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 彼は避けていたのだろうか。


 川上は紅魔館に居ついてから、良く一人で幻想の地を出歩く。


 何かを求めているのだろうか、あるいは何も望んではいないのかも知れない。彼は足の向くままに歩く。


 紅魔館からそうは遠くない所に人里がある。人間である川上にとって普通に考えれば一番まともな居場所だ。


 しかし、彼は咲夜のお供で一度行ったきりでそれ以前も以後も人里に近づく事は無かった。


 川上は避けていたのだろうか。


 何故だろう。彼は歓迎されない事を悟ったのか。何故歓迎されないのか、人を斬ったからか?いや、きっとそんな表面的なものではないのかも知れない。


 その夜、川上は人里に立ち入った。何故だろう。意味はないのかも知れない。あるいは何かを求めたのか。


 空気が澄み、雲ひとつない空で月の蒼い光が冴える。そんな夜だった。


 川上は商店が立ち並ぶ通りを歩く。夜中であり、多くの店は閉まっているが中にはポツポツとまだ店を開いている店もあった。人里を訪れる妖怪向けの店である、この古い町並みに夜半にも開いている店があるというのは幻想郷ならではの光景であろう。


 川上はいつかのように、その中心となる通りを一本裏に入る。しばし進むとただの家屋ばかりになり、途端に闇による視界不良が襲ってきた。


 川上は立ち止まると両切り煙草を咥え、マッチで火を点けた。


 紫煙を吐いて一息吐いた所で。後ろから気配が近づいてきた。


 川上はゆっくりと振り返るとそこにはいつかの竹林で対峙した艶のある長い白髪に、紅いもんぺの少女がいた。


 この場で川上が藤原妹紅と出会ったのは必然であったのだろうか。


 剣呑な雰囲気を纏った妹紅が言った。


「きて欲しい所がある。今度は断らないよな」


 川上はもう一服しながら頷いた。


 妹紅自身あっさりとした感触に少々肩透かしを食らった。


 川上は妹紅に案内——いや連行というべきか——され、ある屋敷の廊下を歩いていた。野太刀は家人に預けたが、小刀代わりの刀を鞘ぐるみで右手に携えている。


「ここだ、入ってくれ」


 妹紅はそう襖を示して、自ら開けるとその一室に踏み入れた。


「慧音、連れてきたぞ」


「失礼する」


 妹紅が部屋の中の上白沢慧音にそう言ったのに遅れて、川上はそう挨拶しながら一礼して入室した。


「こんばんは、君が清水、か。私は上白沢慧音という」


「こんばんは、初めまして。宜しく頼む」


 少し硬い声の慧音の挨拶に川上はそう返礼した。慧音は改めて目の前の青年を観察する。


 口調こそ丁寧ではないが、礼には則っている。意外と話がわかりそうかとも感じるが、しかし……


 その昏く沈んだ三白眼、何も感慨も無さそうな表情。問答無用で不吉な印象を与えるそれは紛れもない凶相だった。命を切断する剣鬼の貌。


「君と少し話がしたかった。硬くならなくていい、座ってくれ」


 慧音はまずは対話をする事を望み座布団を薦めた、話が出来るならそれに越したことはない。しかし硬くならなくて良いといいつつ実際慧音の方が硬くなっているように感じる。


 川上はそれに応じて慧音の対面に腰を下ろした。右に下げている刀をそのまま刃を自身の方に向け右に置き胡座を掻いた。


 慧音はさりげない風で川上の所作を観察した。刀の置き方からして害意、戦意、警戒はないという事を示している。


 しかし胡座が常のものでは無かった。左足は正座の時のように下腿を太腿の下に折敷、開いて、右だけが胡座の形になっている。即座に居合腰、坐構に移行出来る武術家の座り方。


