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普段は、食べないのに、たまーに甘い物が食べたくなる時ってありますよね。
「ねぇ、咲夜」
「はい、お嬢様」
早朝、館のテラスで食後のお茶を楽しんでいたレミリアはふと空を仰ぎながら従者に声をかけた。
「今日はいい天気ね」
「はい、お嬢様、今日は朝からいい曇り模様ですわ」
主の言葉に館のメイド長を勤める十六夜咲夜はそう返す。
ふざけたような会話だが決して言葉遊びや皮肉ではない、太陽と流水が天敵の吸血鬼であるレミリアにとって、昼間は曇り空こそ絶好の日和なのだ。
「決めた、今日は出かけるわよ」
突如として外出を決めるが気まぐれな主の提案には慣れているのだろう、咲夜は柔らかい微笑みを浮かべたまま行き先を尋ねた。
「霊夢の所」
即答であった、レミリアは霊夢がお気に入りだから神社までこうしてたまに遊びに行く、無論咲夜も付き添いだ、あの無愛想な霊夢だが、訪ねるとなんだかんだ言いつつお茶を淹れてくれるのだ、ああいう所は確かに憎めないと咲夜も思った。
あの巫女は全てをしてしまうのだ。
しかし咲夜はそれは裏を返せば何ごとにも大して思う所がないという事なのかも知れないとも考えていた、その在り方は誰かにも似ているような気が
「咲夜?」
「あ、申し訳ありません、すぐに支度します」
主の呼び掛けに思考から戻りすぐに返答をする。
「川上も呼んできなさい」
「彼も同行させるのですか?」
咲夜は聞き返しはしたが多分最初からそのつもりだろうなぁとは思っていたので驚きはしていない。
「まぁ、念の為の護衛よ」
口元に笑みを浮かべレミリアはそう言うが大きな力を持つ吸血鬼が、人間を護衛に付けるなど可笑しな話である、咲夜も同行するのだからそれだけで事足りるだろう。
要は気に入った玩具を手元に置いておきたい心理みたいなものだろうと咲夜は思った、元も子もない話だが、レミリアは長く生きているが外見相応に子供らしいとこがある。
もっとも川上本人は自身が玩具扱いだろうが王様扱いだろうがそんな事、気にも止めないかも知れないが。
「では川上にも用意をさせますので」
最後に失礼しますといい残して咲夜はその場を後にした。
レミリアは一人カップの中の緋色の液体を眺めくっ、とまだ熱いそれを飲み干した。今日はどの日傘にしようかなんて事を考えながら。
紅魔館の厨房では、食後の片付けをしているメイド妖精に混じり川上はペティナイフを研いでいた。
調理用のペティナイフや包丁が幾つか鈍ってきていたので手入れをしなくてはと思っていた咲夜がちょうどいいだろうと川上に頼んだ仕事だった、刃物使いならシャープニングなどの手入れのスキルは基本だ、如何に優れたナイフでも使い続ければ必ず切れ味は落ちるからだ。
川上は中仕上げ研石の上をペティナイフの刃を角度を決めて滑らせていた、角度を一定に定めて研がないといくらシャープニングしても鋭利なエッジには仕上がらない、すでに何口かのペティナイフと包丁は手入れを終えたらしく並べられている。
手入れが終わったナイフ達は単にシャープニングしただけでなく磨きもかけられたらしくブレードが銀の飴のように滑らかに光っていた。
そんな厨房の扉が開かれ入って来たのはメイド長たる、咲夜だった、彼女は、仕事するメイド達にご苦労様などとねぎらいの言葉をかけ、妖精メイド達も会釈を返すが川上はそちらに見向きもせず砥石にかけたエッジに光を当てて見て角度を確認していた。
咲夜は黙々と作業をしている川上に歩みよると特に声をかける事もせず、置かれていた手入れの終わったペティナイフの一つを手に取り検めた、エッジは極めて目の細かい超仕上げ砥までされているらしく刃が鏡面のように滑らかだった。
咲夜は左手に持ったナイフの刃を右手親指の爪の上に軽く立てた、そして爪の上を軽く滑らせようとするが刃は自重だけで爪に食い込むかのように一切滑らない、少しでもエッジが鈍っていると刃は爪の上を滑るのだ。
今度は人差し指でエッジをそっと少しなぞるとそれだけで薄皮一枚が切れた、カミソリ並に鋭利な研ぎ上がりだ、調理用としてはこの上ない仕上がり。
「見事な仕上がりね、文句のつけようもないわ」
「そうか」
咲夜の賞賛の言葉にも川上は再びペティナイフを砥石の上で滑らせつつ一言返すだけだった、もっとも仮に駄目出しされても川上にもこれ以上の仕事は出来なかったが。
刃物に対しては真摯なのねなどと思いつつ、咲夜はここに来た目的を思いだす。
「作業中悪いけれどそれより優先する仕事が出来たわ」
「なんだ?」
川上は両面研ぎあげ最後にバリを取りつつ聞き返す。
「お嬢様が外出なさるわ、貴方も、護衛として同行」
「時間は?」
「二十分後に玄関ホールに待機」
「分かった」
「じゃあまた後でね」
そう完結なやり取りを終えると自分も準備するのか咲夜は厨房から退出した。
川上は出かけるまでに中研ぎを終えたこの一本だけ仕上げてしまおうと仕上げ砥石を取り出した。