47
『強奪』
静かな夜だった
下弦の月の淡い明りにぼんやりと照らされた草原、吹き付けた風にサァ、と草々がなびいた。
夜の闇に解け込むような人の輪郭、それは黒の服に身を包む細身の男、男は腰に一振りの刀を差していた。
両切りのシガレットを咥えたまま男はのんびりと時折立ち止まり空を見上げ紫煙を吐いたりしつつ蒙味に歩いていた、まるで目的地も定まらないように。
それはそうだ男──川上には始めから目的等無い。
紅魔館の私室でふと夜中に目を覚ました川上は窓から見えた月に誘われるようにフラフラと館から出て歩きだしただけ、つまり川上は何となくで歩いていた、夜行性の猫が散歩するかのごとく。
しかしそれは幻想郷の人間ならまずやらないだろう危険行為であると言えただろう。夜は妖怪の時間だその夜の世界に人間がおいそれと踏み込むべきではない、そして危険な存在は妖怪ばかりとも限らない。
川上は足を止め煙草を投げ捨てた。
幻想郷は人間と妖怪の世界である、様々な妖怪がいれば当然人間にも様々な者がいる。所謂悪人と呼ばれる者も居れば、妖怪を心良く思わない過激派もいる、例えば‥‥
川上の周りには何処から現れたのか多くの人影がありいつの間にか川上は囲まれていた。
‥‥里に住まず略奪行為を生業とする野盗などだ。
川上を囲む数十人はいる野盗団はみな刀や短刀、短筒などで武装していた、その中から一人が川上の前に歩み出る。
「みぐるみ全部置いていきな」
粗暴な風貌に絶対的優位に立っている者の愉悦の笑みを湛え野盗の男は言った、強奪行為等に慣れた野盗達は川上の服装等から簡単に外来人だと見抜いていた。
そして数の上で圧倒的不利に立っている川上は相変わらず感情の読めない坐った眼で特になにも言わずに懐に手を入れるとゆっくりと銭袋を取り出した、咲夜から自由にしていいと渡されていた給金だった、それを男の前に放る。
「これで全部か?」
「確認するといい」
「ふん、肝の据わった奴だな、嫌いじゃないぜ」
余裕からかそんな事にニヤつきながらいいつつ銭袋を拾おうとした男、その首が落ちた。
森の比較的浅い所に一軒の屋台があった。
「♪〜〜♪〜♪」
小さく歌を口ずさみながら捌いた八目鰻を串に刺している少女は屋台に合わせてか和服に身を包み、異形の翼と羽のような耳を持ちその耳に一つピアスをしていた、姿こそ可憐な少女だが一目で人間ではないと分かる。
少女は道楽で八目鰻の屋台等やっている夜雀、ミスティア・ローレライという名の妖怪だった、人間を襲い殺すのも大好きだが人間に歌を聞かせたり屋台でもてなし話をするのも好きな典型的なお気楽妖怪だった。
彼女は人間達にとって危険視されてる反面、人気もある妖怪だ、実際ミスティアの屋台は人妖問わず好評だったりするのだ、事実彼女の料理の腕は確かだった。
今日は人も来やすいよう森の浅い所で屋台を開いていた、しかしもう深夜だから来客する人間は多分いないだろうが、だがこの時間は妖怪の活動時間だから妖怪の来客は多分あるだろう、等とやはり気楽に考えながらミスティアは料理の下拵えをしていた。
先程発砲音が幾つか聞こえたが、人間が妖怪に襲われるとか何らかの争いでもしているのだろうと思うだけでミスティアは対して気にも留めてなかった、自分の屋台には直接関係ない事だ。
「♪〜〜お客さん来ないかなー」
粗方下拵えも終えて、そんな事を呟くミスティア、とりあえず手持ちぶさたになってしまったので瓶に残っている屋台のお酒でも少し呑んで客を待つかな、そんな事を考え一升瓶から吟醸酒を注いでいた時だった。
屋台の前、暗闇に包まれた森の中を黒の洋服に身を包み抜き身の刀を左手に持つ人間が一人音も無くしかし俊敏に走ってきた、そのすぐ後ろに足の早い薄い汚れた和服に身を包んだやはり刀を手にした三人の男が追いすがって来ている、更に遠くからは「逃がすなぁ!」「殺せ!!」だのと剣呑な怒声が聞こえてくる。
