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『編纂』

十六夜咲夜は困惑していた。


今日は人里に下りて買物に来ていたのだ、一応手伝いとして下っ端使用人の川上を連れて、もっとも手伝いというのは建前で案内だったのかも知れない。


人里はいつも通り賑わっていた、そこまでは良かった、咲夜は川上に強く言い聞かせた、勝手な行動をせずはぐれないようにと、また目を離さないようにもしていたのだ。


なのに何故だろう、常に離れてないか気を配っていたつもりなのにあっさりあの男の姿を見失っているのは。


俄然心配になってくる、絶対に人里で殺生は厳禁とここを来る前にも言い聞かせてきた、しかし、あの男はルールを破る事をなんとも思わないタイプだ。


万が一に川上が人里で問題を起こす事になれば自分の主人にも責が及ぶ事になりかねない。


ともかく探す事が先決か、考えてしかし、咲夜は息を一つ吐いた、いくらなんでも子供じゃあるまいし、そう考えて咲夜は当初の目的を果たすことにした。


ああいう手合いはいくら気にかけても駄目な時は駄目なのだから。




蕎麦屋でざるそばを啜るその男は少々周囲の目を引いた。


人里の人間は和装のものがほとんどだがその人間は黒い洋装を着込み、しかし腰に一振りの刀を差し、さらに長大な野太刀を席に立てかけているというチグハグな格好だからだ。


しかし、目を引くといっても多少だ、多くのものは横目で見るくらいである、実際男より奇抜な外見をした人間や妖怪など人里でもよく見られるからである。


その男は紅魔館使用人の川上であった、今日の仕事はメイド長の買物の手伝いである。


しかし人里という場所に興味を惹かれた彼はメイド長からはぐれて(・・・・)散策していた、そして昼時なので蕎麦屋に入った。


川上はざるそばを平らげ茶を一杯飲むと勘定を済ませ蕎麦屋を出た、中々の味だった。


川上は腹ごなしも兼ねてまた当て所なく歩き始めた、商店が連ねる通りから少し閑静な方に入る。


商店街といったらいいのか、そこから一本裏に入るだけで今度は静かな住宅地と行った様子だ。


人里は幻想郷の人間が殆ど住んでいる場所と聞いたが流石に広いようだ。


彼の癖なのかあまり人気のない方を選び川上は歩く、すると何やら数人の男と少女が揉めている場面に出くわした。


「あんたが稗田家の当主だな」


「人違いではないですか?」


「生憎あんたみたいな目立つガキを見間違える程目は腐っちゃいねぇよ」


歩みよりながら川上は一瞥する、男が三人に少女が一人、大の男が三人で少女を囲んでいる様子だが、少女は状況に飲まれず冷静な様子だ。


川上がすぐそばを通った時、やっと皆が川上に気付いたが、その時既に四人に興味を失ったのか何もないかのようにすれ違った。


男達は川上が帯刀しているのを見て、そして、川上が興味のない様子ですれ違うのを見てお互いに不可侵とばかりにスルーした、男達は短刀くらいしか凶器は持ってなかったのもある。


