サディスティック
お昼休みに弁当の蓋を開けると、そこにはびっしりと白飯が詰まっているだけだった。
おかずは何一つ見あたらず、目に入るのは白飯だけ。
ことの始めは今週の始めにお母さんが体調を崩したことだった。
お母さんの代わりに私の弁当は姉が作ってくれることになった。
初日の弁当には姉の気合いがまともに入っていて、私が幼い頃遠足に持って行っていたようなゴージャスなお弁当で、タコウィンナーやら、オムレツやらがたくさん入ってた。
これは普通においしいかったし、姉ちゃんさすがって思ってた。
続いて二日目の弁当。
この日から弁当の様子がおかしく、なってきていた。
その日の弁当の蓋を私は開けてすぐ閉めた。
今まで生きてきたなかで、弁当の蓋を開けてから閉めるまでの時間はこれが最速だったはずである。
白飯と、コンビニのポテトサンドイッチ。
弁当に入っていたのはこれだけだった。私の頭の中では、パンと白飯は共に主食で、両者は弁当のメインである。
従って、両者が一緒に弁当に入ってんのは、私の常識では邪道であった。
でも残しても勿体ないし、仕方ないから完食した。
私はその日家に帰って姉にサンドイッチと白飯を一緒にしてくれるな。と頼んでおいた。
多分、姉はこの時すでに私の弁当作りに飽きがきて、もうやめちゃいたいって思ってたのかもしれない。
それも、たった1日で。3日坊主を見習って欲しいと思う。
少なくとも3日は努力するから、1日で飽る姉より数段マシである。
まあ、姉は熱しやすく冷めやすい性格だからね。
きっと熱伝導率が半端ないんだろうな。
でも、無駄にプライドの高い姉は自分から私の弁当作るって申し出た手前、自分からやめちゃいたいなんて絶対、言えない。
そこで姉は考える。
どうやって、自分のプライドを傷つけることなく弁当作りを放棄しようか?それもごく自然な流れで。
そして、姉は私にもう作らなくていいって言わせることを思いついたのだ。
私にそのセリフを言わせるには……。簡単。
嫌がらせメニューを弁当に詰め込むだけでいい。
もともと姉という女は、私にいたずらしたり、嫌がらせしたりするのが大好きな女だし。
もし姉が、趣味は何ですか?って聞かれたなら、きっと妹いじりって答えるに違いない。そんなサディストな姉なら嫌がらせメニューをいくらでも、夜なべしてでも思いつくだろう。
サディスティックなメニューを思いついては、早起きして、嬉々として弁当を製造する姉が目に浮かんでくる。
もしかしたら、この時点で姉の当初の目的とその手段が本末転倒しているのかもしれないけど。
白飯弁当に目をやり私はため息をついた。
「どったの?また姉ちゃんのDV弁当?」
隣の席の江藤がアタシの弁当をみてニヤニヤしている。
サラサラした前髪は日に焼けて茶色ぽい。涙袋のある目はつぶらで細い感じで幼さが残るのに、眉毛はキツい。
私はそのニヤケた唇をぼぉっと見つめた。
「なに?なんで俺の顔見るの?好きなの?俺が」
不思議なあどけなさがある顔がまたニヤける。
「うん、大好き、超好き。そうだ結婚しよ、結婚。もし断ったら縛り付けて、口に電球入れてほっぺを両サイドから殴ってやるわ。口の中で電球が割れて、喋れなくなった愛しの江藤くんをさんざんいたぶって、最後は樹海に捨ててあげたい。それくらい好きよ」
バカなことを口走る江藤に私は早口でまくしたてた。
すると江藤は怪訝そうに眉を寄せるが、口元は笑っていた。
江藤はいつだって笑っている。
もし、明日死ぬとしても笑ってんじゃないの?
まあ、それは幸せなことなのしれないけど。
江藤は私の弁当に再び視線を落とす。
興味深そうに、弁当に見入る時の顔は真剣そのものだった。
こいつ、テニス部の試合中でもこんな真剣な顔しないのに。
試合でその集中力だせよ。
「今日のはおかずないね、シンプルですな隊長。」
「たまにはこういうのもあるんじゃない?」
たまには、ね。
いや……。待てよ。
確かに今日の弁当はやたらシンプル過ぎやしないか?
昨日のはヒドかった。
かわいいクマの絵柄の弁当箱にはじっくり煮込んで柔らかくなった豚足と、牛テールが入ってた。
弁当箱のかわいらしさと中身とのギャップはきつかった。
しかも、姉はこのギャップを演出するためだけに、クマの弁当箱を買ってたし。
そこまでする姉がこんなシンプルな弁当にするだろうか?
いや、有り得ない。
きっと何か隠されているはず。
恐る恐る弁当の匂いを嗅いでみると、普通の白飯の匂いしかしなかった。
次に箸箱を慎重にあけ、箸を取り出し確認してみたけど、特に変わった様子はなかい。少し、ほんの少しだけ白飯を食べてみても、普通の白飯の味がしただけだった。
どうやら今日はシンプルにしただけのことだったみたいだ。
姉の気まぐれのせいで、楽しい昼食がちょっとした修羅場になってしまった。
気を取り直し、白飯の海に箸を突っ込みすくい上げると白飯の下には、からあげがあった。
その隣からはプチトマト。
さらにはハンバーグ、ブロッコリーなんかも白飯の下に埋もれていた。
私の顔からは表情が消え、喉が急に乾いたから水筒からお茶をついだ。
しかし、水筒から流れでたのは冷たいお茶ではなく、湯気の立ち上るコーンポタージュスープだった。
江藤はそれを見て笑い、椅子から転げ落ち、机の角で強かに頭を打ちった。
ごんっと鈍い音が教室に広がると辺りは静寂に包まれた。
聞こえるのは私のため息だけだった。
今日のメニュー。
埋没弁当とコーンポタージュスープ。