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「それは本当か?」


「えぇ、黒い洋服に刀を鶺鴒差しにして野太刀を背負った特徴的な目付きの男性ですねよ、見ましたよ」


里の外で起きた虐殺事件。ある日その関係者ではないかとされる清水なる男らしき目撃証言が人里で出たのを偶然慧音は聞いた。


そして、男の人里での足取りを追ってみたが、拾える証言は断片的であり聞いた限りでは特に実のある証言はなかった、精々蕎麦屋で昼食を普通に食べていた事が分かったくらいだ。


そして仕事で必要な資料を借りに稗田家を訪れた時、雑談の中で何気なくその事を話せば阿求がそれらしき人物を見たという。思わず慧音は実を乗り出した。


「見た、というか助けて貰いましたね」


「助けて貰った?詳しく聞かせてくれないか」


阿求の言葉に慧音は問いかける。


「ちょうどあの日一人歩きしていた時男達三人に囲まれてしまいまして、向こうの事情は聞いてませんが、明らかに私を狙っていた様子なのでまぁ反妖怪の過激派か何かかも知れませんね」


「里でか・・流石にその連中も捨て置けないな、いやすまん、それで」


慧音は続きを促す。


「たまたま先程の話に出てきた容姿の方が通りかかりまして、三人を倒して貰ったのでおかげで助かりました」


嘘ではないが正確な事実ともいえない事を阿求は言った。


「ふむ・・どう倒した、三人組はどうなった?」


「男達は合口で襲いかかりましたが剣も抜かず当身と柔だけで、あまり武芸の事はわかりませんが達人といえるかと」


「また殺害せずに制してました、少し後で屋敷の者をやりましたがすでに三人ともいませんでしたので」


「そうか」


何か考えるように慧音は相槌を打った。


「生憎名前を聞きそびれてしまいましたが、外見的特徴はその清水という人と相違ありません、外来人のようでした」


「ふむ・・」


引っかかる所があるのか、少し慧音は釈然としない様子。妹紅から聞いたイメージと人助けをするという行動がいまいち一致しないのかも知れない。


「その男、紙巻煙草を吸っていなかったか?あるいは匂いがしたとか」


「両切りで外来の品と思われるものを喫んでいましたね、確か紙にアルファベットでG・O・L・D・E・N・B・A・Tと刻印が入ってました」


「GOLD、か」


決まりだ、現場に落ちていた吸い殻と同じ、その男はクロだ。


「その男、阿求から見てどう思った」


「どう、ですか?といいますと」


漠然とした慧音の問いに阿求は首を傾げた。


「私の友人がその男に斬られたんだ」


そして、慧音は妹紅から聞いたあらましを阿求に話した。


「なるほど、そのような事が」


一通り聞いた阿求は、カランとグラスを鳴らしアイスティーで喉を湿らせた。大きな武家屋敷に阿求も着物なのでアイスティーは若干そぐわなかったがこれは単に阿求自身が紅茶党の為である。


「うむ、で君から見てその男がどう見えたか聞きたい」


「そうですね・・」


それを聞いて阿求はおもむろに引き出しを引いて中から何かを取り出した。


「ここに一口の刀子(とうす)があります」


「?うむ」


阿求はちょっとした時に使う刃物を片手で記して言った。


「こんな感じに見えましたね」


「・・刃のようだった、と?」


「ちょっと違いますが、そんな感じですね」


にこりと笑って阿求は言った。


「先生、例えばこの刀子がある事は悪いことでしょうか」


「?あると便利だと思うが、いいも悪いもないんじゃないか」


抽象的な問いに慧音は若干戸惑いつつ答える。


「便利です、素手では切れないものを容易に切る事も、これで木から仏像を削り出す事も出来ます」


しかし、と阿求は続ける。


「人を傷つける事も殺める事も十二分に出来ます」


「それは使う人間次第だろう、道具に罪を求めても意味はない」


「そうですね、私が受けた印象も同じです、あの方はいい人でも悪い人でもありません」


むう、と慧音は小さく唸り自分もグラスを傾ける。


「阿求、私が言ってるのは道具ではなく人間のことだぞ」


そうですね、と阿求は何処かつかみ所のない笑顔でいう。


「しかし、善悪も人間が取り決めた尺度であり絶対的なものではありません、そのような物差しに当てはめる事が出来ない存在」


ちょっと違うかと阿求は言葉を探す。


「物差しで長短ではなく重さを測ろうとするようなそもそも当てはめる事自体が間違っている、そういう存在、先生ならなんとなくわかりませんか」


上手く言えなくてすみませんと阿求は付け足す、それを受けて慧音も少し考える。


「わからなくはない、人間は驚くほどに多様な者達がいるからな」


慧音とて様々な人間は見てきた、阿求の言いたい事もなんとなくわかる。


「無論、その清水という人物が悪い良いに関わらず問題を引き起こすという事もあるでしょうね、ただ」


「ただ、なんだ」


「先ほどはその方に助けて貰ったといいましたが、正確に言うとその方は私を助ける素振りも見せずまた、厄介ごとから逃げる素振りも見せずただ通りすがった所を男達が襲いかかったので、その方は降りかかる火の粉を払った、というのが本当の所です」


