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孫六兼元‥‥切れすぎだろこれ

 ──日も暮れた頃のレミリアの私室。


 少し前に目を覚まし着替えを済ませたレミリアは従者である咲夜に目覚めの紅茶を頼み優雅に椅子に座していた、時間停止を利用して手早く紅茶の用意を終えた咲夜はティーカップにゆっくりと緋色の液体を注ぐ、なおこの際が一番紅茶の香りがたつので時間は停止せずちゃんとレミリアの前で注ぐ。


 「どうぞ、お嬢様。お熱いのでお気を付け下さい」


 言いつつレミリアの前にカップを静かに置く、レミリアはありがとうと一言礼を言いカップを両手で包むように持ち上げる、その仕草は幼さを感じさせる、そして口元に持ってきた熱い紅茶にふぅふぅと息を吹きかけ少しずつ冷ます。


 その大変愛らしい仕草に後ろに控えた従者は密かにご満悦だった。


 レミリアは冷めてきた紅茶を一口飲むと目を閉じたまま満足げに一つ頷いた。


 「‥‥美味しいわね、葉を変えたの?ブレンドはB型の血ね」


 「はい、良い茶葉が手に入りましたので、血のブレンドの割合も少し変えてみました」


 主に好評だったのが嬉しいのか微笑んで咲夜は説明した、レミリアはもう一口ゆっくりと味わいカップをソーサに置いた。


 「そう、ブレンドの割合はこのくらいも香りが立って中々いいわね、ところで‥‥」


 ふとレミリアの雰囲気が微妙に変わったのを機敏に咲夜は感じ取った。


 「私の居ない所で川上にちょっかいをかけたようね」


 気付かれていた、そう思って咲夜の表情が固まった。


 「私が気付かないとでも思って?」


 「も、申し訳ありませんお嬢様ですが‥‥」


 慌てて弁明しようとする従者に対してレミリアは片手を上げて制した、それで咲夜は口をつむぐが内心は冷や汗ものだった。レミリアは変わらぬ優雅さと愛らしさで紅茶を一口飲んでから告げた。


 「まぁ別にいいのよ、貴方なりの考えがあっての行動でしょうしね、だからと言ってもあまり勝手なことばかりされても困るけどね、ま、どちらにせよ貴方にじゃれ付かれてそれで死んだのならあの男もその程度の運命というだけの話だしね」


 「はい‥‥出過ぎた真似をして申し訳ありませんでした、以後気をつけます」


 どうやらレミリアは咲夜の勝手な行動に心底ご立腹という訳ではないようだった。咲夜は主の怒りを買わずに済んだ事に内心安堵しつつ謝罪した。


 「まぁ、私はあの男面白そうだし結構気に入ってるから本気で殺しちゃ駄目よ」 


 取り様によっては次はないと言っているとも取れるレミリアの発言、咲夜は承知しましたと返す。レミリアは紅茶を飲み干すと咲夜におかわりと言った、咲夜は紅茶のおかわりをカップに注いだ。


 「それに咲夜の不安は不要だと思うわよ」


 再び両手で包んだカップの中身をふぅふぅと冷ましながらレミリアは言った。


 「何故そうお考えですか?」


 咲夜の疑問の言葉を聞きつつレミリアはカップに口をつける、そしてカップを下ろすと淡い青色をした自身の前髪を指先でいじりながら考えるそぶりを見せつつ答える。


 「ん~、川上は確かに人間にしては得体の知れないところがあるけど‥‥なんというか飼い猫みたいなものでしょあれは。猫は鼠や鳥を殺す事はあっても飼い主を殺す飼い猫はいないわ」


 飼い猫、主のその喩えがあまりに的確すぎると思って咲夜は思わず笑みを零した、雇われの身でありながら川上の奔放さも勝手なところも確かに気まぐれな飼い猫そのものだ。咲夜は忠実さ故『悪魔の犬』なんて言われる事もあったが同じ人間でも川上は猫か、咲夜はそう思った。


