思考の成果
次の日の朝。
今日も変わらず稽古だが、
「アウル! 緑人を出して! 戦わせて!」
私は外を出るなりアウルへ迫った。
正直、この言葉は起きた瞬間から言いたかった。
昨日、鬼体道を読んでから寝るまで、緑人に対する攻め方を考えた。
そして、勝てる可能性がある戦い方を考えた。
だから、戦法が通じるか試してみたい。
だから早く…早く戦いたい。
絶対昨日と同じような負け方はしない
「……だめだ」
「分かった。しんぴょ……え、えっ?」
帰ってきた返答はノー。
思っていた返答とはまったくの逆だ。
……なんでだめなの?
「今は出さない」
「な、なんでよ?」
「今日戦うのは昼飯後、一戦のみだ。それ以外では絶対戦わせない」
「だから、なんで今すぐじゃないのよ?」
アウルはその問い詰めに目を逸らした
そして、間をとりゆっくりと言う
「……厳正が見に来るからだ」
厳正さんが見る。
厳正さんが見る…?
確かに、初日に教えて貰ってから、一度も私の稽古を見ていないけど……そのことがどうしていけないんだろう?
「なんで厳正さん来るまでいけないの? その時もう一回すればいいだけで、それまで戦ってていいでしょ?」
「……ダメだ。ダメなんだ」
「今日は一度だけしか……ダメだ」
そのアウルの言葉にはいつものように自信とかが全然なかった。
重みすらも感じた……ような気がした。
言い返そうと思えば言い返せたけど、いつものアウルとはかけ離れた曇った顔に対しては、言う気にはなれなかった。
なんでそんな顔しているのよ……。
◇
結局午前は素振りとフットワークで終わった。
凄く物足りない。
もやもやを残したままで、昼食を食べていると、アウルの言った通り、厳正さんが帰って来た。
「あ、厳正さん。お帰りなさい」 「………」
「うむ。……どうじゃ? わしの作った昼飯は?」
「あ、美味しいです!」
「そうか。それは何よりじゃ」
ちなみに今日の昼ご飯はキャベツの甘酢漬けとゆで卵のサンドイッチにコンソメスープだ
お世辞ではなく素で美味しい。
というより、今まで食べた厳正さんの料理は全ておいしい。
女子力高い……。
「アウル。午の後刻になったら始めてくれ」
「……分かった」
「楓もそれでいいな?」
「あ、はい」
一時間半後か……。
よし、頑張るぞ。
◇
一時間半後、アウルと対峙する。
横にある岩の上では厳正さんがあぐらを組み座り、こちらを見ている。
「心表!」
「地属性魔法ワンダープラント」
私は薙刀、アウルは昨日と同じような緑人を出す。
そして、私と緑人は互いに戦闘体制を取る。
「始め!」
厳正さんが叫ぶ。
その言葉と共に動いたのは相手だった。
一直線にこちらへ向かってくる。
その顔はツタや葉の塊で表情は分かるわけがなかったが、明らかに昨日の緑人とは違う雰囲気を纏っている。
緑人の方からいきなり迫って来るとは思っていなかった。
しかし、こういう場面への対処は一応考えてある。
通用してよ……
私は薙刀を前へ突き出した。
私の最大射程でだ。
緑人は、一直線に迫ってきた刃を、走ってきた勢いを利用し、右へ体をひねり、かわす。
案の定かわされたが、それにより、私への攻撃の間がずれる。
その間を待っていた。
両足を踏ん張り、体を軸にし、右へ勢いよく薙刀を払う。
――ガサッ!
草をかき分けるような音と共に、薙刀の柄が緑人の腹部を捉える。
緑人の体は横へ弓なりに反れ、よろめき倒れそうになる。
が、片手を地面につき、堪えた。
思った以上にうまくいき、自然に顔がにやけそうになるが、唇に力を入れ堪える。
アウルを横目で見てみると、水晶を握ったまま、苦虫を潰したような顔をしている。
どーよ!
……私もやれば出来るんだから!
