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殺陣でるろうに剣心の追憶編を超えるアニメは恐らく二度と現れないだろう。

 紅魔館、屋上


 そこで庭に佇む少年を見下ろして立つのは、レミリア・スカーレットだった。彼女はその幼く愛らしい顔に普段とは違う雰囲気の陶然としたような薄い笑みを浮かべていた。


 見下ろされたやや小柄な少年は見かけの上の歳からはややそぐわない黒のレザーの上下にシルバーのアクセサリーで身を固めている。その少年も灰色の眼の瞳孔が開き光を増して、獰猛な笑みを浮かべている。歓喜を感じているのは明らかだ。


 見かけはまだ幼さが拭いきれぬ少年だが、妖怪としてどれほどの力を秘めているのか。力でもって美鈴を無傷で撃破した事からして実力は明らかに超常のレベルであることに違いはない。


「貴方が欲しいのはこの館かしら、それとも私?」


 レミリアの甘い問いかけに少年の目線が強くなり真っ直ぐにレミリアを見据える。それは言葉よりも雄弁な意思表示。目の前の(レミリア)の命が取れるなら他に何もいらないと。


「全く、そんな眼で見つめられるとこっ、ちも熱くなってしまうじゃない」


 レミリアの台詞が途中で途切れかけたが、戸惑いに揺れながらも言い切った。


 彼女は見たのである、ボロボロの美鈴を肩に担いで正門から少年の方へと歩いてくる川上の姿を。


 何やってんのよあの子は、いい所なのに。

 

 そう思ったが、レミリアは気を取り直して言葉を紡ぐ。僅かに萎えかけた闘志を高めるために。


「今夜は三日月、大して力が湧かないけれど……まぁ、簡単過ぎてもつまらないしいいでしょう」


 レミリアは月を仰いだ。妖怪は月の満ち欠けに影響を受けるが吸血鬼であるレミリアは特に月の影響を強く受ける。


 発揮出来る妖力は月が満ちるのに比例して高まるが、大きく欠けている三日月では大した力は出せない事になる。だがそれで良い、本人が言った通りこのくらいが面白い。


 満月ではレミリア・スカーレットは無敵(・・)。それではせっかくの闘争が味気ない。


 川上は扉を開いて館の中へと戻っていった。


「貴方喋らないわねぇ、ウチにいる猫より無口だわ」


 その言葉を受けても少年は口を開かない。早く、早く()ろう。そう眼が訴えていた。


 レミリアは語りながら闘志を、殺意を、高めに高めていた、爆発に向けて。


「言葉は不要、かしら。じゃあそろそろ始めましょうか」


 そして今それらは余りに高まりその圧力に今か今かと解放の瞬間を待ちわびている。


 レミリアはトン、と縁を蹴り、屋上から身を投げ出して空中で静止した。そして炎のように鮮やかな紅がその身から立ち昇る。


 それまで不可視だった妖力が常人にも見える程の密度で解放されたのである。その紅は攻撃性と闘志を意味する色。端的に危険性を表すその色がレミリア・スカーレットの本質だったのかも知れない。


 少年も応じるように嬉々として妖力を体内で収斂する。放出させているレミリアとは対象に溜めに溜める。


 レミリアの手から放出された紅が一つの形を作る。妖力が集まり2メートル程の朱槍として顕現した。


 北欧神話の英雄の槍にあやかり、グングニルと名付けられた槍。魔である自身が持つそれに神槍の名を冠したのはレミリアの皮肉だったのかも知れない。


 しかし、その紅い槍に込められた思いは端的だった。強く、ただ強く、より強く。その願いのもと編み込まれた槍は禍々しくありながらも神々しくすらあった。


「久しく忘れていたけどいいものね」


 ふと、レミリアは郷愁を覚えているような穏やかな笑みを浮かべて言った。


「この闘争(ころしあい)に臨む時の空気、血が滾って、魂が震えるよう。貴方もそう思わない?」


 問を向けられた少年は答えない。しかしその歓喜と殺意に満ち満ちた顔は否定をしているようには見えなかった。


「今夜くらいはかつての私に戻るのも悪くないわ。楽しませてね」


 その言葉に応じるように少年は地面を蹴り、弾丸のようにレミリアに襲い掛かった。





 紅美鈴は紅魔館の一室で目を覚ました。


「気がついた?」


 美鈴は直ぐに跳ね起きようとしたが身体が全く美鈴の命令を聞かなかった。どこかを動かそうとするだけで全身に激痛が走る。人間なら四回は死んでいるだろうダメージだった。


 パチュリーにより治療は終わっており、極めて頑丈な肉体をもつ妖怪である美鈴ならしばらく安静にしていれば回復は早いであろう。しかし流石にすぐさま動ける程の軽い傷ではない。



