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『狩猟』

 森に面した街道。


 そこに一匹のハンターが潜んでいた。


 赤茶けた髪に赤い和服に身を包んだ少女、まだあどけなさと愛らしさの残る顔は十台後半くらいか。


 否、少女は見かけ通りの年齢ではない、齢百五十歳を越える妖怪だった。


 生粋の人喰い妖怪だった。


 その妖怪は特筆すべき能力があるという訳でもない特別強い妖力を持つという訳ではない、しかしその生涯においてすでに数百人もの人間を喰らってきた。


 ‥‥そうこの妖怪はただ対人目的のハント(狩猟)が上手かったのだ。


 たいていの馬鹿な人喰い妖怪は獲物の前に堂々と姿をさらし力技で相手をしとめようとする、しかし外来人ならともかく幻想郷の妖怪なれしている人間には大抵逃げられてしまうのがオチだった、故に幻想郷の人喰い妖怪は案外人肉にはありつけなかった。


 赤い少女の姿をした妖怪は嗤う、馬鹿じゃないのかと?そんなやり方で人などしとめられる訳がない、赤い妖怪にとって人間はただの捕食対象にすぎない、しかし人間が馬鹿じゃないことも知っている奴らが存外しぶといことも。


 だからその赤い妖怪は気配を消して身を潜めるあるいは死角から忍び寄る、そうして待ち伏せか忍び寄りにより人間を間合いにひきつけると一瞬で自分という捕食者に気付かれる前に飛び掛りその爪で一撃で仕留める。


 赤い妖怪は対人間の生粋のハンターだった、彼女が仕留めそこなった人間はなく彼女を見たもので生きている人間もいないから特に人間達の間で危険視されているということもないが、人里を出た時もっとも恐ろしいのは皮肉にもどんな大妖怪より無名のその赤い妖怪だといっても過言ではなかったろう


 そうしてそのハンターとしての妖怪は街道に面した茂みに身を隠して獲物の到来を待っている、もう何時間も動かず待っている。かならずこの道に獲物が通るとは限らない待ち伏せは無駄骨になる可能性もある、しかしハンターとしての妖怪の勘がここだと告げていたのだ。


 おそらく今日は獲物にありつけるだろうという確信めいた思いがあった、この妖怪のひしめく幻想郷においてもここまで自分で人間を殺し喰らっているものもこの赤い妖怪の少女くらいではなかったろうか。


 この泰平の幻想郷においては。


 赤い妖怪は思う。


 ──人間と妖怪の共存?


 ──スペルカードルールによる決闘?


 くだらない、妖怪は嗤った、例え共存だとしても人間が被捕食者で妖怪が捕食者である関係は変わらない、食料に付き合ってルール合わせて決闘する必要もない、ただ人喰い妖怪として自分は獲物である人間を喰い続ける。


 そういつか死ぬまで。


 その妖怪は骨の髄まで人喰い妖怪だったといえるだろう。


 ──そのいつかくる自分の命日が今日だとは夢にも思わなかったろうが。


 道を歩いてくる人間の気配に妖怪は口元を歪めた。来た!今日の獲物。


 赤い妖怪は道を歩いてくる人間を観察し考える、前を行くのがメイド服に身をつつんだ銀髪の少女、その後ろに黒服で腰に帯刀し背に長大な刀を背負った黒髪の青年。二人か、赤い妖怪は思った。自分を見た人間は生かしておきたくない、片方を仕留めるのに成功してもその間にもう片方に逃げられたらダメだ、なら‥‥


 妖怪の中でもう算段は決まった『二人』とも殺す、自分なら簡単だ。妖怪の考えはこうだった、まず狙いは黒服の男、理由は二つ、まず刀で武装しているので万一抵抗されないように先に不意打ちでさっさと片付けるべきだという判断、もう一つは男を仕留めた瞬間前を行く連れの少女が後ろで何が起こったか理解が追いつかない内に少女も殺す。赤い妖怪はそれを完璧にこなす自信があった生粋のハンターとしての自信だ。


 赤い妖怪は呼吸を落ち着かせ気配を殺す、後は自分が潜んでいる位置にまで男がもっとも近づいた瞬間、それは2メートルにもみたない絶好の間合いその瞬間1秒かけずに男を殺しすぐ少女も殺す、特にまだ若々しい少女は実に旨そうだと思った。


