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茨歌仙を読んだら、魔理沙が宴会の席で自分(の偽物)が真横にいるのに全く突っ込まない。山で虎と出会って毛皮が売れそうだと考え虎に攻撃を仕掛けるなどのエキセントリックぶりに爆笑しました。

  紅魔館、庭園。

 

  昼食が終わって3時間ほど、日が大分西に傾いてきた時刻。館で雇われてる妖精メイドの多くが整列していた。


  彼女らは割と士気や能力が高く有事の最に戦闘要員として動員される事があるメイド達だった。彼女らは手に木槍を持ち前に立てていた。


  メイド達の前に立つのは、涼しげな表情と綺麗な立ち姿のメイド長である十六夜咲夜、一文字に口を結んで一本筋の入った立ち姿の門番である紅美鈴、眠たげで陰気な雰囲気でやる気のない立ち姿の使用人の川上の三名。


  今日はたまにやっている格闘訓練の日であった。ここに先発されてるメイド達は訓練も真面目にこなす素養があった。というより楽しんで出来る素養というべきか。

 

  そして三名のうち咲夜は監督役、後の二人は教官役であった。


  「メイド長」


  川上は小さく声を掛けた。川上は仕事だと呼ばれて出てきてみれば何も説明されず今ここに立っていた、しかし何をやらせたいのかくらいは分かる。


  「何?」


  「俺は人に教える事には慣れていない」


  「良く一緒にいるメイドに教えてるじゃない」


  咲夜にそう反論され川上は黙る。それはそうなのだがこれ程の人員を指南するというのは川上に取っては未知の事だ。


  「それに何故かあの子も参加してるけど」


  咲夜が目線で示すと前線に並ぶ1人は黒髪を肩口まで伸ばして好奇心に輝いている眼をしたメイドのアニスだった。戦闘員でもないのにここにいるのはおそらく川上の影響であろう。


  「まぁ、私達が主に見ますから川上さんは回りながら気になった所を修正してくれればいいですよ」


  「……」


  軽く言ってくる美鈴に川上は最早何も言わなかった。ただ彼が武芸に秀でているという理由でここに連れてきたのだろう、しかし少々安直な考えだった。スポーツの世界では言われる事だが名選手が名監督となるとは限らないのだ。


  だが、別にやれと言われたのならやるだけである。軽く見渡し危うい所を指摘くらいなら出来る。


  「皆、注目」


  咲夜が良く通る声でメイド達に呼びかけた。それまで何処か散漫で浮ついた雰囲気だったのが、一気に皆の集中が三人に集まる。


  「今回もいつも通り槍での基礎訓練を行うわ。槍での基本はまず突き、これをある程度習得しなさい」


  「熟練すれば槍は突きばかりじゃないわ。槍での戦いの基本をまず見なさい」


  そう言って咲夜は控えている二人に目配せする。美鈴が頷き六尺強の槍と細身の木剣を取る、槍は棒の先に穂先の代わりに綿を入れて布で包んだたんぽが付いた稽古用のたんぽ槍と言われるものだ。


  「適当に受けて下さい」


  美鈴は小さく伝えながら川上に木剣を渡した。川上は受け、つまりは負ける側として即興演武しろという事らしい。


  川上は木剣を受け取ると美鈴と三間の距離を置き右前の半身で正眼に構える。美鈴も槍を左手を口にして刺突が行えるよう左前の半身で構え穂先を川上に向けた。


  瞬間美鈴の閃光のような突きが走る。川上は体捌きと剣で突きを外したが、川上が外した瞬間にはもう突くより早く手元に引かれた槍から二撃めの刺突が放たれた。


  これを川上は二つ目の突きを紙一重で外しつつ入り身。剣先を相手に向けたまま間合いを詰め抑えようとするが、即座に美鈴は槍を返して石突側の右打ち払いで川上の剣を払う。剣尖が流れた所に美鈴は一歩踏み込みながら川上の喉に石突での突きを寸止めで入れる。


  さらに、川上にたいして背中に回り込むくらい深く入身しながら槍を絡めて川上を地面に倒すと美鈴は軽く跳躍して安全な位置に位取りしながら止めの突きは川上の首筋に寸止めた。


  槍の機能を十二分に使い、長い物を短く使うといった技量の高さを伺える見事な美鈴の業前だった。メイド達から感嘆の声が漏れる。川上は後ろ返りで立ち上がった。


  今の槍術に関して美鈴がメイド達に声を張り上げた。


  「このように、槍は長さだけに頼るものではありません。間合いの長さに慢心すると痛い目を見ます、例えば」


  美鈴が川上に目配せした、川上は小さく頷き両者先程と同じ間合いと構えを取った。


  一合目は同じだった。二撃目の突きが来た瞬間、今度は川上は発勁の応用で木剣で槍を強く上から打ち据えた。強いエネルギーで上から叩き落とされたら槍は地面にぶつかり、美鈴の手は痺れ槍を引くのも返すのも僅かに遅れ、その瞬間には間合いを詰めた川上の剣先が美鈴の右小手を抑えていた。


  ス、と川上は離れる。同時に美鈴は槍を手元に引いた、改めてメイド達に向かって立つと美鈴は声を上げた。


  「このように、一突目を外されてあっさり負け、ということにもなりかねません。これを防ぐ為、突きにおいて一番重要な事は何かわかる人はいますか?」


  「引くこと!」


  美鈴の問いかけに即答したのはアニスである。基礎的な心得は一通り川上から教えられている。


  「その通りです。突きは、突く事より引く事だ肝要。これを念頭に置いて練習して下さい」


  そうして、練習が始まった。メイド達が手にしているのは美鈴が使ったものより短く四尺程度の手槍である。しかし、幼い体躯のメイド達にはこのくらいが体格にあっているのだろう。


