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「運命?」


「そう運命って何?お姉様が良く言っている」


 川上は夜半、余暇を持て余したので、図書館で紅茶を飲みつつ本を捲っていた。この館に来てから本を読む事が多くなった。


 テーブルの対面。椅子に座り本を読むパチュリーの膝に座ったフランドールが唐突に川上に問いかけて来た。


 川上は全く思いも寄せたことのない単語。運命というモノに関して問いかけられて、返すべき答えが見つからずに本をパタンと閉じる。


  川上は紅茶を一口飲み考えた。フランドールを膝に乗せたパチュリーは本に目を落として何も口出しはしなかった、そもそも聞いていないのかも知れない。


  「解釈次第でどうとでも言える漫然とした概念、だろう」


  しかし、特に運命に対して一家言ある。という訳でもないので川上はいい加減な答えを返す。


  「解釈次第で?」


「妹様はゴルディオスの結び目という話を知っているか」


「フランよ。知らない、何それ」


 川上は唐突に話を始めた。それに対してフランドールは自分の呼び方を訂正しつつ答える。


「アレクサンドロス三世という人物は」


「聞いた事あるような気がするけど、よく知らない」


「紀元前4世紀のマケドニアの王。伝説的な大英雄と語られる人物よ」


  川上の問いに答えられなかったフランドールに対して、パチュリーが補足した。どうやら話は聞いていたらしい。


  「その王様がどうしたの?」


 川上はパチュリーの前ではタバコを吸えないので懐から取り出した干し肉を取り出した。ちまちまと噛みながら続きを話し始める。


  「リュディアという地にある神殿に一つの戦車が祀ってあったそうだ。戦車はかつての国王が神殿の柱に固く結びつけてあった」


「そしてその地には、その結び目を解いた者がアジアの王になる。という伝説があったそうだ。その結び目は頑強で多くの腕に覚えのある者たちが挑戦したが誰も解けなかった」


 川上は一息吐き干し肉を食い千切り、紅茶で流しこんでから、君なら解けるかも知れないがなどと言った。


  フランドールは分かってるような分かってないような顔で続きを促した。


「そしてその地に遠征してきたアレクサンドロスはその結び目に挑戦したのだそうだ。さてそれでどうなったと思う?」


 川上の問いかけにフランドールは少し考えた。


「大英雄で王様なんでしょ?解いちゃったんでしょ」


 フランドールの予想は大英雄の逸話にありそうな展開としては至極真っ当だったろう。


「いいや、結び目は固かった中々解けない。アレクサンドロスは無理だと判断した」


「大した事ないんだね」


「そこまではな。しかしアレクサンドロスは無理と判断するやいなやナイフを抜いて結び目を断ち切ってしまった」


「へぇー」


 川上は二本指を立てた指剣で断ち切る素振りを入れつつそういい。フランドールは素直にそういうやり方があるかと感心した。


「当然、それを見ていた人々の中にはそれは違うだろう、結び目は手で解いてこそ意味があるはずだ。アレクサンドロスは間違えてると考えたものはいるはずだ」


「だがアレクサンドロスはこう言ったという」


 川上はそこで一つ間を置いた。


「曰く、運命とは、伝説によってもたらされるものではなく、自らの剣によって切り拓くものである」


 続きは小さな声量だが何故か耳に通る高い響きの声が告げた。


「アレクサンドロス三世はそう言ったらしいわ」


 川上に代わり、かの大英雄の言葉を紡いだのはパチュリーだった。


「そして、アレクサンドロスは数々の戦に勝利して、結び目の予言通りにアジアの王となった」


 川上は干し肉の残りを口に放り込みつつ言った。


  「結び目を解いたから王様になった?」


「結び目を斬ったからこそ王になった、と俺は解釈する」


 口の中でもくもくと咀嚼しつつフランドールの言葉に川上は答える。そう恐らく斬ったのが伝説の結び目だろうとただの結び目だろうとアレクサンドロスの偉業が変わる訳がない、それはパチュリーの言った言葉からわかる。


「解けないから切っちゃうなんて貴方がしそうだね」


 クスクスと笑いながらフランドールはそう感想を述べた。パチュリーはフランドールの髪を手櫛で優しく梳きながら言った。


「解けなければ切る。最初のアプローチが駄目ならすぐさまベクトルを転換する。確かに貴方の兵法に通ずるものがあるわね」


「アレクサンドロスは兵法家だ、何も不思議じゃない」


 川上は干し肉の飲み下しながら言った。


「意外かも知れないけどレミィは運命至上主義ではないわ。むしろアレクサンドロスのような者を好む」


「ふぅん」


 川上は紅茶の残りを飲み干しつつどうでも良さそうに返答した。適当に煙に巻くために出した小話である。しかも仕入先はこの図書館の蔵書。


「お兄様だったらその結び目をどうする?」


 フランドールの問いかけに川上は、さぁ?とだけ答えて席を立つと片手で礼を残してその場を退席した。


「ねぇパチュリー、お兄様だったらどうすると思う?」


 その場に残されたフランドールはパチュリーの豊かな胸に後頭部を埋めつつ少し弾んだ声で問いかける。


 パチュリーは少し考える。先程フランドールが言った事、結び目を切るとは如何にもあの男がやりそうな事だ。


「妹様の言う通り。彼なら斬るでしょうね」


「そうかな?」


 フランドールは意味なくパチュリーの二の腕を揉むように触れながら言った。


「案外結び目に何もしないかも。意味がないからって」


 フランドールの言葉にパチュリーはその考えは成る程あの男らしいと思わず笑った。





 紅魔館のメイド長である咲夜が厨房で食器を片付けている時、ふと気付いて振り返ってみると棚を物色している川上がいた。


 この男は神出鬼没でしかも気配が捉えられないので、全く心臓に悪いが咲夜も段々慣れてきた。咲夜自身が能力上全く同じ感想を他人に言われる事がこれまでたまにあったのだが、成る程自分が他人からどういう印象を与えていたのか始めて分かった。


 咲夜は気にせずに仕事に戻る。


「メイド長」


「何?」


 川上に声を掛けられて咲夜は始めて手を拭きながら川上に向き直った。


「スープか何か頼めるだろうか?」


 どうやら川上は小腹が空いたのか食料を漁りに来たらしいが、成果が芳しくなかったようだ。


「お腹空いたの?いいわよ。少し待ってて」


 咲夜は朝食用の仕込みの中ですぐに使えるもので頭の中で野菜スープのレシピを組み立てつつ答えた。


「ありがとう」


 礼を言って川上は厨房を出て行く。その後、咲夜は適当にキャベツやら人参やらベーコンを出しつつふと気付く。


 あの男はコーヒーだの死体だのは所望した事はあるが、夜食を頼まれたのは初めてだなと。


 続けて主人の言葉を思い出す——川上は貴女には懐いているわよ——


 うーん、と咲夜は少し考える。そうなのかなぁ、と。


 まぁ、いいかとあっさり割り切ると咲夜はスープの具にする野菜を刻み初めた。

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