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 森の中。周囲に木々が無く月明かりの差すその場で男女は相対していた。


 博麗霊夢は左手に手首から肘程度の長さの棒にひらひらとした紙、紙垂を付けた大幣を持ち自然と立っていた。その姿には気負いも無ければ殺意も無かった。


 川上は右腰に差した多々良小傘作刀の無銘を静かに抜刀すると正眼に構えた。何十人と切り、脂で化粧など殆ど落ちた刀身はそれでも月明かりに反射して燗と輝く。


 霊夢は右腕を一振りするとその手にいつの間にか札が束で握られていた。そのまま右腕を振り上げ自身の頭上に無数の札を放った。


 すると札は中空で意思を持っているように動き様々な角度から川上に向け殺到した。霊夢の武器、ホーミングアミュレットであったがごっこ遊び用ではない。一つ一つがカミソリの切れ味を持ち殺傷能力がある。


 川上は自身の前で刀を鎬筋を前に向け立てる、さらに身体は完全に半身となる事で僅かな刀の陰に隠れた。


 川上に向かったアミュレットは僅かに角度がついていたとは言え皆正確に相手の体幹へと最短で飛ぶ性能が仇となり皆前で立てられた刀にぶつかり止められた。細い刀の陰に隠れる対飛び道具の技法、矢留。


 霊夢は飛翔して川上に対して回り込もうとしていたが、川上がお返しにと放った車手裏剣が向かってきて咄嗟にそれを躱した。霊夢は無意識に相手が剣士である故、飛び道具を使ってくる可能性を消してしまっていた為か僅かに中空で体勢を崩した。


 その隙に川上は素早く走って木々の闇夜に紛れた。


 川上は木陰に隠れると座構えになり刀を一旦納めて呼吸を意識して印を組み小さく呪を唱えた。


唵阿爾怛摩利制曳莎訶オンアニチヤマリシエイソワカ


 そうして木から木へと移動し隠れる。霊夢は川上の移動した方へと森の中を移動する。しかし一旦見失った川上の姿は捉えられず、気配もなく全く何処に居るか知れない。


 だから霊夢は適当(・・)に当たりを付けて一本の木にホーミングアミュレットを放った。


 無数の札が木の表面を抉った瞬間木陰から人が困惑する僅かな揺らぎを霊夢は視た。彼女は一発で川上の場所を当てたのだ。


 即座に霊夢は空間的な距離や時間を無視し木の裏へ回り川上の前に現れた。人の身で成すには超常的すぎる瞬間移動を霊夢は呼吸をするようにやってのける。


 至近距離で現れた霊夢は直接的な大幣による打撃を川上の左の首筋へと放つ。唐突に瞬間移動と同時の攻撃などまず反応出来るはずも無かった。


 しかし川上もさる事に霊夢を視認するや刀は間に合わぬと判断し左小手で咄嗟にガードすると共に足蹴を放った。


 川上の踵が霊夢の左脇腹に食い込むのと大幣が川上の左小手を打つのはほぼ同時だった。


「つっ!」


 両者同時に苦鳴を漏らした。川上は咄嗟だった為に衝撃を殺す事が出来ずにモロに左小手で受けてしまった。霊力を乗せた一撃の威力は筋金を入れた小手とは言え衝撃が骨の髄まで響いた。また川上の蹴りは体勢不十分だった為に霊夢に決定的なダメージを与える事は出来なかった。しかし大幅に霊夢の大幣の一撃の威力を軽減する事が出来た、十分な一撃だったなら筋金の上から霊夢の打撃は川上の腕の骨を砕いていただろう。


 息の詰まった霊夢は咄嗟に下がって刀の切り間から退避した。腹部の激痛を堪えて呼吸を乱さぬよう整える。


「何故場所が分かった」


 川上もまた痺れる左腕の具合を悟られぬよう刀の柄に添えながら聞いた。不可解であった。川上が得意とする隠形術が何故あんなにあっさりと破られたのか。


「ただの勘よ」


 霊夢はなんて事もないように言った。ほぼ予知や透視に近い反則的な直感は霊夢の武器の一つだ。くっ、と思わず川上は笑った、一目見た時から分かっていたがこの少女は化物などが可愛く感じられる程の別格中の別格なのだ。


