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 K大に入っても私はまだ失恋をひきづっていた。

 新歓もコンパももう、適当だった。ううう、細マッチョ率が高いのはありがたいのかな? たまにいるふっくらした人を見ると思い出してしまうし。

 そんなこんなで半年過ぎた頃。

 高校時代の友人たちと久しぶりに食事会となった。けっこうな人数で、男性陣がいない分無礼講もいいとこだった。


「そういえばさ。さくらあ~、私びっくりしちゃったよ。あんた見る目あったのね」

 別の大学に通う里菜が私に言う。

「大豊君? すごい変わりようよ。同じ大学じゃない。えらいもててもてて」

 えーっと全員が声を上げる。

「どんどんかっこよくなっちゃって。もー、大学の女たちがほっとかない状況。いっつも可愛い女の子つれてんの」

「えー!? あの大豊が!? 見てみたーい!」

 高校の時散々彼を大鵬だの大砲だの言ってた子がはしゃぐ。

 話を聞くに、大学へ入ってすぐに水泳部に所属し、それに専念しているらしい。

 中学までやっていたが、高校では体の不調から部を辞め、勉強に専念しているとは聞いていた。小さな頃から水泳でならした体は運動不足と夜食の食い過ぎで太ってしまった。


「さくら、見に来ない?」

 里菜が私にささやく。再来週、学祭があるから、会えるチャンスだと。

「振られた男に会ってどうしろっていうのよ。またふられるなんて冗談じゃないわ」

「そんなこといって、まだひきづってんじゃないの? 聞いてるわよ、細マッチョ達がいくら誘っても断ってるって」

 ……だって、細マッチョだし……。細いし……。

「大豊君もね、女を連れてるけど遊んでるわけじゃないし、けっこう断ってるって聞いてる。今だって付き合ってる娘いないみたいだし……」

 ……遠くからなら、見るだけでもいいかな。ああ、なんて未練がましい。


 そして学祭で目にしたものは。

『プリンスT大NO.5番は、水泳部のホープ、大豊彼方君!』

 きゃあきゃあと歓声が上がる。壇上にはイケ面が8人ほど。彼はプリンスT大の一人にエントリーされていた。

 ……なにこれ、あれ誰。

 恥ずかしがってるんだかしらないけど、うつむいてむっつりしている彼は、誰だろう。

 細い。いや、あとの7人に比べればがっしりしてるんだろうけど、それが何。私の愛した肉は? あの柔らかい肉はどこにいったの? もう、どこにもいないのね……。あとの7人と関ジ○○○でもやっててよ……。

 茫然とする私があまりにすごい目力で凝視したせいか、大豊君がふとこちらを見た。目があったのだろうか。

 彼の目が大きく見開かれた。私が睨み殺しそうな勢いだからか。

 いけないいけない。もう過去の人なんだから、と心をおちつかせ、その場を離れた。


 帰ろうと出口を捜す私に後ろから声がかかった。

「桜井!」

 振り向けば、そこにいたのはさっき壇上にいた誰だか分からない人。近くであらためてみてもやはり肉の面影がない。なにより、顔つきに以前はあった翳りがない。

「……どちら様でしょうか」

 すすけた気分で私は尋ねた。謎の男は苦笑して、頭を掻いた。

「そんなに分かんないか。大豊だよ。桜井、久しぶり」

 ええ、知ってます。あんなに派手に司会に紹介されてたんだから大豊という人物だということは知ってます。

「あの、ちょっといいかな。話したいんだけど」

「……はあ」

 コンテストはいいのか、と言うと、本選のコンテストではなく、通りすがりを適当に捕まえて投票するものだったらしい。なんのことか分からずつかまって壇上に無理に上げられたのだそうだ。

 大豊君に促され、ベンチに並んで腰掛ける。……まだつきまとってくるのかいいかげんにしろとか言われるんだろうな。こういうのは早めに釘を打たないと、華やかな大学生活に影を落とすことになりかねないという判断か。

「桜井。来てくれてうれしかった」

 そう言って大豊君は笑った。私が見たことのない、さわやかな笑顔だった。そのまぶしさに目を細めそうになった。

「俺さ。高校時代、水泳がうまくいかなくて、一人で世の中恨んでたんだ。だから桜井が俺を好きになってくれたことも、心底信じられなくて。こんなデブにってさ」

 まあ、この方ったら。好かれてるのに慣れきった口調。成長されたのね。

「桜井はほら、金沢とかとも仲がよかっただろ。あいつ、もてる部類にはいってたし。だから色々諦めてた。大学入って、水泳がまたやれるようになって、人が寄ってきてから、桜井の事をよく思い出して、やっと気づけた。俺は外見を理由にしてただ単に意気地がなかっただけだって。男女の友達が多い桜井はすぐに俺にあきて、どうせ捨てられる。……情けないだろ? こういう男だよ、俺」

 そう口にする大豊君の口ぶりは迷いがなく、自信に満ちている。ほの暗さもなく、前向きに、太陽が似合う日に焼けた姿。

「今ならきちんと俺から言えるよ。桜井。俺、ちゃんと桜井につり合うようになったと思う。付き合ってくれないか」

 眩しい日差しが大豊君の後ろから私の目を突き刺す。

 突き刺されすぎて……目が痛い。


「いやだ」

「……え?」


 笑っていた大豊君の顔が少しだけ固まった。


「つり合うつり合わないってまだ言うの?……大豊君何か私を買いかぶりすぎだよ。私、男女の友達多いってなんで? 男の人のケータイ番号、お兄ちゃんと父さんしかいないよ。金沢君と話したの移動教室で隣になった時だけだよ。それに、それに……」


 私の膝にある握り拳が震える。


「肉がない大豊君は大豊君じゃない」


 私の言葉に彼はかなりの衝撃を受けたようだ。口を開けたまま、飛びださんばかりの目で私を見下ろす。

 周囲の喧噪をよそに私たちはそこでしばらくときを止めた。


 午後の日差しが眩しかった。




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