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まだ9月なのに寒!

「で、今日中には出来ないと?」


「はい、少々調合に手間がかかってしまって、明日には出来るそうです、申し訳ありません」


客間で腰を落ち着けて待っていた川上に鈴仙は師からの言葉を伝えた、内心ではあのくらいの薬にそんなに時間がかかる事に首を捻りながら。


「分かった」


そう言って川上は左手に刀と右手に刀袋を握り立ち上がった。


「明日また出直す」


「いえ、また来ていただくのは手間でしょうから師匠が今夜は泊まって行って下さいと」


鈴仙から言伝を聞いた川上は立ったまま視線を中空に向け何か少し考えている様子だった。しかし確かに二度手間より楽だと結論付けたのかそのまま座り直した。


「では世話になる」


「はい、部屋はこの客間を使って下さい、あちらの押し入れに布団も入ってますので」


鈴仙が指し示した押し入れの方に川上がぼんやりと眼を向ける、その様子を鈴仙は気付かれないよう観察する、意外と隙がある、これなら・・


「今、何を考えた」


ス、その瞬間川上の三白眼が鈴仙の方に向き、静かな声でそう問われ鈴仙は背筋がゾッとした。


あらぬ考えがよぎったのを見透かされた衝撃は効いた、一瞬鈴仙は川上に言葉を返す事が出来なかった、むしろ失態はそれだったろう。


川上は薄く笑ってタバコを咥えた。


「まぁ、いい」


「・・夕食の支度が出来たらお呼びします」


遅れて鈴仙は自分が言うべき言葉を見つけた、そしてそれだけ言って退室した。


客間から少し離れて鈴仙は顔を俯かせ自身の兎の耳を右手で握り締めた。


衝撃なのは見透かされた事だけではなかった、武人を前にして言われて初めて気付く程自然と殺意が湧いていたのだ。


どうすれば(・・・・・)殺せるか?(・・・・)


鈴仙は自分を嫌悪する、治す側に回ってもまだ自分はかつての自分が抜けきらない、ただ敵を効率良く壊す軍人としての。




「で、あの男はそんなものを作れと」


調薬室、楽しそうに話しかけてくる輝夜に作業の手も止めずに永琳は端的に答えた。


「ええ」


「そんなのよく了承したわねぇ」


くすくすと小さく笑う輝夜はご機嫌な様子だ。


「まぁ、作れる物だし特に拒否する理由もないわね」


永琳は材料を測り何か書類に時折ペンを走らせながら答えた。


「でもそんなものを使うなんてとんでもない御仁ねぇ」


「そういう人間もいるものよ」


機嫌良さげに話す輝夜と対象的に作業しつつ答えている永琳だがその受け答えに決してぞんざいな印象を受けないのが不思議だった。


「でも永琳ならその程度の薬副作用を無くして作る事くらい出来るでしょう」


「そんな事は頼まれていないわ、それに」


永琳は作業の手を止め輝夜を真顔で見て言った


「そういう物にはしっぺ返しがあるべきよ」


その言葉には言外に自虐とも皮肉とも取れる物が含まれていた、輝夜はそれに気付いてやはりくすくすと笑う。


「全くその通りね」


「私の事ばかりだけど輝夜、貴女も彼にうちの刀を渡したじゃない」


「中々の武人だったものだから、ああいう人に似合うと思ったの。まぁ、大した物でもないしいいでしょ」


「まぁ確かに大した物でもないわね」


色々な意味で充分大したものなのだが、二人の価値観は常人のそれでは測れないようだ。


「それにあのくらいの武人なんてたまにいるでしょう」


「そうね、まぁ数百年くらいに一人居るくらいね」


二人はどうも価値観だけでなく時間感覚もズレているらしい。


「なんにせよあの人、悪くないわよ」


「そう」


終始楽しそうにしている輝夜に対して永琳はあまり興味なさそうに言った。


「たしかにあぁ眼がいいのに平然としていられるのは人としては凄いかも知れないわね」






縁側にから望める日本庭園、風が吹くと竹がぶつかり合うカラカラとした小気味よい音と葉が擦れ合う音が鳴り合う、空は茜色に染まっていた、武家屋敷ならではの美景。


それを川上は縁側に胡座をかきタバコを吹かしながらぼんやりと見ていた、いや見ているのだろうか?ただ何もする事もなく何もしていなかったのかも知れない。


川上は暫しゴールデンバットの両切りならではの濃厚な口当たりの煙を口の中で転がして楽しみ、短くなったタバコを携帯灰皿に押し込むとそのまま体を倒して縁側に仰向けに倒れた。


ぼんやりとした眼で暫し中空を見上げていたがやがて彼は眼を閉じた


寝た。



川上が眠り10分が立ったのを確認すると、無音で彼に忍び寄る幼い少女がいた。


彼女は充分な距離まで近づき、川上の呼吸で寝ている事を確認し、手にした小さな木槌を振り上げる。


そして川上の頭目掛けて振り下ろしたが、その瞬間少女は床に潰れるように叩き伏せられる。


「・・また、君か」


「・・また、これか」


同時に言葉を発したのは奇襲を躱して鞘ぐるみの刀で腕絡みを掛けうつ伏せに倒した川上と、倒された襲撃者の因幡てゐであった。


川上は度重なる攻撃行為にこのまま刀を抜いて斬ってしまうべきかと考えたがそれはまずいかと思い直した。


「この屋敷の兎は客の不意を打つのが挨拶なのか?」


「お兄さんも家人を押し倒すなんて客としては随分乱暴じゃないか、そういうの嫌いじゃないけど、まだ夜這いには早い時間だよ」


皮肉に腕を極められたまま飄々と皮肉を返すてゐは外見には似合わない老獪さを感じさせる。


「折るぞ」


「えっ、ちょ!痛い痛い!」


川上は付き合ってられないとばかりに刀を絡めたままの腕を床に寝かせて刀で肘を極めたまま手首を捻りながら引き上げる、即座に肘と手首の関節の筋が破断しそうになり激痛を訴えて来た。


「ごめんなさい、許して!」


余裕が剥がれるのはあっと言う間だった。川上は極めた手から木槌をもぎとりつつ腕を解放するとてゐは腕をさすりながら立ち上がった。


「昼間も言ったけどいたいけな兎に何ていう事をするの」


「・・次は肩の関節を抜いた後捻って靭帯を捻じ切る」


川上は木槌を庭に投げ捨てながらてゐに事実としての最終警告をした、次があれば彼は当たり前のようにそれをやるだろう。


それが分かるのだろう、てゐはため息を一つついた。


「悪戯でこんなリスク取るんじゃ割りに合わないね、やめたやめた」


どっかりとてゐは川上の隣に腰を下ろした。


「お兄さん外の人間でしょ、なんでこんなところまで来たの?」


そうてゐは先程まで川上が見ていた縁側からの景色に眼を向けながら問いかけた。


しかし、暫し待てど返答がこない、てゐが川上を見ると彼はもう寝ていた、睡眠に戻ったのだ。


「えぇー・・」


なんだこりゃ、てゐは思わず笑いが込み上げてきた、無茶苦茶じゃないかこの男。


夕食の支度が整い川上を呼びに来た鈴仙が見たのは何故か縁側で並んで昼寝している川上とてゐの姿だった。





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