「ふむ」


慧音は得心したように相槌を打った、ようは助けて貰ったというより結果的に助かった、という事だ。


「その時、最初言った通りその彼は抜かなかったんですよ、刀を」


「抜かなかった・・」


先程聞いた時は聞き流してしまったが、改めて言われると違和感がある。


「抜けばその方が早かったし、安全でしたでしょうね、相手は合口で襲いかかって来ていたのですから」


「なのに、抜かなかった・・」


「何故かはわかりませんけどね、殺生を避けたのかも知れません、あるいはただ刀が消耗するのが嫌だっただけかも知れません」


「だから先生——」



話を終えた慧音は資料を片手に稗田亭の庭に降りた。


「まずは会って話をしてみては、か」


そうすべきなのだろうな、慧音は思う、確かに会ってもいないのに先入観から危険人物視してしまっていた所はある、もっとも友人が斬られてる事実に変わりないが。


「先生」


気配なく背後から声を掛けられて、慧音は振り返った。


「君は、唐沢君か」


そこに立っていた、着物に袴、大小を二本差しにした細面のまだ二十代後半と思われる年若い男は人里の剣術道場の高弟であり唯心一刀流免許皆伝の唐沢という男である。


小柄ながら鍛え抜かれた体躯、そしてとにかく腕が立った、道場においては天才と名高く、二十歳前にして印可を得た。


また、野良妖怪五匹をあっという間に切り倒した逸話は有名であり、人里の外での護衛を勤めたり、また正式な稗田家の人間でなにながらも剣腕を買われ護衛としてたまに出入りしている程の名人であった。


「お久しぶりです」


そういいつつ頭を下げる唐沢の眼に慧音は何かを感じた。


「もしかして聞いていたのか」


「・・失礼ながら」


「まさか、君は」


「阿求様の言葉も一理あります」


唐沢は慧音の言葉を遮り言った。


「刃は使い方を誤れば悲劇を生みます。しかし刃を扱うのは我々なのです、件の人物が心無く刃を握る、そういうモノであれば同じ刃を扱うものとして私は捨て置けません」


そこまで一息に言った、彼は単に腕が立つだけでなく人格者として知られていた、しかし。


「唐沢君」


「・・正直に言うと興味もあります、それ程の使い手そのものにただ、会ってみたいと、そして」


慧音は薄々理解していた、剣に関しては年若くしてもはや同年代で彼の相手になるものはいない、天才故の孤独。そんな彼が自身と変わらぬ歳の使い手が居ると聞いて何も思わぬ訳がない。


「私が会って判断します、そしてその者に心が無ければ」


その際は語る言葉は無用であろう、彼には、剣客には腰の刀があるのだから。


「その気なら止めはしないが、ならせめて数人で行った方がいい」


「私一人でいいです、おそらく件の人物の前にただ数を揃えても意味はありません」


自身過剰とも取れる言葉に流石に慧音も語気を荒げる。


「相手の力量はまだわからない、少なくとも夜盗を二十人以上切り伏せる人物だ、いくら君でも危険だ!」


「先生」


対して唐沢の言葉は静かだった。


「私も決して驕るつもりはないですが」


いいつつ唐沢は庭の隅に落ちてた薪を拾い上げるとおもむろに上に放り投げた。


パン!と言う音が響き四つに分割された薪が落ちた頃には唐沢はもう納刀の動作に入っていた。


「私くらいになると荒くれ者など何十人いても物の数ではないのですよ」


薪は縦に正確に一閃、水平に一閃され空中で四分割された、その抜刀は刃の色すら見る事か叶わない、人間以上の動体視力の慧眼でも刃の軌道が見切れない超絶技。


唐沢はそのまま歩きだした、里の外を当たるつもりなのだろう。


「唐沢君」


慧音はその背中に声を掛けたが、唐沢は足を止めず、慧音も続く言葉が見つからなかった。


彼の剣腕は慧音もよく知っている、今みた通りだ、並の妖怪など簡単に切り伏せる達人、どんな形であれ彼なら帰ってくるだろうという安心感はある。


しかし、一抹の不安もあった、彼に限ってとは思う大丈夫だと思う、しかし・・



その二日後村人の手により首を跳ねられた唐沢の死体が人里に運び込まれた。


それは件の剣客の仕業なのか、あるいは夜盗か妖怪の手によるものか、ようとして知れなかった。


















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