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ディサイド・フェイト・ワールド  作者: 七都
二章 ~記憶~
10/13

5つの心得

「96! 97! 98! 99! 100! ふぅ……」


 素振りを始めて三日目。

 大分慣れてきたし、体力もついてきた。

 この短期間でここまで慣れる事が出来たのは素振りの合間にアウルが回復魔法を使ってくれたお陰だ。

 だが……今日は回復魔法はなしだ。

 なぜかと言うと、今日起きてからアウルと口を聞いていないからだ。

 その理由は……


「なあ、楓~。すまないって言ってるだろ? 無視すんなって~」


 半笑いの顔で謝罪されても何にも伝わってこない。

 こいつは昨夜、あろう事か女子の布団の中にGを入れた凶悪犯なのだ。

 どれだけ謝っても許される行為ではない。


「なあ、楓~」

「1! 2! 3! 4!ーー」


 誰がこんな男と口を聞くもんか。

 どんな事言われても絶対無視だ。


「なあ、なあ、楓」


 無視だ無視。

 私は素振りの鬼だ。


「そろそろ素振りするの飽きたんじゃねーのか~?」

「12、13、14ーー」


 す、素振りの鬼……だ。


「他の鍛錬とかしたくねーか~?」

「21…22…23…」


 素振り……。


「あ~。楓は素振りが好きなのか~。それなら仕方ないな~。まあ、大切だしな~」

「……もう!」




                         ◇




 仕方なく……。仕方なく、アウルの新しい鍛錬を受けることにした。

 その代わり、始める前に入念に謝罪はしてもらった。


「よーし。それじゃあ今日から実戦練習をしようと思う。まずは受け身の練習からだ」


 アウルの新しい鍛錬とは実戦練習らしい。

 どうするかは分からないが、まず、様々な状態からの受け身の取り方を練習した。

 内容は柔道の授業でやった受け身と、加えて薙刀を持った状態での受け身数種類だった。

 授業でやった事もあり、比較的早めに大体はマスター出来た。


「よーし。出来たな。それじゃあ次はお待ちかね実戦練習だ。心の準備はいいか?」

「いいけど…実戦ってどうやるの? まさか……アウルと?」

「そんなわけないだろ? 俺とやったらお前が負けるに決まってるじゃないか」

「……な、何よ。それじゃあどうするのよ」

「楓にはこれと戦って貰う」


 そう言うと、アウルは首の水晶を掴み、地属性魔法[ワンダープラント] を詠唱した。

 すると、地面から何本かツタが生え、それ互いに絡み合って、人型となる。


「お前らの世界の言葉を借りると植物人間って言うやつか? こいつと模擬戦をやって貰う」

「使い方間違ってるけど……これと戦うの…?」


 ぼんやりこちらを見ている人型の緑を指差す。

 見ていると言っても、目はないが……。


「忠告しておくが、植物と思って侮ったら痛い目見るぞ? なんてったって俺が作ったんだからな」


 と、アウルは言っているが、本当に強いんだろうか?

 こんな緑の塊が強いとは思えない……


「それじゃあ構えろ。やるぞ」


 そう言われ、薙刀を出して右半身を前に出し構える。


「ああ、ちなみにこいつは一応俺の魔力で動かしていだけだから命はない。見ての通り草の塊だから遠慮なくやれ。……まあ、お前にそこまでの実力があるとはまだ思ってないけどな」


 なによ……あの言い方。

 それに半笑いがムカつく……。


 ……びっくりさせてやるんだから。


「よし。それじゃ始め!」


緑人もアウルの声と共に、ボクサーのようなファイティングポーズをとり始めた


 まるで本物の人のようにフットワークをとっている。

 なんか、強そう……。

 けど、相手は素手だ。

 私が振っても相手の攻撃は当たらない……。


「ほら、楓。好きに打ち込んでこい」

「て、てやぁぁぁぁぁぁ!」


 半身で走り込んでの正面打ち。

 右に軽くかわされ、刃は地面へと当たった。


「くそっ……」


 振るには無理な体制だったが、右手の力に任せ、そのまま柄を右へと払う。

 しかし、それもバックステップにより、刃先すれすれで避けられる。


 ここで引いたら駄目だ……。


 直感的にそう思い、左へ右へ、正面へと、とにかく振り、緑人に当てようとする。

 しかし、でたらめで、力任せの振りでは、当然当たるわけはなく、かすりさえもしなかった。


 素振りで教えられたら振り方が全然出来てない。

 このままじゃ駄目だ……。


 その事は分かっていたが、無駄に焦り、体力を使ったせいで私はいつの間にか肩で息をしていた。


「ハァ……ハァ……」

「さっきまでの威勢はどうした? 楓?」


 アウルのムカつくにやけ顔だが、今は相手にする余裕がなかった。

 目の前には緑人が平然とこちらを凝視し、当たり前のように構えている。


 これに当てなきゃ……。

 当てなきゃ…!


