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白玉楼、まるで冬の山のように静謐な空気の中で二人の剣客が対峙していた。


青眼に長刀・楼観剣を構える白髪の少女は魂魄妖夢。


こめかみ右横で剣を天に屹立させるように無銘の野太刀を構える黒髪の青年は川上。



川上は後ろの足を爪先を浮かせるようにして踵で足を右斜め前に半歩入れる。


最初に届かない切り間を相手に悟られないように盗んだ技法だった、上体を一切揺らさず足を僅かに入れる、玉砂利の上で音もさせずにそれを行うのはどれほどの高等技術か。


これにより、川上は上体を動かさずに斜め右前へと一寸以上の間合いを盗んだ、青眼に構えた妖夢の左小手が狙える。


たかが一寸、僅かに3センチ、しかし剣術の妙は一寸の間にあると言われる程たかが一寸は大きい。


だが、妖夢は青眼を剣尖を右に寝かせて角度をつけ剣を川上の首筋から左肘につけるように構えて川上の動きを抑えた。


どうやら間合いを盗む技法は気付かれているらしい、大した慧眼だと川上は感心する、これでは左小手に打って出ても後の先で負けるだろう。


しかし、妖夢がそれに気付いたのは道理である、誰だって一心に関心を寄せている相手の事は小さな事でも気付くものだ。


妖夢は一歩足を進め、川上を圧倒する。斜めに首筋に向けられた剣尖が川上を威圧する。


川上の八相の変化に構えた剣の下から隠れるようにつけられた斜めに角度をつけた青眼の剣、肘も抑えられており強引に打っていけず、このまま間合いを詰められたら詰みだ。


負け、か?


いや


即座に川上は活路を見出す。お互いに剣が届く切り間、剣を下からつけられ頭は深くて打てず、小手は後の先が待っており斬れない。


だが相手の剣よりさらに下に打てる場所があった、相手が前に出してる右脚、その脛めがけ川上は腰を低く落として斬り込んだ。


妖夢はそれも読んでいたのだろう、右脚を折り畳むように浮かせ脛狙いの斬撃を抜くと同時に剣を頭上に取り揚げ浮かせた右脚を地面につけると同時に川上の頭に真っ向に斬り込んだ。


川上の反応もまた早かった、脛斬りを抜かれると同時、頭を真っ向に割らんとする妖夢の斬撃に刀を下段から掬い上げるように真っ直ぐに相手の刀の鎬筋に自身の刀を付けてすぐ刀身を寝かせる事で鎬と反りの作用で相手の斬りの軌道を外した。


説明すれば長いが実際は瞬き一つ分の時間で行われた事だ、妖夢は自身の剣が外され、相手の剣に自身の中心を取られた事に即座に八相になりながら大きく下がった、絶好の好機であったが川上はあえて追わずに見送った。


やはり、この人は。妖夢の頭の中でずっと渦巻いてた感情がさらに熱を持った。


この人は強い、そしてふと先程からの感情が腹に落ちた感覚があった。


精神的には年頃の娘としては何もおかしな事ではない。


最初なんだかよくわからなかったのが腑に落ちたのだ、なんて事はなかった、妖夢は


気付くと言わずにはいられなかった。


「私は魂魄妖夢」


「貴方に、惚れました」


少女を焦がす、この感情を恋情と言わずしてなんというのか。


「だから、私を」


全身全霊を込め


斬って。


(おう)


妖夢の内なる声に応じたのだろうか、川上は短く答えた。


そして二人は構えあった、川上は上段に、妖夢は脇構えに。


そして次の一合はお互いなんの装飾もないシンプルなものだった、妖夢は跳ね上げの斬撃を川上は真っ向斬り下ろしの斬撃を。


結果両者の剣は交差する。


川上のコンパクトに斬り下ろした剣は、妖夢の跳ね上げんとする剣の柄中を捉えて抑えていた。上手い具合に柄を握る妖夢の右と左の拳の間を抑えていた。十文字と言われる勝口。


川上は柄を捉えた剣先に重みを乗せて妖夢の剣を制する、そして剣尖はそのまま相手の中心を捉えていた、一歩進めれば妖夢を突ける。


万事休すである、そして止めを刺そうと川上が突きこもうとした間隙


野太刀が弾け飛び川上の手を離れた。


足蹴、柄を抑えていた川上の剣尖が妖夢を突きにいかんとする僅かな間隙を縫って妖夢は川上の小手を蹴り上げた。


川上の剣の手の内は指で強く締めるものではない。彼は剣を手の内で自在に操る事を優先するため武器を握る手の内は雛鳥を包み込むが如く柔らかく握る。


しかし、それは時に手の内が甘くなりやすいという弱点になりうる、あるいは妖夢はそれすら気付いていたのだろうか。


そして立場は逆転していた、ほんの一瞬前は妖夢に王手がかかっていたのだが、得物が手から離れた以上今度は川上が絶体絶命であった。


妖夢は剣を振りかぶりつつ流れるように大きく下がり、楼観剣の切り間を一杯に使い万全を期して


渾身の一刀を振り下ろした。


この一刀に対してどう躱しても、川上は死ぬ、横に捌いても即座に横薙ぎで倒される。


まして長刀に対して後ろに下がってはほんの数秒の延命にしかならない。


故に川上に躱すなどと意識は無かった。


死をもたらす白刃の下へと自ら踏み込んだ、正気の沙汰ではない、しかし活路はいつだってそこにある。


切り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ踏み込んでみよ極楽もあり


川上は潜り込みつつ深々と踏み込んで妖夢の柄と小手を両手で捉えていた。


無刀取り


しかし妖夢は怯まない、川上は下から妖夢の柄を捉え、妖夢は上から潰すつもりで自重を全てかける。


そこには先程の鍔迫りのような抜き合いのような駆け引きなどなかった、妖夢は己が想いを全て込めてぶつけるが如く上から渾身の力をかける。


「ツェアアァァァッ!」


妖夢の裂帛の気合いと共に柄を捉える川上に自重と丹田に満ちる力が上から襲いかかってきて潰されそうになる。川上もまた無声の気合いにて膝で地面から突き上げる力をぶつけて対抗する。


「臨」


川上が妖夢の力に抵抗しながら小さく呟いた。


「兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」


唱え終わると同時に川上は柄を捉えたまま転身し投げた、妖夢は一回転して背中から落ちた。


そして致命的だったのは得物を手放してしまった事だった、楼観剣は川上の手の中にあった。


再三の立場の逆転、しかし妖夢は倒れ伏せ川上は既に剣を取り揚げているこの状況、もうさらなる逆は見込めないだろう。


川上はこの素晴らしい時間が終わる事に胸に何かがよぎり、しかし最後で最高の瞬間の為に楼観剣を妖夢の首めがけ振り下ろし。


その時妖夢は相手の想い(けん)を一身に受ける事に最高の多幸感を確かに感じていた——























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