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『戦鬼』

 まずい、囲まれた。


 何時の間にだ。魔理沙はそんな事を思い、しかし、問題はそこじゃない事に気づく。


 ある意味想定通り、悪い意味で。魔理沙の懸念は実際のモノとなり、川上は勝ってそこを数多の哨戒天狗に目撃された。


 宣戦の布告も同義と取られただろう。事実、魔理沙の予想を裏切らず、周囲の森の木上に四人はいる白狼天狗達からの闘気、いや殺意が肌を刺していた。


「貴様ァ!」


 そしてとうとう殺意を抑えきれず破裂させた血の気盛んな白い髪を腰まで伸ばした一人が火蓋を切った。


 腰から太刀を抜くと、文字通り発砲されたかのように木から川上に向かい白い閃光が走る。軌跡に白い残像が映るのしか見えぬ矢のようなスピード。


「止めろ!」


 同時に強く、大きく、良く通るやや低めの椛の声が森に響いた。


 椛自身の制止を受けて、飛び出した白狼天狗は川上の目前で止まっていた。


 いや、制止で止まったのだろうか?天狗が川上に向かい太刀を袈裟に振り下ろさんとしたその右の裏小手を川上の刀が下から抑えていた。


 そして魔理沙も懐に手を入れ構えていた。一触即発。


「これは私が望んだ立合いだ。この勝負に水を差す気ならば、私への侮辱行為と取る。何人たりとも許さん!」


 椛の言葉は先程の制止と違い大声ではなかったがやはり良く通り、強い意思を感じさせた。


「しかし、先輩…」


 飛び出してきた白狼天狗は裏小手を取られ、さらに椛に叱責され複雑な感情に困惑して声を上げたが、続く言葉がなかった。


「椛、貴女はその者により斬られた。これはその者の我々天狗への敵対行為では」


 木上で事態を静観していた一匹の白狼天狗が意見した。


「それは違う。この山での規律を侵したのはこの者ではなくこの私だ」


 椛は立ち上がり、同僚と思きその天狗に向かい言った。


「私は人間に対して不可侵とされたこの道にて、不当にこの者に刀を向けた。この者は自衛をして、この結果になったに過ぎない。」


「そこの人間二人、貴方達の意見は?」


「相違ない」


「あぁ、間違いないぜ」


 椛の意見を聞き、その天狗は川上と魔理沙に話を振った。二人は追認した。


「先輩」


「下がってくれ。気遣いは感謝する、ありがとう」


 椛は自身の為に飛び出して来た後輩に厳しくも優しく礼をいい、椛より頭一つ低い後輩の頭をポンと軽く撫でた。


 川上は刀を下げたまま煙草を取り出し、火を点けていた。


 それでその天狗は太刀を納めた。椛に一礼をして、最後に川上を殺しかねないような眼で一瞬睨み。その場を下がった。


「皆!この事を報告するならば、私の事を告発しろ!その他一切の虚偽はこの私が許さん!」


 椛はその場にいた全員にそう言うと、皆それに応じて一礼した。椛も返礼する。それで集まった白狼天狗達は一人を残しその場から飛び去った。


 椛は木の上に一人だけ残った白狼天狗の事を見据えた。小柄で他の白狼天狗達と同じ装束の少女、艶のある長い白髪を右肩越しに前で束ねて体の前で房として垂らしていた。整った顔には表情も無く何処か眠たげな感情の読めぬ眼が、彼女を見た目よりも大人びて見せた。そして佩用している太刀は身の丈を超える腰反りの強い野太刀だった。


「隊長」


 椛はその白狼天狗、哨戒隊隊長の彼女に呼びかけた。


 しかし、その少女はただ感情のない眼でぼんやりと椛の方を見ている。いや、ぼんやりとした眼なのでわかりにくいがその視点は椛ではなく川上か。


「…本日も異常無し」


 やがて、その天狗は聞き取れるギリギリの声量でポツリと呟くと背を向け、飛び去っていった。椛はその背に敬意を込め礼をした。


 それを見届け、川上は咥え煙草のまま刀を懐紙で拭い、納刀をした。


「迷惑を掛けた」


 椛が川上に礼をしながらそう謝罪した。この謝罪はおそらく立合いを仕掛けた事ではなく、仲間の白狼天狗達とのしがらみに巻き込んだ事へのものだろう。


「いや」


 川上は迷惑に思ってはいない事を一言で伝えた。しかし、彼はそれだけでは伝わり難い事を自覚していないのか、伝える気がないのか。


「全くだぜ、そもそもそう思うなら最初から自重してくれよ」


 魔理沙は不要に自身の胃を痛めた事もあり、文句を返した。


「確かに無関係な貴女にも迷惑を掛けた。血が騒ぎ自身を抑えきれなかった、立合いの結果といい自身の未熟さを痛感するばかりだ」


 そう、椛は未熟を痛感したのだろう、そこに嘘は無かった。しかし彼女の表情は何処か晴れやかだった。


「貴方の名前は」


 椛は川上に尋ねた、川上は煙草を落とし踏み消しながら答えた。


「川上」


「川上、か。かわかみ、その名前、忘れない」


 椛はその名の響きを吟味するように口にしながらそう言った。そして自身の右手が付いたままの落とした太刀へと歩いていく。


 椛は太刀から自身の手を取ろうと思ったが、何故かその前に川上が居た、何気ない動きが捉えられない。


 川上は椛の太刀に手を伸ばし、椛の切られながらも柄を握ったままの椛の右手を解して太刀から剥がした。椛は川上の行為に害意がないものと判断して黙って見ていた。


 川上は太刀を拾うと、自身の刀にしたように懐紙で拭った。


「鯉口を」


 それで川上の意図を理解し椛は動きを取り戻した左手で腰の鞘の鯉口を抑えた。


 川上はその鯉口に太刀の切先を合わせ、刃を鞘に当てぬように椛の腰に太刀を納めた。右手を喪失して、左だけでは太刀の納刀は難しかったろう。


「気遣い感謝する」


 椛は礼を言いながら残った自身の右手を拾った。


「いずれ博麗神社で宴会がある。私も次の宴会に出よう」


「ではその時があったら俺も出よう」


 椛の唐突な言葉に川上は少し考えてから返した。


「その時は一献酌み交わそう」


「是非」


 そう椛は約束を口にして笑みを浮かべた。屈託のない笑みは童顔も相まってそれまでの印象を覆し、彼女をただの器量好しの少女のように見せた。


 その表情を浮かべていたのも束の間、武人らしい顔つきを取り戻すと川上に一礼した、川上も返礼する。


「失礼する」


 そう言い残して椛は背を向け、飛び去っていった。川上は早々に視線を切って煙草を取り出す。


「あいつ、笑った方が可愛いな」


 取り敢えず場が収まったと、一安心した魔理沙の口から出たのは全く関係ない独り言のような感想だった。


 そして、何してくれるんだと川上に文句を言いかけて口を開くが、そこで考えた。


 あれが極めて危険な状況を綱渡りしていた事を気付かない程、川上は馬鹿ではないのは魔理沙も分かっている。


 煙草にマッチで火を点ける川上を見ながら魔理沙は思った。分かった上でこうなのだ、自分の事などどうでもいいかのような投げやりな行動。


 なんか、切ない奴だな。そう魔理沙は思った、彼女がこの感想を抱いた相手は川上で2人目だった。苦笑いを浮かべながら川上の背を軽く叩いた。


「さ、いくぜ」


「あぁ」


 魔理沙は先を歩き出し。川上も煙草の風味を楽しみつつその後を追った。

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