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 紅魔館の一室。


 ここは誰の部屋でもなく、またどう使ってもいい数多の空部屋の一つ。


 フランドールはソファーの上で、紅魔館門番の紅美鈴の膝枕で横になり、ぼんやりとした眼をしていた。


 紅美鈴は少し困ったような表情で、しかし慈しむように膝の上のフランドールの髪を梳いていた。


 何故ここにフランドールと美鈴がいるのか。美鈴は単に今日は(いとま)が出されている。ちなみに今門番をやっているのは下っ端使用人川上である。たまの休み、どうしようかと思っていたところ、フランドールに捕まり引っ張られてきたのだ。


 フランドールは何故ここにいるか。そういう気分だったのだ。今日はあまり人に会いたく無い、一人になりたいと。しかし同時に矛盾するように、一人にもなりたくなかった。だから美鈴を捕まえ誰もこない部屋にいた。


 横になってしかし眠らずに倦んだような眼で表情を動かさないフランドールは名前の通り何処か人形(ドール)めいていた。


「どうしたんですか、妹様」


 いつもとは違う何処か危うげな儚さを感じさせるフランドールに美鈴は気遣わしげに尋ねる。


「別にどうもしないけど」


 高く、しかし感情を感じさせない声はりん、と鳴る風鈴のようだった。ガラスのように透き通って、あまりに冷たかった。


 そう別にどうした、という訳ではない。ふとした時に襲われる感覚だ、自分は何をするべきなのか。一体何をしているのか。何をしようが意味はない(・・・・・)のではないか。


 そんな事がぐるぐると頭の中を回り、やがて考えるのにも疲れてしまう。虚無感とでもいうべきものにのしかかられ疲れる。


「|She went and hanged herself and then there were none.(一人が首を吊って、そして誰もいなくなった)」


 流れるように口にしたフランドールの言葉に美鈴はどきりとした。たまにフランドールが口にする有名な一節。単なるお気に入り、であるのか。


「誰も」


 美鈴は優しい、しかし僅かな苦味の混じった笑みを浮かべて言った。


「誰も、妹様を一人になんてしませんよ」


「嘘」


 フランドールはそれを無邪気に信じられなかった。実に495年間、495年間だ。彼女が暗い地下の底で一人ぼっちだった期間。


 フランドールは人形(ドール)には成り切れなかった。ただ美鈴の言葉に縋る事が出来ないのだ。


 ふと思い出す。かつて何も考えずにすんでいた頃。初めて人間と、思い切り遊んだ時のこと。白黒の魔法使い、自身を前に引くことなど知らぬと不敵に笑った彼女。眩しかった。あれから色々余計な事を考えるようになった。


 ——あの魔法使いは何と言っていたか、あの一節はフランドールの知らないものだった。


「She got married and then there were none…」


「?それは」


 また流れるように呟いた硬く澄んだフランドールの言葉に美鈴は問い返す。


「魔理沙が、いっていたの。なんでかな?結婚なんて出来る訳もないし、してもしょうがないのに」


「どういう意味だったんだろう?」


 ねぇ、魔理沙。


 あなたはわたしとちがって光ってて綺麗だね。


「そんなの簡単ですよ」


 美鈴は自身の膝の上で独白するフランドールを撫でながら優しく笑った。あの泥棒も洒落た事を言うものだと思いながら。


「She got married and then there were none」


「幸せになれよ。です」


 美鈴の優しく、しかし強い断言に、ガラス玉のようなフランドールの紅い瞳が光を帯びた。やがて瞳は濡れていき瞳から雫が止めどなく溢れだした。


 透明な涙が美鈴の膝を濡らす。美鈴はただそんなフランドールの頬を撫でていた。


 大丈夫、私が生きてる限りは一緒にいます。


 そういつか、何処かで誰かが口にした誓いに良く似た事を美鈴は思う。口にはしなかった、口だけではなんとでも言える。嘘にしない為の方法は美鈴は一つしか知らない。


 実行し続けるだけである。





 博麗の巫女は妖怪退治の専門家である。妖怪に怯える人里の人間にも、危険な妖怪という脅威に対する切り札という認識だ。


 しかし、人里にも退魔を生業とする存在がいないわけではない。とりわけ人里で名門とされ代々続く陰陽道の家系が一つ。陰ながら人々に頼りにされている存在だ。


 特に当代の当主は陰陽術師として凄腕である。既に齢は七十を過ぎ御隠居の身であるが、博麗とも技術交流があった。


「これだ、確認しな」


 人里でも目立たない小屋の中でその安っぽい和風に身を包んだ白髪の術師が、紙片を差し出し言った。


 博麗霊夢はその無地の紙片の束をパラパラと確認した。懐から金を出して術師に渡して告げた。


「問題ありません。これで」


 術師は渡された金額を確認もせずにぞんざいに傍らの袋に入れた。そして年季が入り味わいのある風体の煙管を取り出し、箱からひとつまみの刻み煙草を取って丸めて煙管に詰めた。


「嬢ちゃんもでっかくなったなぁ」


 術師はふっと笑ってそういった。泣く子も黙る博麗の巫女相手に嬢ちゃん扱いである。皺が深く頑固そうな顔つきだが笑みを浮かべると案外に愛嬌がある。しかし眼が並々ならぬ鋭さを備えていた。


「そうでしょうか」


 霊夢の答えは素っ気なく、あまり表情も変わらなかった。術師はマッチで火を付け煙管を一服し濃い紫煙を吐いた。


「あぁ、先代は真面目だったが嬢ちゃんとじゃあな。先代には悪いが比べるのが馬鹿らしくなっちまう」


 でっかくなった、というのは技量としての意味もあったのかそう術師は言った。また煙管から一服。


「ありがとうございます」


 霊夢は先代の技量など知らない。自身の技量にもあまり思う所がないのか、返礼は言っているだけという感じが強い。


 ふっと笑って術師は煙管から左手の平にまだ火種の残る灰を落とした。煙管を咥え右手でまた刻み煙草を丸めて詰めると左手の火種を継いだ。


「今日は失礼します」


 そう言って霊夢はもう用はないと言うように踵を返した。彼女は仕事に使う札の素体を買い求めに来たのだ。札はまず紙を用いて色々仕込みそれを素体とするのだがこれが面倒な作業なのだ。無論霊夢も出来るが腕の確かさから、霊夢はこの術師に委託していた。


「そうだ、少し気になったんだがな」


「はい」


 退出しかけた霊夢に何気ない口調で術師は問いかけた。霊夢は背を向いたまま首だけで振り向き応じる。術師は深く一服してから言った。


「作らせたネタなんだかよ、それ普段使う奴を作るんじゃあねぇよな」


 術師は紫煙を吐いて言った、飄々とした軽い口調ながらに何処か鋭さがある。


「ごっこ遊びには過ぎる。退魔札、だけじゃない。そこまで手の込んだネタを元にすりゃ霊力、いや神力にすらやり様によっては干渉するモノも出来るぜ。妖怪だけじゃなく人間やら神さん相手とでもやらかすのか」


 まぁ、俺のネタがいいからだからだがな。と冗談交じりに術師は継ぎ足した。霊夢は初めて小さく笑みを見せた。


「一応もしもの事も考えるのも博麗()の仕事なので」


「そうか、ごっこ遊びのルールが出来ても、まぁそこらへんは変わらねぇか」


 術師も本当は全て承知なのだろう。そう言って最後の一服を吸った。霊夢も一言残して今度こそ小屋を出た。


 術師はトンと叩き煙管の灰を落とした。

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