「いやぁぁぁぁぁ!」


 初太刀と同じ走り込んでの正面打ち。


 同じ動作は駄目!


 頭の中はそうさわいでいたが、勢いづいた体を止めることは出来なかった。


 その危機に対し、今まで避ける一方だった緑人は動いた。

 まず、正面の虚空を切った薙刀を右肩すれすれで避ける。

 そして、その次の瞬間、私の右足から地面に着いている感覚が消えた。


 えっ……。


 右足の脱力は体全体へと及び、背中が地面に吸い寄せられる。

 地面に倒れる瞬間、受け身を咄嗟に思い出し何とか後頭部への直撃は避けた。

 しかし体は、背中から地面へと叩きつけられる。

 背中から全身へ痛みが電流のように走る。


 早く…早く、立たないと…!


 痛みを我慢しながらも、そう思い、気を戦闘へと戻した時には、私の顔の真正面には緑人の右拳があった。




                         ◇




 ……私は緑人に完敗した。


 その後、何度も挑戦したが、全部大敗に終わった。

 緑人を舐めていたせい……いや、実戦を舐めていた私のせいだった。



 現在17連敗中。

 一戦ごとにアウルにリピッドリカヴァリーを詠唱して貰っているので、疲労困憊はしていないが、精神は限界に近かった。


 正直もうこの緑と戦いたくなかった。

 でも、引けない。

 もし、厳正さんのあの言葉が本当だったら……いや、本当だろう。

 だから、私はどうやってでもこの緑の塊に勝たなければいけない。


「アウル……もう一回……もう一回よ」

「これ以上やっても無駄だって楓。」


 アウルは呆れた用に言う。

 しかし、こんなので引き下がれない。


「いや!出来る!」

「無理だ」

「そんなこと無い! もう一度よ!」

「なんでそんなに急ぐ? 俺が最初に一週間位って言ったからか? それなら別に気にしなくていい。お前の鍛錬の出来次第でここにいるのを延長してもいい」


 それは初耳だけど、無理なものは無理だ。


「……それは出来ないよ」

「なんでだ?」


 アウルはしつこく聞いてくる。

 このままじゃ、引き下がりそうにない。

 言っていいのかな…?

 ……いいよね。


「私……私、厳正さんをこの一週間で倒さないといけないから……」

「はぁ? 突然何言ってんだお前? ちょっとセンスあるからって、天狗になりすぎだろ?」


 アウルは私の言葉に笑ったが、私が直視していると、真顔になり、


「それ、本当に厳正が言ったのか?」


 その言葉に、私は黙って頷いた。

 アウルはそれに対し、険しい表情となる。

 そして、その表情のまましばらく考えこむと、


「少し森へ行ってくる。楓はここで素振りでもやってろ」


 そう言うと、こちらに近づき、リピッドリカヴァーをかける。


「あ、後、絶対森に入るなよ? 今のお前の実力じゃ狂獣キメラに襲われたらお陀仏だからな」


 忠告された。

 聞いたことのない単語だ。


「……きめら?」

「 そうだ。己の欲望のままに人を襲う動物だ」


 人を襲う…? 猛獣のことかな?


「それって、虎とか? ライオン…とか?」

「ちげーよ。そんなのより数十倍たちが悪い。

 やつらは普通の獣じゃなく合成獣だ。昔の神々が、強い獣を作ろうと、何匹もの獣を組み合わせた結果出来上がった醜いケダモノ。そいつらがこの先に住み着いている」

「神様が作った…? なら、なぜそんな危険な動物が野放しにされてるの? 神様でしょ?」

「それはな、奴らが故意的に捨てたからだ」

「故意的…? なぜよ?」

「お前らの世界でもあるだろ? 自分が好き勝手に飼っていた動物を、自分の都合で飼えなくなったから、川や山に逃がす風習。それと同じだ。

 ただ、それに加えて、狂獣キメラは生命力が高い。だから、自然と繁殖を続け、今ではこの大陸の広範囲に分布している。過去に多数のきめらが住み着いていた地下の巣穴を襲撃したから多少はましになったが、まだまだ数は多い。

 この先にある暗夜の森は、狂獣キメラの大好きな闇の魔力が溢れ出ているもんだから自然と奴らの住処になっている。

 だから、絶対ついてくるなよ。死ぬぞ」


 そうアウルは再度忠告し、私の返事も聞かずに森へと入って行った。


 ……行っちゃった。

 行くな……か。

 絶対とかいう言葉つけたら行きたくなるんだな~。これが。

 でも、私の精神はあの倶楽部並ではないから行かないけど……。



 ……アウル厳正さんと話すのかな…?

 言わない方が良かったかな…?

