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紅茶飲みたくなってきた‥‥

 川上は膨大な本棚の列の中を歩いていた。


 紅魔館地下図書館、今日の分の仕事が終わり軽い一人稽古もこなした川上は暇潰しにはちょうどいいこの場所に訪れていた。


 膨大な面積を誇る図書館内を一人目的も持たずふらふらと歩き時折目に付いた本棚から本を抜きページを捲るもあまり興味をそそられなかったのか本棚に戻す。


 川上はそんな事を繰り返していた。


 ふと川上は歩みを止める。


 川上が歩いていた通路に面した本棚、それに納められた本の背表紙が一つ淡く光って見えたような気がした。


 改めてその本の背表紙を観察しても変哲のない古びた本の一冊にしか見えない、光って見えたのは錯覚か。

 いや、川上は自分の感覚は信じていた、その本は確かに光ったのである、川上は少し考える素振りを見せた後、好奇心に負けたのかその一冊の本へと手を伸ばした。








 ―――同じく地下図書館。


 パチュリーはテーブルについて何時ものように魔術書を広げながら新しい術式の理論を独自に構築し羊皮紙に式を書き連ねていた。


 魔術の考察、術式の組み立て、実践、検証、ただそれを繰り返し魔女としての高みを目指す、そればパチュリーという一人の魔女の在り方だったろう。


 そして、パチュリーは顔を上げた、大分集中していたようだ、同じ姿勢で研究を続けて気付けば少し背中に痛みを感じる、一休みしよう、そう思った、パチュリーは寿命のない魔女である、人間のように残り時間を気にして生き急ぐような生き方をする必要もない。

 