  それに紅魔館内は広いと言えど長物をぶつけずに扱うのは難しい。長い物を持たせても文字通りの無用の長物となるだろう。


  各々が左手を口にして右で突く基本を練習している。しかし、手突きになってしまっている者も多かった。腰で突くという基礎を美鈴や咲夜が教える。


  川上はメイド達の間を歩きながら皆を観察していた。技量は皆似たり寄ったりである。ふと、一人のメイドに目を付けた。金髪を背中まで伸ばしたメイドは鋭い目と真剣な面持ちで木からぶら下げた缶詰の空き缶を突いていた。


  川上は本人に気付かれないようにそのメイドを観察していた。金髪のメイドは缶を鋭く突く。突かれた缶は大きく揺れるが、メイドはまた構えに戻ると大きく動く缶を突きで捉えて見せた。さらに揺れる缶をまた突く。


  このメイドは一人突出しているようだ。動く缶程の的を捉え続けるのは中々であるし、全身を使った突き方も及第点である。集中のあまり周りが見えていないのはご愛嬌だ。


  しかし、大事な事が忘れられている。


  川上は無音で金髪のメイドに近づき肩に手を置いた、びくりとしてメイドが振り返った。単なる呼びかけではなく軽い戒めの意味もあったかも知れない。


  「いい突き方だ、精度もいい」


  「?ありがとうございます」


  いきなり褒められて、少し当惑しながらメイドは答えた。川上は少し遠くで槍を突いては打突に繋げる事をしていたアニスに目をやる。


  アニスはすぐ気付いた。川上が手招きすると嬉しそうに寄ってきた。川上は金髪メイドにたんぽ槍を渡した。


  「こいつを突け」


  「え?」


  「本気で当てろ、稽古用だから大事にはならない」


  「君はこれだ」


  川上はアニスに刃長一尺二寸程度の小太刀の木剣を手渡した。そして一突き目に合わせて寸止()めろと耳打ちした。


  「分かりました」


  一応の指南役である川上に言われ、とりあえずメイドは言われた通りにする。メイドは槍を左前の半身の正眼に構えてアニスにと対峙する。アニスは口元に笑みを浮かべたまま小太刀を持つ右を前に半身になり、しかし刀は構えずに無造作に垂らしたままだった。


  お互いの距離はちょうど一歩踏み込みつつ突けば当たる槍の間合いであり、アニスの小さな刀では遠く届かない。大丈夫だろうか。そうメイドは思う、間合いの差がこんなにあればこちらの方が有利だ、たんぽ槍といえど本気で突いたら怪我してしまう。


  しかし、やるからには手は抜く気はなかった。


  「行くよ」


  「ん」


  メイドはそう宣言して、アニスはそれに対し単音で応じた。アニスの右前半身の構えから右肩か右腕、あるいは首か頭が狙える。頭や首は危険だ、となると狙いは肩か腕の中段突き。


  メイドのまず少しだけ右で穂先を突き出し、突く気勢だけを見せた。そこからすかさず全身を使った突き一閃。アニスは相手の裏に回るように足を運びこれを外す。渾身の一突きを外されメイドは虚を突かれてしまう。


  すかさず、アニスは前足の膝を抜き、体が自由落下する瞬間後ろ足で強く地面を踏み、間合いを即座に詰めた。地面を蹴るのではなく踏む歩法。


  あっけなく懐に入られてしまったメイドは何も出来ずに左小手、続けて首筋に剣を寸止めで入れられた。


  「…凄い」


  メイドは思わずそう漏らした。あっというまに間合いを潰した踏み込みがまるで消えたみたいに捉えられなかったのだ。アニスは一つ笑みを咲かせて下がった。


  「始める時門番が言った事を覚えているか」


  「あっ」


  川上の言葉で何がまずかったのか理解した。引くこと。金髪のメイドは突く事に意識が行き過ぎて突きっぱなしになっていた。


  アニスは体に癖がなく教えた事をすぐ噛み砕き自身の体で覚える天賦の才に近いものがある。短期間の指導で稽古とはいえ槍に勝つのは誰でも出来るものではない。


  しかし、アニスの技量では槍を外すと同時に距離を潰す事は出来ない。躱してから踏み込みまでに継ぎがある以上、ちゃんと基本通りに引くことが出来ていればこう簡単に負ける事は無かった。


  川上は口で言えば済む事を敢えて負けさせた上で指摘した。


  「突いている時、自身の姿がどうなっているか。良く良く吟味する事だ」


  そういいながら川上は先程までメイドが使っていた木槍を取りメイド達と違い右手側を口にして構え、ぶら下がってる空缶に対しパシュッ、と突きを一閃させた。突くと引き戻すが一連になっていて突きの瞬間が捉えられない。


  おー、と思わずメイドが感嘆した。川上は木槍をメイドに返して、もう教えるべき事は終わったとばかりに背を向け歩き出した。


  メイドはその背を見送り、よくわからない踏み込みを見せたアニスにキラキラ光る眼を向けて言った。


  「貴女凄いのね」


  「先生の方が凄いよ」


  アニスはあっけらかんといい空缶を指差した、その指先に視線を向けたメイドはそれに気付き驚愕した。


  一切揺れていないぶら下がった空缶には貫通した穴が開いていた。

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