先程の発砲音の原因はこの争いかとミスティアは酒を一口飲みつつ思った、一人相手にどうやら多数の人間が寄ってたかって襲い掛かっているらしい。
川上を囲んでいた野盗団は三十人以上いたが既に十人以上が死傷していた。
走って森に入った川上は追いすがって来た足が飛び抜けて早い三人を背中で把握すると走る勢いのままその場でくるりと転身しながら左の刀をヒュルッと振るうと全力で走って来た勢いのまま三人の野盗が全員地面に勢いよく倒れ臥せ血を地面に広げた、一人は即死しなかったのか地面に手をつき何とか立ち上がろうとしたが川上がその後頭部に即座に踵を落とすと地面に顔面を埋めてびくんびくんと痙攣しやがて動かなくなった。
それを最後まで確認する事もなく川上は無音の俊敏さで木々の闇の中に飛び込み紛れた、傍から見ていたミスティアの妖怪の眼を持ってしても最早川上が何処にいるのか把握出来なかった、闇に紛れて逃げたのだろうか、思いつつミスティアは酒を口に運ぶ、すっきりした口当たりに華やかな香りが鼻に抜ける、やはりいい酒だ、ミスティアは思った。
遅れて十数人程の武装した男達が木々の間から駆けつけ切り伏せられた仲間三人の死体を見て悪態を吐く。
「くそッ、ふざけやがって!」
「必ず殺せ!逃がすな!」
「何処に逃げたか痕跡があるはずだ探せ!」
殺気だって喚き合う男達を傍から見てミスティアは馬鹿馬鹿しいなぁと思った。人間同士でそんなに必死になって殺しあって何になるのか、不毛な、そんな事よりウチで呑んでいけばいいのに、妖怪である所のミスティアからするとその程度の感想しか浮かばなかった。
「おーい、人間さん達、そんな事より一杯やって行かないかい?」
思ったままミスティアは野盗団に屋台から声をかけた。
「足跡は!?」
「この森の暗さじゃ見えねぇ!」
しかし野盗団はミスティアの声等聞こえないようにスルーし川上の逃げた痕跡をばらけて探し初めただけだった。
「地の果てまで追い詰めてで
そして一人が叫んでいる所で肩口から背中を割られた。
川上は初めから逃げて等いなかった、素早く木の上に上り潜んで男達が分散した所を音もなく跳躍落下して一人を斬った、落下する重量を利用した強力な斬撃は簡単に相手を絶命足らしめた、そのまま斬った相手が崩れ落ちるより早く川上はノールックで斜め後ろにいた男の首も斬った、更に左へ跳躍めいた踏み込みと共に刀を振るうと更に槍をもっていた男の首もずれて落ちた、三人の男が血飛沫をあげてほぼ同時に崩れ落ちる。
無駄の無い最少の動きを最速で行う川上は木からの跳躍から約二秒で三人を絶命させた。
そこで初めて周りの男達も川上の奇襲に気付く、川上に比較的近かった一人が短筒、所謂火縄式の古式拳銃を川上に真っ直ぐ向け標準したが間合い、位取りがまずかった。
つまり真っ直ぐ向けた短筒を握る手がちょうどいい具合に川上の剣の間合いに入った、男は引き金を引いたつもりだったが、発砲されない、男が不思議に思った絶妙なタイミングで疾うに断たれていた短筒を握る男の小手先がぼとんと落ち切断面から血が飛ぶく、男が何が起こったか分からないという顔、その眉間に刀が突き込まれ男は何がなんだか分からない内に死んだ。
川上は軽く横に飛び囲まれないように優位な位取りをする、そこにちょうどもう一人が刀を大上段に振り上げ川上を殺さんとするが川上は刀を躱すでもなく受けるでもなく攻めの姿勢で相手の刀が振り下ろされるより十倍速く懐に踏み込んで握った刀の柄頭をもちいた当身で男の鼻の頭を潰し相手が堪らず崩れた所にすかさず首を刀を食い込ませ体の動きで引き斬る、小さく地味でありながらもある種の優雅さを感じる川上の体術。
血飛沫をあげながら倒れ伏せる男の前で返り血を浴びつつも実に涼しげな川上の眼、それは残りの野盗団の大半が戦慄を覚えるに充分な暗く冷たい眼。
「意外と人間同士の戦いも面白いものね」
そう屋台から酒の肴に殺し合いを観戦しつつ可憐な顔に面白がっているような笑みを張りつけたミスティアが誰に言うでもなく呟いた。