言葉に出したかったが、今はまだ戦闘は続いている。
緑人へ視線を戻す。
立ち直り、体制を整えている途中だ。
まだ致命的ダメージではないはず。
さすがに植物の気持ちは分からない。
が、相当疲弊しているはず。
「てやぁぁぁぁぁ!」
私は走り、まだ構えてもない緑人へ切り込みを入れる。
縦から、右から、左から、何度も切り込みを入れる。
緑人はそのたび、後ろへ少しずつ退きながら、無駄のない動作で避ける。
しかし、腕や肩から所々出ているツルや、葉の端などにを刃がかすめている所を見ると、相手もそれ程余裕はないらしい。
いける!
そう確信した。
そして、私は今までの一番の速さで正面へ振り下ろした。
だが、同時に緑人はバックステップで後ろに避け、間合いを取る。
私と緑人の間には、両者大股五歩程の間合いが開いた。
緑人も私もその場で足を止め、緑人は私を睨み、私も緑人を睨む
この間合いを待っていた。
この間合いからの攻撃は何度も想定した。
この間合いからの次の一手で昨日私は負け続けたからだ。
だから、今日は私がこの間合いで勝つ!
そして、緑人が大地を蹴った。
大股一歩、二歩。
考えた末出た、相手に刃が入る最高のタイミング。
今!
その瞬間薙刀を縦に振る。
緑人の顔へ向かって刃が振り下ろされる。
緑人は顔が割れ、胸の辺りまで断線ができる。
……はずだったが、頭上で刃は止まり、切れない。
緑人と刃は止まったまま。
心臓の鼓動が反響する頭を落ち着かせ、状況を確認する。
そこに映っているのは、緑人が薙刀の柄を両手で必死に支え、似非白刃取りをしている姿だった。
それを見た瞬間、力で押し潰そうとする。
が、びくともしない。
それどころか、だんだんとこちらへ押し返している。
私は焦っていた。
想定ではここで決着するはずだったが、考えが甘かった。
このままじゃ、確実に相手の勝利で決着がつく。
落ち着け、私。
どうする…?どうする?
このまま押し潰そうとしても相手に押し返される。
けど、ここで引いてもこの間合いじゃあ、やられる。
何か違う方法で決めないと……
相手をよく見る……。
考えるの私……。
私の薙刀が押し返される度、緑人の腕がどんどん伸びていく。
もう考えている暇がないのは目に見えている。
……押して…駄目なら。
……一か八か!
私は押していた力を咄嗟に抜いた。
急に対抗する力がなくなった為、緑人の両腕が上へ伸び、柄を掴む力が弱まる。
その瞬間。
緑人が手を離したその瞬間、刃の重さを利用し、後ろへ振り上げる。
そして、下から上がってきた石突を、腕が使えない緑人の顎へ向けて振り上げた。
ガサガサ という音と共に緑人の顎から鼻に当たる部分がえぐれ、のけ反る。
「いやあぁぁぁぁぁ!」
目一杯の力と、気迫を薙刀に込め、振り上げていた刃を一気に振り下ろした。
銀色に煌めく刃が、緑人の脳天へ迫る。
今度は邪魔をするものは何もない。
重力のかかった刃が、脳天からへそのあたりまでを、一瞬にして断絶する。
そして刃を抜いた。
ゆっくりと、上げていた両腕が下ろされる。
下りてきた腕によってバランスが崩れ、後ろへ倒れた。
そして、緑の塊と化したそれは、それきり動かなくなった。
「はぁ…はぁ……かっ…た? か、勝った! 勝ったんだ、私!」
この喜びを伝えたく、厳正さんの名前を呼ぶ。
が、見ていた岩の上に厳正さんはおらず、広場にもいるのはアウルだけだ。
仕方なくアウルの所へ駆け寄る。
「アウル! 勝った! 勝ったよ! 私、アウルに勝ったんだよ!」
「ほんとに勝つとは思ってなかったよ……。なかなか本気出したのに……」
アウルが元気なく首をすくめる。
素でへこんでいるようだった。
私を甘く見た罰よ。
と言っても、私も正直勝てるとはあまり思ってなかったけど……。
「……ところで厳正さんは?」
聞くと、アウルはゆっくり指を差し
「……森へ行った」
呟くように言った。
また森か……最初は畑仕事ばっかりだったのに……一体何をしているんだろう?
一瞬、思考が走ったが、それも勝利の歓喜には負け、すぐになくなった。
「それより体疲れているだろ? こっちへ来い。回復させてやる」
「は~い」
その後、私は少々ドヤ顔でとアウルの詠唱を聞いていた。