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『悪戯』

僅かに月光の差す林の中にポツリ、ポツリと緑がかった青い光がフワフワと浮いていた。


何処か幻想的な光は時期遅れの蛍だった、近くに小さな川があるのだろう。


そんな蛍の光の中で一つ他と違う光があった。他が青い光に対してそれだけは緋色の光だった。


その緋色の蛍もまた他の蛍のように少し光が強くなったり弱くなったりとしている。しかし近づいて見れば蛍ではない事はすぐにわかる。


紙巻煙草の火口であった。


川上は一本の木を背にしてぼんやりと一服していた。ふと時計をみる、十一時十四分。


館を出てから随分経っていた。川上は何を求めて彷徨い歩いていたのだろうか、あるいは何も求めていないのだろうか。


彼は空腹である事を自覚した、食事がまだだった。煙草を落とし踏み消した。


ふと視線を上げる、眼が合った(・・・・・)


しかし断じて周囲には蛍以外の生物はいない、川上は腰の刀の柄を左の指でコンコンと小さく叩いた。


しばらく視線を向けていたがやがて興味が薄れたのか視線を切った。


戻るか。そう考えて川上はその場を歩き去った。


1Km以上離れた山の木の上で視線の主は凍りついていた。




「二人とも、誰かが近くにいるよ」


「えっ、妖怪かな?」


「ともかく見に行ってみるわよ」


「あっ、人間じゃない」


「長い刀と短い刀って、なんかどっかで見たことがあるような格好ねぇ。男だけど」


「林の中で人間一人なんで無用心だなぁ」


そう夜道で木の陰から男……川上を見ていたのは三人組の妖精だった。


一人はややくすんだ金髪をツーサイドアップにして青いつり目でブラウスに赤いロングスカートといった出で立ちの妖精サニーミルク。


並んでいるのは薄い色の金髪を縦ロールにし、視力でも悪いのかジト目になりがちな赤い眼。黒いリボンを所々にあしらった白いワンピースに帽子の妖精ルナチャイルド。


二人から一歩下がった所にいるのは艶のある切り揃えた長い黒髪。ブラウンのたれ目で青いドレスに身を包んだ妖精スターサファイア。


皆薄い虫のような羽を持ち幼く愛らしい容姿をした如何にもな妖精である。三人は仲が良く同じ木で一緒に暮らしており光の三妖精と言われるトリオだ。


赤、白、青の三人は各自の能力を駆使しながら川上を尾行する。サニーミルクは光を屈折させ、ルナチャイルドは周囲の音を遮断し、スターサファイアは動くものの気配を探る。三人の能力は親和性が高く、三つ揃うとステルス、サイレント、レーダとなり強力な隠形となる。悪戯好きの妖精にはこの上ない能力であろう。


「で、どうするの」


「決まってるでしょ、無用心な人間は私達が懲らしめてあげないと!」


サニーミルクはそういってまず手始めに光を屈折させる能力を応用し周囲の風景を男の歩く速度に合わせて少しずつずらした。


当然これをやられると真っ直ぐ歩いてるつもりでも本人の自覚なく進行方向が曲がっていく。いかに人が目に頼っているのか人は自分で気付いていないものだ。


結果本人は真っ直ぐ歩いてるはずなのに同じ所をグルグル回ってどうなってるのかと目を白黒させる、それだけでも充分面白い。上手く調節すれば木にぶつける事も出来る、何もなかったはずなのにいきなり木にぶつかって人間が驚愕する様などは三妖精にとって爆笑ものだ。


「あれ?あの人変な方向にいってるわよ」


指摘したのはスターサファイアである、傍目から男は歩きながら少しずつ曲がっていく。傍目からそう見えるという事はつまり。


「なんで、あの人真っ直ぐ歩いてる(・・・・・・・・)


サニーミルクはそう言った、男は風景に関係なく直進していた。


「本当?それはおかしいわね」


「もしかして目が見えてないんじゃない?」


ずれていく風景に惑わされないなどまずありえない。あり得るとしたら風景など見えていないのか、あるいは見ていないのか。


「うーん、盲目には見えないけどなぁ。おかしいわね」


「どうする?」


三妖精がそんな相談をしている頃、川上は歩きつつややこしい思いをしていた、見えるものと視えるものがズレている。光が三つか。煩わしいなと思い、川上はゆっくりと呼吸を変えていく、そして木陰を利用して死角に入ると川上は印を切って(しゅ)を小さく唱えた。


唵阿爾怛摩利制曳莎訶オンアニチヤマリシエイソワカ





「あれ?見失っちゃった。スター」


木陰に入った男の姿を追った三人だったが、何処へいったのか見失ってしまい、サニーミルクはスターサファイアに呼びかける。レーダとなるスターサファイアがいる限り単体で三妖精を撒くことは難しい。


「ちょっとまって、あれ?動いてないのかな」


おかしいなとスターサファイアは思った。動いていないとレーダーには引っかかりにくくはなるが動物は生命活動をしている以上レーダーに見えなくなるという事はない。だがスターサファイアの能力は男をロストした。


