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『死屍』

「・・不粋な」


その声には川上には珍しく不機嫌そうな響きがあった。


まるで夢中になってた遊びを中断された子供のような。


川上の繰り出した楼観剣は何時の間にか煙の如く現れた女性の持つ扇子で高い位置で止められていた。


「ゆ、幽々子様」


妖夢は上体を起こしてその女性の名を呼んだ。


川上は剣を下ろすと、害意がない事を示す礼法として楼観剣を背中に回した。


その女性はフリルと桜花の意匠があしらわれた独特な着物に身を包み、柔らかく癖のある桃色がかった髪にナイトキャップのような帽子を被っている。


整った顔付きはともすれば幼くも見える、柔和そうな表情だが全身に纏う雰囲気は底知れない深みがあった。


この白玉楼の主であり冥界の管理人である西行寺幽々子だった。


「駄目よぉ、妖夢」


幽々子は口を開いた、何処か甘く間延びしたような口調。


「年頃だから恋に夢中になるのはわかるけど、私は貴方に死ぬ事は許してないわよ」


全く緊迫感のない口調だったが妖夢には手厳しい言葉だった。


「め、面目次第もございません」


妖夢は慌てて片膝をついての古式礼を取り謝罪した。


「わかればいいのよ、でも貴方が殿方にあんなに夢中になるなんてねぇ」


くすくすと口元を扇子で隠し小さく笑いながら幽々子は言った。妖夢は礼を取りながら顔をうつむかせて赤面する、我を忘れる程夢中になっていたのを自覚したのだろう。


「・・・」


一方、幽々子に暗い眼を向けていた川上は訝しげな表情になっていた。。


「こんにちは、西行寺幽々子といいます。お武家さま」


そんな川上に反応したのか、幽々子はそう川上に挨拶した。


「こんにちは、川上という、武家ではない」


返礼だけして興が削がれたように川上は歩きだし、楼観剣の柄を妖夢に差し出した。


「ありがとうございます」


楼観剣を返すと川上は跳ね上げられた自身の野太刀を拾った。


「あの刀、大丈夫ですか」


「あぁ」


玉砂利の上に落とし、鍔迫りもしたが粘り強い刃のおかげで刃を合わせた時に刃が捲れただけで、他は刃毀れもなかった、これなら簡単に直る。


鞘も拾い刀を納めながら川上は思う、そういえばまともに切り結んだ(・・・・・)のは何時以来になるか。


川上は煙草を取り出して火を点け深くゆっくり煙を吸い込むと一息ついた。


ふと気づくと幽々子が川上の顔を観察するように凝視していた。


「何だ?」


「あら、ごめんなさい」


川上に問われるとくすりと笑って幽々子は視線を切った。


「妖夢、中に案内してあげなさい。好い人なんでしょ?」


「い、いや、幽々子様!」


好い人と言う発言に妖夢は赤面して声が裏返った。これはからかわれているのだろう。


「私は先に戻ってるわねー」


そう言い残して幽々子は何処かふわふわとした足取りで歩き去っていった。


そして二人取り残される、先程まで殺し合っていたのに、一変して冷静になると妖夢は勢いに任せ色々とんでもない事を口走った事に気付き居たたまれなくなる。


「ご、ご案内します」


「さっきの人は君の主か何かか?」


「はい、私は幽々子様の元でこの白玉楼の庭師として働かせて貰ってます」


自分で聞いておきながら妖夢の言葉にふぅん、と川上はどうでも良さそうに呟く。


「綺麗な方でしょう、幽々子様は」


「・・あぁ」


笑顔で妖夢に問われ、川上は言い淀んだ。


綺麗も何も顔なんて見えなかったのだから仕方ない。


川上の眼には幽々子と名乗った存在が真っ黒な塊にした観えなかったのだから。




「よう、遅かったな」


屋敷内の一室に通された川上を見て、既に寛いでいた魔理沙が手の内で金属をカチャカチャ弄びながら言った。


どうやら知恵の輪を解いているようだ、川上を置いて帰る訳にもいかず手持ち無沙汰だったのだろう。


「今、お茶をお持ちしますね」


川上を部屋まで案内した妖夢はそう言って退室した。


「どうだ?あいつの事だからお前を見た瞬間斬りかかってきたんじゃないか」


「あぁ、中々楽しめた」


魔理沙の言葉に川上は腰を下ろし、右横に刀をおきながらながら事も無げに答えた。


「ほんとにやったのか、相変わらずおかしな奴だぜ」


魔理沙は目線を手の内の知恵の輪に落としたままそう言ったが、魔理沙が言ったおかしな奴とは一体どちらを指していったのか。


「そうよぉ、それで妖夢ったらこの人に惚れちゃって告白までしたんだから」


何時の間にか煙のように室内に現れていた幽々子が楽しげな口調でそういう、魔理沙は目線を上げて一瞥して。


「まともじゃないな」


至極まともな感想を述べた。まぁ幻想郷においてまともな精神を説く事ほど馬鹿らしい事はない。


また、魔理沙も他人の色恋にそれ以上口を出すほどヤボではなかった。


「お持ちしました」


妖夢が人数分の茶とお茶請けを持って戻ってきた、最初は居なかった筈だが妖夢は主の事を見越していたのかちゃんと幽々子の分もあった。


「頂くぜ」


「ありがとう」


口々に礼を言い、緑茶に口を付けた。川上は一口飲み熱すぎたらしく湯呑みを下ろした。


「で、どうするの妖夢」


「はい?」


「この人の婿入りは何時にする?」


ちょうど自身も湯呑みに口を付けた所だった妖夢は茶を吹いた。とっさに横を向き誰にも吹きかけずにすんだがゴホゴホと咽せる。


お茶請けの煎餅をボリボリ齧っていた魔理沙はくくっと笑い、川上は聞いているのか熱そうにチビチビと茶を飲んでいる。


「ゆ、幽々子様、それは色々と」


「あら、女が一度殿方に惚れたのなら力ずくでも自分の物にするくらいの覚悟が必要よぉ」


呼吸を整えて妖夢が反論しようとすると幽々子は中々に過激な意見を言う。


「それは、一理ありますね」


そして妖夢も困惑すると思いきや若干脳筋気味な所があるせいか同意してしまう。女は強しとは良く言ったものだ。


「だ、そうだぜ、川上」


けらけらと実に楽しそうに魔理沙は話の中心のはずなのに蚊帳の外にいる川上に話を振る。


「そういう考えは嫌いじゃない」


相変わらず茶をちびりと飲みながら川上は言った。欲しいものは力で手に入れる、弱肉強食、力が全て、なるほど単純明快でいいじゃないか。


「俺が欲しければ、斬ってみろ」


指先で横に置いた刀の鞘をコンコンと示し、口の端で笑い川上は言った。


妖夢はその言葉を受け、身体の震えを抑えるように片腕で自身の身体を抱いた、その表情は確かに女の顔だった。


どうにもこの二人では殺し愛になってしまうようだった——






















殺しは究極の愛情表現

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