 帰ってきたとき厳正さんに怒られるのはいやだな……。

 まあ、厳正さんなら許してくれると思うけど……。


 一回家に戻り、時計を見る。

 4時13分か……。

 いつもの夕食の時間に帰ってくるならあと二時間程……。


 アウルに素振りでもしていろと言われたが、私の頭の中にあるのは緑人に負けた瞬間ばかりだった。


 今の私の戦い方じゃだめだ。

 勝てない。

 何か違う戦い方を考えないと……。

 でも、私ひとりじゃ無理だし……。


 ……そうだ。

 あそこなら何かあるはず……。


 私は考えをやめ、家の奥へと向かった。



                         ◇




 私は戦闘の基本、以下もろもろを探すため倉庫に入った。

 この倉庫は、厳正さんの家に初めてお邪魔したときに見た、一階奥にあった扉の先にある。


 中は窓や、光がなく、暗いためランプを持参。

 それに埃っぽい。

 それに加えて、暗闇の中にとにかくさまざまものがそこら中に置いたり、立て掛けられたりしているため足場が非常に悪い。


 本……とかあればいいんだけどなぁ。


 桐の箱を跨ぎ、熊の木彫りにつまづき、蜘蛛の巣が顔に直撃しながらも探す。


 しばらく探していると、目当ての物が見つかった。

 少し小さめだが本棚だ。

 蜘蛛の巣と埃を払い見てみる。

 そこには六冊の本が並んであった。

 その何冊かの背表紙には、見たことない文字が書かれている。


 ……しかし、読めた。

 確かに読めてしまった。


 ……あれ?何で読めるの?


 その文字はどう見ても英語でも日本語でもない。

 それどころか生まれてきてから見たことがない文字だった。


 ……まあ、読めるならいいか。

 後でアウルに聞こう。


 そう言うことで、六冊の本の題名を見てみる。


・調理の心得


・おもてなしの料理


・野草を喰らう


・the 自給自足


・物々交換の三大原則


 ここまでの五冊は知らない文字で書かれていた。

 しかし、残りの一冊は日本語で書かれている。

 表紙には綺麗な字体で「鬼体道」と墨で書かれている。

 それは他の五冊と違い、何枚かの藁半紙が一本のひもで纏められている事で、本としての形を保っている粗末なものだった。


 他の五冊は、確実に戦闘とは関係なさそうなのでこれを読んでみる。


 本の中の字は、表紙の字とは裏腹に、統一感がない字が、乱雑に書かれていた。

 見たところ、本というよりメモに近い。


 辛うじて読めるけど……何について書かれているかは分からないな……。


 しばらくページをめくってみる。

 すると挿し絵が含まれたページが何枚かあった。

 まだ、読みやすいので、そこを詳しく読んでみる。


 そこに書かれているのは技のようだった。


~天津風~


~鬼怒~


~紀伊~


~信濃~


 この四つだ。


 その四つの説明らしき部分は、今まで書かれていた文字と同じように、メモ書き程度の為、技についての詳しいことは分からなかった。

 しかし、そこには技についての心得が書かれてあった。



 一つ、己の体を安定されること。

例え体が崩れても、体の軸が通っていれば勝機は五万とある。



 一つ、己の技の最大射程距離、最低射程距離を熟知すること。

個々の射程は十人十色。己が苦手とする間合いが相手も苦手と思い込むことは敗北に繋がる。



 一つ、周りも視野に入れること。

目前の敵しか見えぬ者は目前の敵に狩られる。



 一つ、一打で仕留める気で行くこと。

次の打ちに頼っていても、その打ちが入るとは限らない。



 読んだ後、自分の戦闘を思い返した。

 ……全て出来ていなかった。

 まったくだめだった。

 でも、これを見たおかげで勝てる気もしてきた。


 『改善点が見つかれば、そこを直す。そして、直したらまた改善点を見つける。そうすれば、自然と強くなっていく』


 そんな言葉をどこかで聞いた。


 その初めの改善点を私は今見つけたのだ。


 ……勝つぞ。


 決心し、素振りに出ようと本を閉じようとしたとき、まだ、一ページ残っていることに気がついた。

 そこを見てみる。


 そこには、ページいっぱいに



 一つ、 いかなる状況でも理性をなくさぬ事。

己を失なうこと、己が死ぬに等し。



 そう記されていた。


 ……これだけ何で別のページに?

 それに……


 その心得のページには、今まで最低少しは書かれてあったメモは、一切なかった。

 それに見比べてみると書いた墨の種類も違った。


 どう見ても他の心得とは何か違う。

 理性をなくさぬ事……

 他のより飛び抜けて大事なの…かな?


 深く考えてもよかったが、明日の再戦に備えてイメトレもしたかったので、そこで考えを止める。


 とりあえず私は、最後の心得と残り4つの心得をもう一度読み直し、本を棚に戻した。


 アウル……明日はベソかかせてやるんだから…!


 そして、倉庫を後にした。

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