 全く警戒していないというわけでもないのか、あるいはそれがこの者の常なのか、慧音は思った。妹紅は部屋の隅、行燈の近くに座った。


「単刀直入に聞くが君は里の外で人を殺したろう」


「あぁ」


 慧音の抜き身な問いかけに、川上はなんでもないかのように頷いた。


「夜盗と思われる二十数人を斬ったのは君だな」


 川上は何かを考えるように視線が斜め上を行き、しばらくして頷いた。


「あぁ」


「……君、煙草は持っているか?紙巻だが」


 その問いかけに川上は懐のゴールデンバットを取り出すと慧音に放って寄こした。


 慧音はそのソフトパックのスペルを確認した。当たりだ。この男こそ詳細不明の人斬りだった。


 慧音は、 煙草のパックを川上に返した。川上はそのまま吸っていいかと聞き、慧音は頷いた。


「あれを斬ってはまずかったろうか?」


 川上は煙草を一本咥えマッチで着火して一服して言った。


「いや……その時の状況を聞かせてくれるか」


 慧音の言葉に川上はその時の事を端的に説明した、ある夜夜盗に狙われたから切り払った。要約すればそれだけであった。


「唐沢君を斬ったのも君か?小柄だが精悍で腕が立つ君とそう変わらない青年だ」


「誰だそれは?」


 慧音の問いかけに川上は全くピンと来ていないような答えを返した。


「……この里で阿求を助けたのも君だろう。稗田阿求と名乗る少女だ」


「だから誰だ?」


 続けての問いにも川上はそう返すしかなかった。ふと、部屋の隅で静観していた妹紅が苛立ったように口を挟んだ。


「白を切ってるのか。阿求があんたと会ったと言ってるんだよ」


 妹紅は自身が殺された事も重なってか、川上に悪感情が強く目付きが険しい。そう言われても川上は何処か醒めた視線を返す。


「正直に答えた方がいい。ここで煙に巻いても里を出たら炭にされては意味がないだろう?」


「炭にしたければ好きにするといい」


 恐喝に近い妹紅の言葉に、川上は興味を無くしたように妹紅から視線を切って言った。ピクリと妹紅の眉が上がった。


 言外にやってもいいがただやられるつもりはないという態度だった。妹紅は怒りを感じると同時に畏怖に近いものも感じた。


 これはヤバい類のモノだ。何がと言われればこの男の態度、結果的に本当に炭になろうがなるまいが特に思うところがないのだ。一番危ない。


「落ち着け妹紅。……暴漢に絡まれた時に君に助けられたと言う少女がある。若草色の着物に、紫がかった髪に花の髪飾りのまだ小さい少女だ」


 川上は少し考えて答えた。


「おそらくその相手とは会った、とは思うが助けてはいない。上手く使われただけだ」


「覚えていたようで安心した。唐沢君は君を見定めると言って里を出たが……首を失った状態で見つかった。君が斬ったのか?正直に答えてくれ」


 川上は2本目の煙草を取り出して咥えた。また少し考えて口を開いた。


「おそらく」


「おそらく?」


 その曖昧な答えに慧音はおうむ返しに言った。また煙に巻くつもりかと妹紅が眉を顰めた。しかし、どうもお為ごかしを言っているようにも慧音には見えなかった。


「俺にかかってきた相手は殆ど斬った。その唐沢なる者が俺を狙ったのならおそらく俺が斬ったのだろう」


「……名前は?聞いていないのか」


「聞いたかもしれないし聞いていないかも知れない」


 川上は紫煙を吐いて言った。慧音はいよいよ薄気味悪いものをこの男に感じていた。この男、嘘は言っていない、斬った相手など本当にどうでもいいのだ。


「……慧音」


 妹紅が口を挟んだ、ヤバイぞ、どうする。と。


「この世界の法はあまり詳しくない。それらの者を斬ったのが俺だが、俺は死罪か?」


「……そうだと言ったらどうする?」


 妹紅の言葉にすっと川上は目線を向けた。深く一服して紫煙を吐いて投げやりにポツリと言った。


「どうしたものか」


「君は外来人だろう、普段はどこにいる」


 慧音が質問した。背格好や活動期間、外来品の煙草などこの男が外の人間だというのは明らかだった。しかしよく見る外来人とは色々明らかに違う点もあるが。


「紅魔館に」


「……斬った相手は盗賊。里の外での人間に対する殺傷も現状、里の人間ではない君を罰する根拠は持たない」


「ふむ」


 慧音は硬い声で言った。川上は相槌を打ちながら煙草を携帯灰皿でもみ消した。しかし慧音は続けた。


「個人的な事を言わせて貰えば唐沢君と彼の遺族を考えると仇を取りたいという衝動を抑えている事を承知して欲しい」


 硬い声、そう慧音は冷たく鋭い眼で強く川上を見据えて言った。妹紅も少々驚いたように慧音を見た。


「彼が子供の頃から私は知っているし、勉学も教えた。彼は強く、心ある男だった」


 川上は慧音に取っても浅からぬ仲の人間の仇なのだ。自身が殺した縁者の怒りにさらされた殺人者はしかし。


「ふぅん」


 どうでも良さそうに鼻を鳴らしただけだった。


「お前、人間か?」


 妹紅はそう侮蔑を込めて川上に言った。


「ならどうしろと?」


 それに対して川上は問いを返した。


「殺しておいてから、申し訳ないと謝れと?」


 三本目の煙草に火をつけながら言う川上の口調は何処か吐き棄てるかのようだった。


「お悔やみの言葉の一つでも言えばいいのか?」


「生憎、殺した相手の事などどうでも良い」


 その言葉を最後に部屋には暫し沈黙が流れた。


 最初に口を開いたのは妹紅だった。


「慧音」


「殺そう」


 それに慧音は俯き首を振った。


「いや」


 慧音は顔を上げて川上に言った。


「外の世界に帰れ」


 それは命令口調であった。妹紅がちっ、と小さく口の中で舌打ちした。


「君は人を不幸にする」


 硬く冷たい声で慧音は続けた。


「君のような人間がいれば必ず紅魔館にも災いを呼ぶだろう」


 慧音は言った。レミリアは川上を業物であると考えた。慧音の評価は違う、この男は災禍を呼ぶ妖刀だ。


「ここに君の居場所は無い。元いた何処に帰れ」


「ならば何処にならある」


 慧音の言葉に川上は口の中だけで小さくそう言った。自問じみたそれに慧音には聞こえなかったが妹紅は微かに聞いた。


「話はそれだけだろうか」


 川上の言葉に二人とも答えなかった。川上は最後に深く一服すると煙草を消して刀を取り立ち上がった。


「失礼する」


 それだけ言って退席しようとした川上だったが。


「——わきまえろよ」


 その背中に唐突に言葉を投げかけたのは妹紅であった。川上の足が止まる。


「無い。お前みたいな日陰者はお天道様に背を向けてやっていくしかない」


 それは川上に向けた言葉であるが、同時に人としての道を外れた妹紅の生涯から溢れでた言葉だったのかも知れない。


「お前みたいなのが我が物顔で日向を歩けると思うな——身の程を知れ」


 妹紅のその言葉を背を向けたまま最後まで聞き入れると、川上は何も言わず今度こそ退室した。


 残された二人の間には後味の悪い空気だけが残った。

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