 「さて、きょうはごちそうね♪」


 そう赤い妖怪は無邪気に笑ってその凶悪性に相応しくない甘い透明感のある少女の声でつぶやいた。





 森に面した道を咲夜と川上は歩いていた、特に話題を交わしながらという事もない川上も咲夜もあまり無駄口をきかないという事もあってふたりは足並み揃えて一定の全く同じペースで黙々と進行していた、それはどこか軍隊の歩兵めいていたかもしれない。ふと川上が懐に手を入れ新しいゴールデンバットを取りだすと封をあけトントンと指で軽く叩いて詰まったタバコを取り出すと一本咥え右手で風防を作りながら左手のガスライターで火を点けた、ふぅ、と歩きながら紫煙を吐く。


 そんな川上を気にもせず歩みを進めていた咲夜をもってしても自身が通ったすぐそばにハンターが息を潜めていたことに気付けなかった。


 故にさらに三歩歩み川上が赤い妖怪の間合いに入った瞬間妖怪の全瞬発力を用いて茂みから川上に飛び掛る音を聞いた時には全てが終わっていた、とっさに咲夜は振り返る、しかし妖怪が川上を殺すのに1秒とかからない、間に合わない時間停止も判断が追いつかない、故に振り返った咲夜がみるのは妖怪の爪で貫かれ即死した川上


 ──のはずだった。


 「‥‥え?」


 チーンッと澄んだ鈴のような音が響いた時には先ほどまで川上がいた場所に抜き手を放った格好の赤い妖怪とその飛び掛る妖怪の脇を入り身するようにすれ違い妖怪の後ろで相手に向き直りで咥えタバコのまま悠然とたたずむ川上。


 「妖怪!こんなところに!?」


 突然のことに驚愕しつつダブルエッジのナイフを抜く咲夜、しかし様子がおかしい赤い少女の姿をした妖怪はゆっくりと川上に向き直ると今度こそというように手を振り上げた。


 その妖怪の首に赤い線が走った。


 「カッ‥」


 そんな声なのか空気漏れなのかわからない音を立てると少女の顔をした妖怪の首が地面にぼとんと落ちた、パラパラと一緒に斬れた赤茶けた髪も落ち大量の血が断面からしぶく。


 咲夜も目撃しなかったし当の妖怪も理解できなかったろう川上は飛び掛る妖怪に対して身をかわしつつ抜刀で妖怪の首を刈ると同時に納刀していたなどとは、鈴のような音が響いたのは高速の納刀時に出た鍔鳴りだった。


 しかし首のない赤い妖怪はそれでも、脳が、首が、すでに無くても、まるで人間を狩る事を、肉が、内臓が記憶しやり遂げようとするようにふりあげた爪を川上に振り下ろした、人間の形をしたものが首がないにも関わらず敵に攻撃を続けようとする異様。


 しかし川上はその攻撃を斜め後ろ45℃の角度で一歩下がるだけで避けたその悠然とした体裁きは優雅ですらあった。そして下がるその動きで間合いを計りつつ本来自然の構え(無構え)が多い川上が左腰を引いて右手を柄に添える『抜刀の構え』を取った。


 次の瞬間高速の鞘走りと体術が生み出す左下斜めから右上斜めへと走る低い軌道の神速の逆袈裟の抜刀が妖怪の右脇腹から入り左胸へと深々と抜けた川上は今度はすぐに納刀せず正眼の構えに移り残心を見せている、咲夜も突然の事に驚愕しつつもそこは紅魔館のメイド長どうとでも動けるように身構えている。

 

 妖怪は自身が身につけてた和服の帯も一閃で断ち切られてしまい和服ははだけ下に何も着けていなかったのか白い肌の傷一つない裸体があらわになる首の無い妖怪の少女の裸体は見る者によっては倒錯的な美を感じるだろう。その少女の白いお腹に赤い線が走ると傷口がぱくりと開きぬめぬめとした光沢をもった鮮やかな紅色をしそれに黄色い脂肪が絡みついた管状の内臓がびちゃりと音を立てて地面に広がった、遅れて切り口からどぷりと血が飛沫し少女の裸体と内臓を紅く彩った、あたりに蔓延する臭いは血の臭いもあるが何より内蔵の生臭さと内臓の内容物も漏れたのか便臭に近い刺激臭、それにも咲夜も川上も表情を変えない。