 そして霊夢もこの剣の一口を高め続きていただけで人間から外れかかった川上の怪物性を正しく認識する。


 遊びなどではない、確実に殺すなら出し惜しみなど論外だ。


 博麗霊夢には博麗の秘術における最終奥義があった。


「諸行無常 色即是空」


 霊夢の口から言霊が紡がれる。川上の目がすぅ、と細められた。


 博麗霊夢という少女が最初から持っていた技である。便宜上博麗の奥義とされているがその実違う。


「天に宇宙(そら)が有り、地に無間(そら)が有り、人に(そら)が有る」


 ありとあらゆるものから浮く(・・)博麗霊夢だけが持つ能力の本来の姿の具現。川上は霊夢の言霊を止めようとはせずに静かに刀を腰に納刀した。


万物流転(ばんぶつるてん)。人は未だ空を知らず」


 博麗霊夢にしか使えないため、技術としては再現性が全くない。川上は右手で右肩越しに野太刀の柄を握る。


有無相生(うむそうせい)。人之生に空を現す」


 故に博麗の奥義としては最初にして最終。川上は左手を背中に回して野太刀の鞘を掴み、身体を大きく使って右手で刀を抜きつつ左手で鞘を下げて払い、全長五尺余の刀を抜刀し、晴眼に構えた。からりと鞘が落ちる。


「虚無顕現」


 その奥義の名は


「夢想天生」








「何ですって?」


「川上さん。彼は有り体に言うとやり過ぎましたの。こちらとしても見過ごす訳には行かない程に」


 レミリアの言葉に紫は淡々と告げた。咲夜が顔色を変える、すぐに安否を確認しようと考えたが。


「彼はもうここにはいませんわ、実は先に言った反妖怪派の方々の襲撃はとうに行われていますの」


 紫の言葉は咲夜の足を止めるために向けられたものだが、レミリアも表情を変えた。


「もう行われている……まさか」


「えぇ、何処かで(・・・・)それを知った彼は単身で迎撃に向かったようですわ」


 不吉に笑って悠然と告げた紫にレミリアがギリっと歯嚙みした。


「貴様が仕向けたの?、一体何故そんな事を!」


「……手間は省けた方が良いでしょう?」


 一体何を言っているとレミリアは考えてすぐに一つの結論に至る。霊夢が動いたのは反妖怪派、川上、どちらも排除する為。だが先に二つをぶつければどちらが死んでも残っても片方は潰れ、片方は疲弊する。後は残った方を叩けば良い。漁夫の利だ。


 余りにも卑劣、何処までも狡猾。しかし全体を守る為には紫は正しく残酷であった。


「だったら何故先日は川上に帰れなどと言った!返す気など初めから無かったのではないの!?」


「あの時点で帰ると言われたら返していましたわ、ただ……」


 紫はカップに残った紅茶を飲み干してから、微笑んで言った。


「ああ言えば貴女方も本人も帰す気を無くすと思いまして」


 その言葉にレミリアはティーカップを砕いた。この女の言動に惑わされぬようにしていたつもりがその心理を逆手に取られ結果手の中で踊らされていた事を理解した。


 川上は捨て石として体良く利用されたのだ。


「なら止めればまだ間に合……」


「間に合いません。もう明け方には終わりましたから」


 今の時刻は朝の8時だった。紫は全てが終わった後の事後報告に来ていたのだ。


「き、さま……」


 それを聞きレミリアは激情を覚え牙を剥き今にも目の前の紫に掴み掛からんとした時。


 そのレミリアの背筋と激情を凍らせるような余りにも凄まじい殺気を後ろから感じた。


 その時レミリアは昔を思い出した。この殺気をレミリアは知っていた、かつて出会った人間でありながらレミリアの背筋を凍らせる程の濃密な殺気を放つ狂犬のような幼い少女との出会いがフラッシュバックした。


 レミリアが後ろを向くと、そこに控えていた咲夜が一切の表情を消して、周囲の温度が下がった錯覚すら与える程の殺意を纏い立っていた。レミリアはこの無表情こそが十六夜咲夜の本気の激昂だと知っていた。


 いつも胡散臭く、余裕のある悠然とした微笑を浮かべている八雲紫から笑みが消え、顔色も血の気が引いていた。あのスキマ妖怪が明らかに気圧されていた。もし彼女は座っていたのでなければ無意識に後退っていたかも知れない。


「……八雲紫」


 レミリアは後ろから発せられる殺気に胃を痛めながら言った。


「帰れ、今すぐに。これ以上いるなら私でも止められるかわからないわ」


「わかり、ました。今日はここまでにします」


 咲夜の激昂により理性を取り戻したレミリアの忠告に紫も大人しく従いスキマを開いた。


 紫はスキマに消える瞬間僅かに痛みを堪えるように表情を僅かに歪めたが、それには誰も気付かなかった。

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