帰ってくる声は一つもなく、楓の声のみが家の中へ吸い込まれ、消えていく。

 そんな違和感の中、楓は慣れたようにカバンを入ったすぐの所にある居間に置き、ある場所へと向かう。


 着いた先は、小さな和室だった。そこには小さなタンスと、仏壇があった。

 楓は迷わずに仏壇の前に座り、手を合わせ、目を閉じる。

 仏壇には少し時期的には早い林檎と共に、四人の男女がそれぞれ個別に写った写真があった。そのうち三人の写真の前には骨壷が置いてある。

 それに向かい、楓はただ手を合わせる。


 今の彼女は、例え家へ帰っても、見守ってくれる人は一人もいなかった。

 一週間前には弟が交通事故で、一ヶ月前には父がガンで、二ヶ月前には母が駅の階段から転落死、一緒に暮らしている祖母は、五ヶ月前から行方不明、警察の捜査も打ち切りと、何かに取りつかれたように次々と楓の前から消えている。

 その上、高校で楓と親しい友達でさえ、家の事情での転校や、事故による長期入院などでいなくなっている。その為、近所の人々、高校の同級生、その先生までもが、楓を忌み嫌って避けている。


 楓は長い合掌を終え、和室を後にする。そして、庭先に設置してあるポストヘと向かった。


 鋼色をしたポストの中には、今日の日付が印字されている夕刊と共に、何通かの茶封筒が入っていた。

 それらを取り、楓は家へと戻り、そのまま居間へと向う。


 居間は和室風の八畳程の畳敷きの部屋で、隅に三十インチの液晶テレビが置かれ、窓が西側に一枚、あと、中央に木製テーブルが置いてあるシンプルな作りである。

 もともと、家族五人で住んでいた頃はそれほど広くは感じなかったのだが、今では大きなテーブルが強調されるように置かれている。


 楓は居間の電気をつける。

 テーブルに手紙と夕刊を置き、楓は座る。

 目の前に置かれたいくつかの茶封筒を見つめる。

 そして、何かを決心したかのように一つの茶封筒に手を伸ばす。

 差出人の名はどこにも書かれていない。

 慣れたように封を切る。中には一枚、紙が入ってある。


 〈次はだれの命を吸い取るの?〉


 それをもう一度茶封筒に入れ、テーブルへ置く。そして、次の茶封筒の封を切る。これも差出人は不明だ。


 〈お前なんて早くこの世から消えてしまえ〉


 次の茶封筒の封を切る。


 〈死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね……〉


 この後も楓は残った数通の茶封筒の中を見たが、どれも貰ってうれしいとはとても思えない内容の手紙だった。

 楓は封を切られた何通もの茶封筒の横にある、最後の一通を取る。それには差出人の名があった。


 ――長月ながつき あざみ――


 楓の親戚にあたる人だ。

 封を切る。中には手紙と共に、一万円札が十枚以上入っていた


 〈月の仕送りは送りますが、今後、私達には一切頼ってこないでください――長月家一同〉


 楓の肩が震え、手紙を持つ両手に力が入る。

 力を入れ、手紙をくしゃくしゃにする。

 黒焦げ茶色の瞳からは涙があふれていた。

 次の瞬間、楓は居間を飛び出していた。





               ◇





 居間の中央に、縄がつりさげられ、その先端には輪が作られている。

 黒髪の少女はテーブルの上に乗り、その輪を静かに見ている。


「もう……いいよね」


 縄を掴み、引く。

 縄はしっかりと天井に固定されており動かない。


あや……玲奈れいな……ごめんね」


 少女は虚空へ、友達の名を呟く。

 そして、何のためらいもなく、輪の中へその細い首を通す。


「さようなら……」


 消え入るような声で呟くと、閉じた瞳から一筋の涙が頬を流れた。

 そして、その涙が地面に落ちるその前に、何もない空中へと一歩、静かに足を進めた。



 ―― バリッ! バリバリバリッ! ――



 騒がしい音とともに辺りに木くずが舞った。

 体重を支えるものがなくなった楓は、力なく畳へ倒れこむ。



 楓はゆっくりと目を開ける。


「なんで? なんでよ! なんで死んだらいけないのよ!」


 悲痛な叫びが居間に響いた。楓はその場に泣き崩れ、ただ肩を震わせていた。


楓は未遂に終わりましたが、皆さん本当に、自殺ダメゼッタイです

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