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『混沌』

 ――紅魔館西側客間



 


 川上はあれから一部屋一部屋なるべく丁寧に掃除を続けていた。


 「でね、頑張って一人で綺麗にしたんだけどそしたらメイド長が褒めてくれたんだよ」


 「そうか」


 そして例のメイド妖精も川上の手伝いの名目で共にいた、しかし彼女自身はどちらかと言うと川上との話に夢中で掃除ははかどっていない。


 メイド妖精は川上に自分の体験した色々な事を話した、気が付いたら自分は存在して日々を過ごしていた事、ある日攻撃的な人間に捕まって一度殺されてしまった事、しばらくの間人間が怖くて怯えていたらたまたま会った咲夜が手を差し伸べてくれた事、それをきっかけに館でメイドをするようになった事、仲のいいメイド妖精の事、たまに小悪魔等館の者が一緒に遊んでくれる事。


 彼女は掃除をする川上に様々な事を楽しそうに話した。


 そして川上は掃除に集中しながら、あぁとか、なるほどとか、それは大変だなとか、ぞんざいな相づちを打つ事に徹していた、完全に聞き流している姿勢だったろう。


 しかし妖精の方もそんな川上の様子には構わず申し訳程度に掃除をしながら話しをしていた。


 二人は互いが互いを全く鑑みていなかった、しかし川上は邪魔にはなってないならどうでもよく妖精は楽しかった、互いに問題はないのだからある意味二人の相性は良かったのかも知れない。


 川上は掃除の手を止めた、この部屋はもう出来る事は粗方やってしまっただろう、立ち上がり部屋を改める、悪くない仕上がりだ、川上はそう思った。 


 「おわり?」


 川上の様子にメイド妖精も手を止め聞いてくる、川上は肯首した。


 「じゃあ次の部屋?」


 「いや、小休止にしよう」


 「しょーきゅーし?」


 「一休みだ」


 川上は掃除を初めてから集中的にこれまで続けていた、大した集中力だったが一服する事にした。


 川上は窓を開けて懐からタバコの箱を取出し一本くわえた。


 「それなに?」


 メイド妖精は川上のくわえたタバコを見て眼を輝かせて聞いてきた、幼い外見通り好奇心旺盛なのは間違いない。


 川上は妖精に目を向けた、妖精が紙巻きタバコを知らないのが意外だったのか。


 或いは昔に外と隔離されたと言うこの世界は紙巻きは一般的ではないのかも知れない、川上はそう考えた。


 「タバコの一種だ」


 「タバコ?」


 そもそもタバコを知らないらしい。


 「酒と同じ嗜好品だ」


 くわえてみろ、とその一本を妖精に差し出す。


 「食べるの?」


 「食べたら毒だ唇に浅くくわえろ」


 川上の愛呑のゴールデンバットは吸い口にフィルターが付いているのではなく、両切りの為吸い口まで葉が詰まってる、その為少しくわえ方にコツがいり深くくわえると葉が口の中に入ってしまう羽目になる。


 妖精は言われた通りにくわえる。


 「なるべくゆっくりと吸いこめ」


 川上は妖精のくわえた紙巻きにガスライターの火を遠火で近付け着火した。


 妖精は言われた通り吸い口からゆっくり吸い込んでいたためすぐに火は付き、煙が肺まで至ったのかとたんに妖精はむせた。


 「ゲホッゴホッ!うー、何これ?」


 驚いてタバコを落とし苦い顔でそういう妖精を見て川上はくくっ、と小さく笑った。


 流石に初心者に両切りを肺喫煙させるのはきつかったか、そう思いながら妖精が落とした火のついたままのシガレットを拾って自分で一口吸い、ゆっくり煙を吐く。


 「まぁ、こういうものだよ」


 「そんなの吸わないほうがいいよ」


 くっくっ、と口の端で川上は笑う。


 「そう言うな、これも味が分かれば風味を楽しめるんだ」


 珍しく笑みを浮かべている川上だったが妖精はむくれて川上の顔を見上げていた。


 構わずゆっくりとタバコを吸いつつ川上は腕時計を確認する。


 時刻は正午を少し過ぎたあたりだった、かなり掃除に夢中になっていたらしい。


 「そろそろ昼食か」



 昼になったら呼びにくる、そう咲夜は言っていたが。


 「お昼ごはんの時間?じゃあ私食べて来ていい?」

 

 メイド妖精達の食事は別なのだが、この時間用意は出来ているという事らしい。


 「別に俺に許可を求める必要はない、食べてくればいい」






 「じゃあ私食べてくる、また後でねー」


 そういい元気な足取りでメイド妖精は退室していった。


 そして川上はタバコを深く吸い込みながら考える。


 咲夜の言葉通りならそろそろ呼びにくるはずであろう、ならば切りがいいからこのまま待つか、それとも呼びにくるまで次の部屋の掃除に手を掛けるべきか。





 短くなったタバコを携帯灰皿に押し込み、取り敢えずもう一服だけして待つかと思いゴールデンバットの箱から一本取出しそこで川上は舌打ちした。


 その一本が最後だった、もちろんタバコはこの世界に来たときの手持ちのこれしかない、このまさか幻想郷でゴールデンバットが手に入るとは思えなかった、せめて代用の紙巻きタバコくらい売っていればいいのだが、川上は空になったタバコのソフトパックをぐしゃりと握り潰した。


 そして最後の一本に火をつけた時ふいに隣に気配を感じ、川上はそちらに目を向けた。


 それは異常な光景だった。


 居空に裂け目が走っていた、そしてその裂け目から女が上半身のみ覗かせ川上を見ていた。


 女の顔立ちは整っているがまだ少女と言ってもいいだろう、紫のドレスに身を包み、金髪の艶やかな長髪を小さなリボンでいくつかの房にまとめている、そしてリボンのあしらわれた帽子を被っていた。


 女は口元に微笑みを湛え底知れぬ深い色の瞳で川上に見ていた。


 川上はその得体の知れない女に不吉な美しさを感じた。


 「こんにちは」


 「こんにちは」


 女の挨拶に川上もおうむ返しに挨拶を返した。


 「タバコが御入り用なようね」


 女はいきなり言った。


 「えーっと」


 女は自らが身を乗り出している空間の裂け目に手を突っ込み何やらごそごそしている。


 「これでいいかしら」


 女が裂け目から取り出した何かをボトボトと大量に落とした。


 それはゴールデンバットのカートンだった、全部で10カートン、1カートンにゴールデンバット10パック入りだから計100パックである。


 川上は何も言わずに片眉を上げた、そしてタバコを一口吸う。


 「いいみたいね、それじゃあご機嫌よう」


 その川上の様子に満足したのか女はそう言い残し、空間の裂け目の中に身を隠した、そして裂け目も閉じていく。


 女は消えた。


 残ったのは大量のゴールデンバットだけだった。


 その直後今度は咲夜が現れた川上を呼びに来たのだろう。


 「何かあったの?」


 「いや、別に」


 川上はそう答えて、タバコをもみ消した。

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