 「ふふ、猫は言いえて妙ですわお嬢様」


 微笑んでそういう咲夜に案外人を見る目があるのかも知れない吸血鬼、レミリアは「でしょう」と得意げに薄い胸を張りつつ紅茶を飲む。


 「で、どうだったの?」


 主語のないレミリアの唐突な問いかけに咲夜は小首をかしげる。


 「あの‥‥どう、とは?」


 「川上に刃を向けたんでしょ、手ごたえはどうだったか私としても興味あるわね」


 主の言いたいことが理解できた咲夜だったがその顔は苦々しい。


 あまり思い出したくもない川上と切り結んだ時のことを思い出してしまったためだ。


 「あの時は‥‥ある程度とはいえ容赦はしませんでした、しかし‥‥」


 「傷一つ負わす事すら適いませんでした、むしろ当技、投技をいくつか受けてしまった私のほうが‥‥結局あの時は川上の底を知るのは出来ませんでした」


 「ほぅ」


 流石に悔しさもあったのか苦い顔で語る咲夜とは対照的にレミリアは関心しているような面白がっているような風に眉を上げ相槌を打つ。


 「先ほどお嬢様は『本気では殺してはいけない』と仰りましたが仮に私が本気で殺しにかかっても殺れるか‥‥少なくともその時は私も本気で命を賭けないと話にならないでしょう」


 「咲夜でも殺しきれるかわからない‥‥か」


 「はい、しかも川上自身が自分の命を投げ出す事を何とも思っていない印象がありました、急所をナイフが掠めるようなギリギリの綱渡りを行いながら本人にはまるで感情の揺らぎが感じられない」


 「同じ人間として言わせてもらうならあの男、正直怪物です」


 レミリアは片目を閉じながら残った紅茶を飲み干しカップを置いた、そしてテーブルに肘をつき両手を組んだ格好でくくっ、と背中を笑みで揺らした。


 「私の咲夜にそこまで言わせるとはやはりあの男を他に取られる前に私のものにしたのは正解だったかしらね、面白いわあの男、面白い」


 どうやら自身が業物を手に入れた事を確信したようにレミリアは愉悦に笑った。


 「ところで咲夜、話は変わるけど」


 「はい、なんでしょう?」


 「お腹すいた、ご飯」


 「すぐにご用意いたしますね」


 にこりと笑って咲夜は夕食の準備のため退室した。







 ──日も暮れた紅魔館の門前。


 中華風の衣服に身を包んだ紅魔館の門番である妖怪、紅美鈴と黒い礼服姿で腰に刀、背中に身の丈に迫る大太刀を背負った同じく紅魔館の使用人である人間、川上は二人で門の左右に立っていた。


 どうやら今日の川上の持ち場は門番らしい、言いつけたのは咲夜だったがどういう基準で采配しているのだろう、もしかして適当に決めているのではないか?、川上は内心そんなことを思っていた、まあ正直どうでもいいのだが。


 美鈴は手を後ろに組んだまま直立していたが、川上は壁に背を預けタバコを咥えておりまるでやる気が感じられない、しかし彼の左手からカリカリと固いものが擦れる音がした。


 彼は厨房から拝借してきた殻付きのオニグルミを二つ、手の中でクルクルと回していた、クルミ同士を握り合わせるよくある握力の鍛錬ではなく、クルミ同士を手の中でスムーズに回転させる事により武器を扱う上で命となる手の内と指先の微細な感覚を養うための鍛錬だった、暇なので川上は地味に鍛錬しつつ門番をしていた。


 ちなみに実は美鈴も後ろ手でクルミを回していた、川上に勧められたのでクルミをもらってやってみていた。


 「なあ、門番」


 暇を持て余した川上が美鈴に話かける。


 「私の名前は美鈴ですよ、そして川上さんも門番です‥‥で、なんですか」


 「暇だ」


 「しょうがないんですよ、門番はこういう仕事ですから、必要な事でもありますし」


 川上はふぅと紫煙を吐き短くなったタバコを落として踏み消す、すでに彼の足元には吸殻が数十本分はあった。


 「しかし‥‥二人は要らないんじゃないか?」


 それに美鈴は困ったようにあははと笑う。


 「ま、まぁ、そうかも知れませんが川上さん一人だとまだ何かあった時不安がありますし、ほら、門番って危険もありますから」


 「君は俺の教育係だったのか?しかしそんなに危険な事があるのか」


 「それはもちろんありますよ、例えば」


 ちょうどその時空から降りてきてストッと着地した少女が二人の目の前に立った、腰まで届く長い黒髪だが瞳は魔性の金色、烏の濡羽色の翼をもった明らかな妖怪の少女、その顔には微笑みを貼り付けているが全身から威圧感が滲み穏やかな雰囲気ではない。