 そして糸が切れたように妖怪の身体は前のめりに崩れ落ちもう動かなかった。


 こうして無名の人食い妖怪はその百五十年の生涯に終止符を打った。彼女がこの結末を迎えた原因をあえて言うなら彼女が人間を本当に獲物としかみていなかったからだ、人がいれば喰う、そんな彼女はまさか『決して手を出してはいけない類の人間』がいるとは考えもしなかった為であろう。


 川上は構えを解いて右手に刀を握ったまま左手でタバコを最後の一吸いするとそのまま投げ捨てた、そして頬に浴びてしまった返り血を手の甲で拭ったその挙動はどこか猫じみていたが。服にも少量ながら返り血を浴びてしまっていた。


 「危ない所だったわね」


 すでに茂みに妖怪が潜み川上に襲いかかったものと判断が追いついた咲夜が川上に言う。


 「なにが?」


 たいして危ない所なんてあったかとでも言うように川上は無感情に言った、ふと刀身に付いた血を指に取り口に運ぶ、濃い味だな、川上は思った。


 「そんなもの口にしちゃ駄目よ‥‥貴方今殺されかけたのよ?」


 咲夜は思う、自分も気付けなかった妖怪の待ち伏せ攻撃によく反応出来たものだと、襲われたのが自分だったら時間停止で危機回避が間に合ったとは思うがそれでもぞっとしない。川上は懐から懐紙を取り出し、刀身にこびり付いた妖怪の血脂を拭うと使った懐紙をバッと撒くように投げ捨てた、妖怪の血を吸い紅と白の斑になった和紙が辺りに花びらのように舞った、死体と死臭の中でそれはどこか幻想的な風景だった、思わずそんな中心にいる相変わらず眠そうな表情を崩さず刀を納める川上に咲夜は見ほれた。


 「あんな見え見えの奇襲など脅威としては妹様のじゃれ付きの足元のにも及ばないな」


 「貴方まさか‥‥待ち伏せに気付いていたの?」


 「あぁ、『視えて』いた」


 見えてだって?自分も気付かなかったのを見えていた?そんな馬鹿な。そこまで考えてパチュリーが咲夜に言ったことを思い出す、たしかパチュリー様は魔女的見解からこの男は眼に魔眼やそれに類似した異能を宿している可能性があると言っていた、なら今視えていたと言ったのは‥‥‥


 「そう、それが貴方が宿してる魔眼の能力って訳?」


 「そんな大層なものは持っていない俺は武術をかじって身を守るのに精一杯の一人のか弱い人間だよ」


 咲夜は鎌を掛けたつもりだったが皮肉に笑った川上に煙にまかれてしまう、なにがか弱いだ、咲夜からみても川上の近接戦闘力は今までみたどんな人間をも凌駕する、仮にだが白兵戦に持ち込まれたらあの霊夢でも(霊夢は体術でも達人クラスである)川上には勝ち目は薄いのではないだろうか。


 「しかしこいつは巧みに待ち伏せしてるつもりだったのだろうが、気配の消し方は上手いが駄目だな、この赤い和服では目立ちすぎるカムフラージュがなっていない、うちの道場なら『失格』だな」


 川上は川上で殺した妖怪にダメだししながらタバコに火を点けているその緊張感のかけた姿を見ながらこの男の眼は何を見ているのだろうと咲夜は思った、自分とは違う世界を視ている、それに興味を持った。


 「ところですまない、服を汚してしまった」


 川上は使用人用に支給された服に返り血を浴びてしまったことを謝罪した。


 「‥‥あぁ、いいのよ、その程度なら落ちるし帰ったら着替えましょうね」


 「あぁ、わかった」


 「それとごめんなさい、お嬢様から頼まれて貴方の護衛の意味もあっての案内なのに危険にさらしてしまって」


 自分にまかされた仕事を危うく全うできなくなる所だった咲夜は律儀に謝る、案外素直なところもあるのかも知れない、しかしそれに対する川上の返答は──


 「問題ない、自分で自分を守れない奴は死んでも当然だ」


 ──いつも通りだった。


 「‥‥そうね、香霧堂ももう少しだから進みましょうか」


 気を取り直して案内を進めようとしたしかしその前に川上に向き直り──


 「お見事なお手並みでしたわ」


 ──心からの賛辞を。


 それに対して川上は俯いてくっと笑い──


 「ありがとう」


 そう愉快そうに口にした。 


 

ちなみに川上さんがつかった懐紙(和紙)は館で見つけたのを勝手に拝借したものです、もしかしたら借りてるだけかもしれましんね(笑)

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