「寝ていなさい、もう大丈夫だから」


「敵は!?」


 咲夜の言葉も聞かず美鈴は問いかけた、自分の身体の事などどうでも良い。ただ自身が止められなかった敵の現状をどうにかしなければという思いだけだった。


「お嬢様が出たわ」


 咲夜はそんな美鈴に端的に事実を伝えた。美鈴はそれを聞いてベットの上で項垂れた。


「…すみません咲夜さん、門を、守れませんでした」


「そうね」


 苦渋を滲ませて言った美鈴に咲夜は短く答えただけだった。美鈴は奮戦したが敗北した。実戦というのは過程がどうであっても勝ちか負けか、生き残ったか死んだか。結果が全てである。労いも慰めも無意味であると咲夜は知っていた。


「すみません。私さえ不覚を取らなければ、お嬢様のお(・・・・・)手を煩わせず(・・・・・・)に済んだのに!」


 その美鈴の言葉は自身の主人の敗北の可能性を考慮に入れる何処か、その発想がそもそも美鈴の中には無いようだった。


 美鈴は知っているのだ。レミリア・スカーレットが本気で闘争(ころしあい)に臨んだ時、勝利という結果にしか収束しないという事実を誰よりも。


「そうね」

 

 咲夜はそれだけをいい、手を伸ばして美鈴の頬を撫でた。


「ならもっと強くなって今度はお嬢様に楽をさせてあげなさい」


 咲夜も美鈴同様に主人の闘争に敗北がない事を知っていた。そして敗者が出来る事はより強くなるしかない事を。敗北して次がある事自体が僥倖なのだから。


「なれ、ますかね。私ももっと強く」


「なれるわよ」


 弱音とも取れる美鈴の口調に咲夜は笑って断言した。


 そう強くなれる。本当の強者はいつだって敗北の苦渋を知りどん底で泥を啜った弱者の中から生まれるのだから。




 中空で紅の槍と紺の剣が交わり弾けた。


 力に押され後方に吹き飛ばされた少年は空中で見えない壁があるかのようにそこに足で踏みとどまり、溜めるように足を曲げて強く宙を蹴り矢のようにレミリアに向かい跳躍した。


 一瞬でレミリアの懐に肉薄した少年は、右手の紺の剣でレミリアの胸を貫き、そのまま遥か後方まで撃ち抜く。


 剣に串刺しにされたレミリアは下方に吹き飛ばされて大木にぶつかり磔にされる。


 それを上空から少年は嬉々とした表情で見下ろしていた、やはり見えない地面があるかのように空中で立って。


 彼は自身の妖力を右手に送り所々が黒く沈む濃い青色、紺の剣をもう一振り練った。剣といえどエネルギーの塊なので不定形ではあるが刀身に当たる部分と柄に当たる部分との間、ヒルトと思われる部分が異様に大きくせり出しまるで十字架のようだった。西洋のロングソードに近いフォルムか。

 

 今の一撃は並の妖怪なら挽肉状のミートソースになっててもおかしくない威力であった。しかしレミリアは原型を保っている、だが普通に考えてダメージがないわけはない。


 しかし張り付けになったレミリアが一緒黒い霧に包まれて、そこから大量の蝙蝠が飛び去るともうそこには大木に突き刺さった紺の剣しか残らなかった。


 大量の蝙蝠が少年の目の前で集まって黒い霧となり、一瞬の後にはもう無傷のレミリアがそこにいた。


「今のは中々効いたわよ」



 そう陶然とした声で嘯くレミリアに少年は楽しくて仕方ないというようにさらに獰猛な笑みを深くする。だんだん人間離れして——もともと人間ではないが——いよいよ獣じみた形相になってきていた。