「んー?」


「どうしたの?」


訝しむような表情を浮かべたスターサファイアにルナチャイルドが問いかけた、スターサファイアはそれには答えず集中してより広範囲を精密にリサーチした。


結果、人間と見られる大型動物は自分のそばにいる二人を除くと少し遠くに一人。こっちは違った、大きさから先程まで一緒に居た方だ、あの男じゃない。


「……見えなくなった」


「え?」


「消えた、みたい」


答えを聞きキョトンとするサニーミルクとルナチャイルドの二人。しかし次第に顔が青ざめていく。


「消えたって、まさか幽霊?」


ぞっとしながらルナチャイルドは言った、冷静に考えれば幻想郷において幽霊を怖れるというのもおかしな話だが。


「でも確かに人間に見えたわよ」


「でも人間が少し目を離した間に消えるなんて」


そう三人は怖さ半分好奇心半分に語っていた時、いきなりルナチャイルドの膝がかくりと折れた。


後ろからルナチャイルドの態勢を崩し左脇から左腕を回し手で後頭部を抑え、右手で右手首を掌握して拘束したのはいつのまにか忍び寄っていた川上だった。


『わーーっ!?』


一瞬遅れてサニーミルクとスターサファイアの二人が声を出して驚き、走って川上から距離を取った。


「ちょっと、ルナ捕まっちゃったじゃない!なんで能力解いたの!」


「使ってたわよ!スターこそすぐそばにいたじゃない!」


距離を置いたもののルナチャイルドが拘束されてしまったため見捨てて逃げる事も出来ず、混乱した二人は現状の打開には全く役立たない叱責をし合う。


一方捕まったルナチャイルドは拘束を抜け出す事も出来るはずもなく、意味のある言葉も出せずに涙目であうあういう事しか出来なかった。


「何のつも」


り、とまで言い切らずに川上は即座に体を切るようにして背後に向き直った。数瞬前に川上の後頭部があった空間を棒先が打ち抜いた。


川上は突きが伸びきった瞬間の棒を左手で捉えると腰を入れて棒に力を伝えた。


「わっ!」


それだけで突きを放った小柄な人物は足が浮き背中から落ちた。


「いてて、相変わらず訳のわからない技を使うな」


「魔理沙さん!」


ぼやきながら立ち上がったのは棒ーー否、箒を持った霧雨魔理沙だった。ちなみにその時川上から解放されたルナチャイルドは慌てて距離を取ろうとした結果地面にすっ転んだ。


「それで突くなら逆も使ったほうがいい、範囲が広く目潰しになる」


川上は魔理沙に箒の穂先の有効性を説きながら柄を手放した。魔理沙は度々体術で遅れを取った事を根に持っているのか会うとたまに不意打ちで一本を取ろうと挑戦してくる。もっとも今迄全部軽くあしらわれているが。


軽くあしらわれているだけなら随分甘い扱いだろう。


「覚えておくぜ。で、何こんな夜道で子供に絡んでるんだ?まぁ想像はつくが」


今夜は魔理沙は三妖精に付き合って虫採りなどをしていた。付き合いもいい為か三妖精とは仲がいいほうだ。


「歩いている時何か干渉された」


煙草を取り出しつつ言った川上に魔理沙は内心やっぱりなと思った。冗談が通じない相手なのだ。


「子供の悪戯だよ、いちいち目くじら立ててたら大人気ないぜ」


そうか、と無感情に返しながら火を点ける川上を見てスターサファイアは言った。


「魔理沙さん、この人知り合いなんですか?」


「あぁ、最近こっちに来た外来人で今紅魔館の、あー、執事をやっている川上っていう奴だ」


『えっ!あの館の執事!?』


「いや、執事ではない」


見事にハモって驚いた三人に川上は紫煙を吐き冷静に告げる。執事は上級使用人だ、新入りの下っ端もいい所の人間が執事のわけはない。


しかし下っ端とはいえ雑務能力はそこそこだが、やはり川上では色んな意味で執事は務まらないだろう。


「じゃあなんなんですか?」


「雑用」


先程驚かされたにも関わらず物怖じせずに聞いてくるサニーミルクに川上は端的に答えを返した。


スターサファイアは澄まし顔でその言葉につまりあの館に捕まった奴隷だろうかなどと失礼な事を考えていた。


川上は咥え煙草で四人に背を向け歩き出した。


「こんな夜にどこ行くんだ?」


「館に戻る」


それだけ返してぶれない歩みで川上は歩み去っていった。


「魔理沙さん、なんなんですかあの人?」


「なんか武術の達人の変人だな」


ルナチャイルドの言葉に魔理沙はそう答えた。しかし人を変人呼ばわりする彼女自身も充分変である。


「でも、なんか能力が効かなかったんですけど、いつかの兎の妖怪みたいな」


「効かなかったのか?」


一つ考えて、魔理沙は言った。


「まぁ、そういう事もあるだろ」


別に不思議な事ではない、もとよりこの地はなんでもありなのだから。もっとも外の世界の武術家が、というのはおかしな気もするが魔理沙はそんな細かい事は気にしない。


ふと気がついたようにスターサファイアが言った。


「あ、今度はちゃんと見える」

ちなみに呪術の類もちゃんと武術流派にはあります。

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