「ともかく黙ってついてきてもらおうか、抵抗しなきゃ悪いようにはしないよ」


「助けて下さい」


しかし、男三人とは違い、少女は川上をスルーせずにはっきりと助けを求めた。


川上は足を止めて首だけでそちらを一瞥する、男達にも緊張が走る。


「自分でなんとかしろ」


しかし、川上には助ける義理も理由もないので抑揚なくそう返して再び歩きだした。


その一瞬のやりとりで少女は川上の眼や視線と表情、声などで大体どういう手合いか理解し、そして言った。


「そう、荒木(・・)、貴方は前々から思ってたけど稗田家の護衛としては失格ですね、もういいから佐々木を呼んで来て下さい」


チッ、と少女の意図を理解して川上は一つ舌打ちして歩む速度を上げたが、やはりというか無駄だった。


男達は川上を関係者だと誤認し、仲間の護衛に連絡されたらまずいと判断し短刀を振りかざし襲いかかってきた。


一人目、川上に短刀を突き込むが外に躱され突き手を捕られると同時に左の平拳での鍵突きで首を打たれ失神、そのまま投げられもう一人にぶつけられる。


二人目、逆手に構えた短刀を腰だめにに体ごと突き込んでくるが、川上は体捌きでいなすと同時に崩しをいれつつ足元を払い前に投げると見事に一回転して背中から落ちた。


すぐに短刀を握る腕を取り脇腹に蹴りをいれあばらをへし折り、短刀を握る指に指絡めをかけてやはり指をへし折りつつ短刀を奪う。


三人目、一人目をぶつけられて体制が大きく崩れて立て直して川上に襲いかからんとした時には投げられた短刀が腿の外側に刺さり呆気なく倒れた。


川上は短刀が刺さっている以外の倒れてる二人に腿に蹴りを入れて追ってこれないように入念に足を潰した。


「糞ッ」


短刀で腿をやられた男は立ち上がれないが、苦し紛れに手にした短刀を投げたが回転しながら迫ったそれを川上は最低限の動きで避けた。


川上はそれで踵を返して歩いて行き、角を曲がり姿を消した、男は一人は失神しており、一人は悶絶し、一人は動脈など急所こそ外れたが腿にナイフを受け、誰も追う事は出来なかった。


「では、失礼します」


少女また悠然と一言かけて歩き去った。



二つ角を曲がったところで川上は壁に背を預けて、懐からゴールデンバッドを取り出してマッチを擦り着火して、深く煙を吸った。


長く紫煙を吐き風味を楽しみ一息ついたところで、軽い足音が近づいてくる。


現れたのは 先程の少女であった、若草色の着物に身を纏い、紫がかったセミロングの髪に花の髪飾り、容姿はまだ子供と言ってもいいだろう、愛らしい顔つきであった。


人里における名家の稗田家当主であり、九代目御阿礼の子である稗田阿求であった。


「助けて頂いてありがとうございました」


「・・・」


屈託無く笑顔で礼を言ってくる阿求だったが、それが皮肉に感じられたのは川上の気のせいか、彼は何も返さなかった。


川上は助けてなどいない、阿求は状況を把握し、状況を利用して、だった一言で状況を打開して見せた。


つまりは川上が言った通り自分で何とかしたのだ、しかもそれを言った川上を利用するという皮肉な方法で。


再三になるが見かけで判断するほど幻想郷では愚かな事はないが、見かけからは考えられない老獪なやり口だった。


だが、悪くない。川上はどちらかといえば阿求に好ましいものを感じた、自身を優先し身を守る、その方法として言葉だけで状況を動かすという立派な兵法に通じている、身を守る知恵も力も付けない者より余程まともではないか。


「俺は君ではなく自分の身を守っただけだ」


「御謙遜を」


クスリと笑って阿求は言った、邪気のない仕草だが、皮肉というより建前なのかも知れない。


通行人を利用したのではなく通行人に助けて貰ったという方が通りがいい、先程のやり口から見てもそのくらいは考えかねない。


「失礼する」


川上は携帯灰皿にタバコを入れると、歩きかけたが。


「お待ち下さい」


阿求に手を取られて静止された。


足を止め川上は振り返る、身長差があるため阿求は見下ろされる形になる、昏い眼に見据えられても阿求は笑顔を崩さない。


「御礼させて下さい、近くにお団子の美味しい茶屋があるんですよ」


そう手を取ったまま柔らかくいう、その阿求に他意を見たくなくとも川上の眼は見てしまう。


「なら、馳走になろう」


「では、こちらです」


して——


表通りに出て並んで歩いてると阿求は奇しくも咲夜と同じ目にあう事になる。


「逃げられちゃった」


煙のように消えた川上に阿求は一人ごちる。


「面白そうな外来の人だったから話を聞きたかったんだけど、ワケありかしら」


呟いて、まぁいいかと阿求は歩き始めた。


しょうがないから一人でお茶をして帰るかと考えながら。







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