 「‥‥こういう事もありますから」


 「なるほど」


 美鈴の言葉に分かっているのかいないのか川上は妖怪を前に頷いた。


 「ご用件は?」


 雑談はそこまでに門番として自身も威圧感を放ちながら美鈴は妖怪に問う。


 「はじめまして、名乗る必要は‥‥ありませんね。実は私は最近この幻想郷に来たばかりなのですが」


 「そんな方がこの紅魔館になんの用です?」


 慇懃無礼な口調の妖怪に美鈴は辛抱強く対応する。


 「決まっているでしょう?この世界で強いと聞く吸血鬼。ちょっとその方を倒して新参者のこの私がこの世界で名を上げようと思いましてね」


 どうやら自己顕示欲旺盛な妖怪なようだった、それだけ聞けば十分と言うように美鈴は告げる。


 「ではお嬢様に会わせる事は出来ませんね、ここでお引取り願います」


 「おや、そちらの方は人間ですね」


 妖怪は美鈴の言葉は無視して気だるげな目付きで成り行きを見守っていた川上に顔を向ける。


 「こんな所に人間がいるとは思いませんでしたが、これは行幸、見れば中々に男前、私の好みですねついでに私のものにしてしまいましょう」


 「かってに俺を君のものにするな」


 川上は疲れた声で一応抗議する。


 「でしたら私に勝てたら見逃して差し上げてもかまいませんよ、まぁまだスペルカードルールというものに慣れきっていないので手加減が上手くできる保障はありませんが」


 まずいと美鈴は思った川上は飛ぶことも出来ないただの人間だからスペルカードルールでは対抗出来ない、ここは自分が介入しないといけない。


 「川上さん、下がってください、ここは私が!」


 「いやそのスペルカードルールとやらだが俺には出来ない戦い方だ、悪いが自分のやり方でやらせてもらう」


 川上も美鈴を無視して妖怪に告げる、その言葉を聞き妖怪は笑みを歪める。


 「ほぅ、どんなやり方ですか?まさかただの人間がその刀でよう‥‥は?」


 妖怪は自身の体を見下ろした妖怪には理解できたが信じることが出来なかった。


 川上の握る野太刀の長大な刀身が自分の体を肩口から鳩尾付近まで割っているなどとは。


 川上の背負った野太刀での大きく体を使う体術を利用しつつ右手で太刀を背中越しに抜きつつ左手で鞘を払うアシスト、それらが合わさって可能とした野太刀での背中越しの抜刀術。


 高速で放たれたそれに全く反応出来なかった妖怪は長大な刀の自重とスピードで西瓜の如く体を両断された、がくりと膝が折れる。


 「‥‥あ‥りえ‥ない‥‥こんなとこ‥は」


 心臓も割れてるはずがまだ息があるのを見て取って川上は妖怪に深々と食い込んだ野太刀を握る両手から右手を離し腰のもう一振りの刀を片手で抜き放った、それは妖怪の首に深く食い込んだ。


 シュッと食い込んだ刀身を振り切ると3分の2ほど斬れた首からブシュッと血飛沫が舞った、もっともすでに心臓が破壊されてたためか勢いはたいした事なかったが、そこで妖怪の意識も命も切れていた。


 川上が妖怪の体に蹴込みを放つと食い込んでいた野太刀が抜け妖怪の屍が地面に投げ出され血溜りを広げた。川上は左手に野太刀を右手に刀を無造作に下げ無機質な目で死体を見下していた何を思うのか?あるいは何も考えていないのか。


 (あんな長い刀で抜刀に二刀術ですか‥‥それにしてもうわー容赦ないですね)


 傍から見ていた美鈴は関心と畏怖交じりにそんな事を考えていた、川上の剣術は同じ武術を得意とする美鈴から見ても思いもよらないものだった、武人として川上から得られるものは多そうだと美鈴は思った。


 「何?この惨状は?」


 夕食に二人を呼びに来た咲夜は思わずそう呟いた。


 


 

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