 「小悪魔」


 パチュリーは自分の使い魔でもあるこの図書館の司書の小悪魔を呼んだ。


 「はい、お呼びでしょうか」


 小悪魔は主の呼び掛けにすぐに応じて現れた。


 「お茶を煎れて貰えるかしら」


 「ご苦労様です、すぐに用意いたしますね」


 小悪魔はいつもの柔らかい微笑みを湛えて応じた、自分の役割に心から満足しているかのような笑み。


 小悪魔は慣れた手際でティーセットを用意しカップに香り立つ紅茶を注いだ。


 「どうぞ、熱いので気を付けて下さいね」


 「えぇ、ありがとう」


 パチュリーはカップを両手に持つとふーふーと息を吹き掛け冷まし少しづつ飲んだ、その仕草は幼い少女のような可愛らしさがあった。


 「川上さん今日からお仕事だそうですね」


 小悪魔は川上の事を話題に出した、彼女なりに心配しているのかも知れない。


 「そうらしいわね、咲夜に預けてるから何してるかは知らないけど」


 対してパチュリーは割とどうでも良さそうな雰囲気だ。


 「人間さんがここで働くのは珍しくですから困っていなければいいのですが」


 「それは大丈夫よ、あの手の人間は大抵の事を顔色変えずにこなすタイプだわ」


 「そうでしょうか、確かに大抵の事ならどうにかしちゃいそうな印象はありますけど」


 「えぇ、そういうものよ、人間だって中々馬鹿に出来ないものよ」


 そう言ったパチュリーだったがふと険しい顔で一方に顔を向けた、しばらくして僅かに物音が伝わってくる、図書館内で異常な魔力の流れがあった事をパチュリーは理解した。


 「一体何でしょう?」


 同じく魔力の流れを感じたらしい小悪魔が声を上げる。


 「侵入者用のトラップとして張っていた術式が発動したようね」


 「侵入者ですか?でも‥‥」


 この場合トラップにかかった者の第一候補は何時も図書館の本を勝手に漁る魔理沙である。


 しかし魔理沙はパチュリーの目の前、向かい側で本を開いたままテーブルに突っ伏して気持ち良さそうに寝ていた、彼女は昼過ぎに訪れてからまだ図書館にいた。


 トラップにかかったのは魔理沙ではない、なら誰なのか。


 「まさか‥‥」


 「あの男かしら」


 小悪魔とパチュリーの脳裏に同時に浮かんだのはいつも気だるげな眼をした川上だった。


 うっかりトラップにかかってしまうのは、まだこの館の勝手が分かっていない彼しか考えられない。


 「ま、まずいですよ」


 「多分大丈夫でしょう、彼魔理沙よりしぶとそうだし」


 思わず顔色を失う小悪魔にパチュリーは対して心配もしていないようだ。


 しかしトラップはそう甘いものではない発動したらいくつもの魔道書“グリモワール”が術式に則って魔力弾で対象を攻撃する、ただの人間なら、死ぬレベルの危険なトラップだ。


 「心配なら見てきてあげなさい、危なそうなら助けてあげるといいわ」


 パチュリーは自分では動かないつもりのようだ、その必要もないと思っているのかも知れない。


 「い、行ってきます」


 その言葉を受けて文字通り小悪魔は飛んでいった。


 パチュリーは一人紅茶を口に運んだ。




 小悪魔はトラップが発動した一角に急いで飛んでいく、流石に昨日まで話していた人間が魔力弾でぐちゃぐちゃの肉塊になっている所等みたくなかった。


 川上は悪い人間ではない、せっかく一緒に館で働くもの同士仲良くなりたいし先輩として彼が困っていたら助けてあげたいと思っていたのだ、おおよそ悪魔とは思えぬ思考だか彼女の本心だった。

 

 もう魔力の流れは感じられない、これは目標が沈黙したという事かあるいは‥‥


 小悪魔はトラップが発動した通路に飛び込みそして見た。


 川上は平然と立ち左手に中型のシースナイフを掲げ、右手で本を開いてそれに眼を通していた。


 周りの床に魔道書が散らばっていた、ナイフで切り裂かれたのかページを撒き散らし表紙にも切り傷が走りそれにより術式が破られていた、床には魔力弾によるものかいくつもの焦げ目が出来ている。


 しかし川上にはその服にも焦げ目一つついていなかった、彼は右手の本を閉じる、こんな大層な罠に守られてるなら余程価値のある本かと思ったが中身は解読不能の言語で綴られており川上には価値がわからなかった、あるいはただのトラップのスイッチでしかなく価値等ないのかも知れない。


 川上は本を本棚に戻しナイフを懐の皮シースに戻しながら言った。


 「どうかしたか」


 その言葉は小悪魔に対するものだった。


 「ご、ご無事でしたか」

 

 「大丈夫だ、それよりすまない、これらの本いくつか駄目にしてしまった」


 川上は床の切られた本を指しそう言った。


 「よ、良かったです」


 小悪魔は心の底から安堵した、怪我はなさそうだった。


 「ごめんなさい、伝え忘れてました、この図書館には侵入者対策の罠が幾つかあるんです」


 「以後気を付ける」


 川上の答えはそれだけだった。


 「ごめんなさい」


 小悪魔は申し訳なさそうに重ねて謝る、川上の態度が怒っている為だと思ったのかも知れない、何より自分の管理すれ図書館で危険に合わせてしまったのが負い目であった、一歩間違えたら命にも関わっていたのだ。


 「問題ない」


 川上の答えはそれだけだった、彼は心の底から何とも思ってないようだった。


 川上は歩き出した、パチュリーがいつもいる方に。


 「先ほど今日の分の仕事が終わった」


 それは小悪魔に対する言葉だったか。


 「ご苦労様です、お仕事はどうでしたか?」


 「まぁ、なんとかなりそうだ、ただ少し気疲れした」


 「良ければ紅茶を一杯煎れてもらえないか?」


 川上は相変わらず感情の読めない声でそういった。


 やや沈み込み気味だった小悪魔の表情も解れて柔らかい微笑みが戻ってきた。



 「はい、疲れが取れるような美味しい紅茶を煎れて差し上げます」


 川上は小悪魔の言葉に答えは返さず歩きながらタバコを取出し火を点けた。

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