 二人は戦う内に館から大きく離れており、すでに湖を超え森の上空だった。


 レミリアが神速で距離を詰めざまに槍を横殴りに振るったが、それより早く宙を蹴って飛んだ少年は遥か上空にいた。


 そして二度、三度とやはり中空を蹴って方向転換してレミリアに向かって真下に跳んで(・・・・・・)きた。


 即座に両者は交錯して、槍と剣を合わせる。今度は力負けする前に少年は見えない壁を叩くように左手で中空を叩き横に飛び、そしてまた宙を蹴ってレミリアの下方へと斜め下に跳び、すれ違い様にレミリアの右足を切り飛ばして言った。


「速いわね」


 下へと跳んだ少年は地表近くでまた方向転換しつつ数回宙を蹴ってあっという間にレミリアより上空にいた。


 少年は妖怪としては特異な空中移動をしていた。空中で自在に不可視の壁を作り、それを足場にして跳躍を繰り返して移動しているのだ。すなわち飛ぶのではなく跳んでいる。


 方向転換するにも壁を利用して跳躍する必要があるので通常の飛行に比べて小回りが効かない。しかし妖怪としても圧倒的な身体能力を用いて跳躍するという移動法はその欠点を補って余りある速力と移動距離があった。


 少年が本気なら1キロの距離を一回の跳躍で超える事が出来たろう。


 レミリアの失った足に黒いコウモリがチキチキと集まり、すぐに元通りの足に再生した。


 そのまま上空の少年に向けて赤い妖力をレーザーとして三条放つが、少年は既にそこには居ない。レミリアは直感的に真横を槍で刺突する。惜しくもすれ違う少年の脇腹の肉を削り飛ばしたが代償にレミリアは首を飛ばされた。


 首を失い墜落するレミリアに少年が上から打ち下ろしに投擲した幾振りもの紺の妖剣が大量に殺到してレミリアの肉体を跡形ものなく消し飛ばし、さらに地面をクレーター状に削った。


 クスクスと愛らしさと妖艶さが混じった笑い声が先行して、すぐにまた中空でコウモリが集まりレミリアを形作った。


 いくら殺しても再生する不死身性を見せるレミリア。常人なら殺しても殺しても死なないという事実だけで戦意喪失していただろう。殺し続けるというのは想像を絶するストレスを伴うのだ。


 しかし少年は笑っていた。嬉しい、楽しいと。


 実際の所少年は速力に加えて巧くもありレミリアばかりが攻撃を貰っていた。被撃率はレミリアが五もらった所でようやく少年に一撃入るかどうかといった所だ。


 レミリアの不死身性故に致命傷にはならないがレミリアの攻撃も凄まじいタフネスを誇る少年に有効なダメージが通らない。互いに決定打がない。


 しかし再生するにも妖力は使う。このまま殺され続けていれば妖力が尽きるとはどちらが先か。


 ——いや


「楽しいわね」


 レミリアは弾んだ声で告げた。


「楽しくて、いつまでも続けていたくなるわ。でもこれ以上は霊夢にでも邪魔されたら事ね」


 どちらかが力尽きるまで続きはしないだろう。こんな派手に闘争行為を起こっているのだ、いつ管理者側の介入が来るかわからない。


「だから残念だけど、そろそろ幕を引きましょう」


 その言葉を聞き少年は拗ねたような顔をした。楽しくて仕方ない遊びを止められた子供のように。


 レミリアはコウモリに分解して。高高度で集まり顕現した。


 その姿を見て、終わりを宣告され浮かない顔をしていた少年の眼が尋常ではない光を帯びた。


 レミリアが本気になった。辺りの空気は一変した。漏れ出ている妖力の質が変わり空気が重さを増した。


 それだけでレミリアが次の一撃を決着とする意思が明瞭に少年に伝わった。


 レミリアは右手の槍に妖力を流し込む。次の攻撃や再生に使う為の余力など考えずに莫大な妖力を槍へと。


 凄まじい量の力を送り込みながらレミリアはそれが槍の外に漏れぬようにコントロールし、僅か2メートルの槍の中へと込める。僅かな器に過ぎた妖力を圧縮する、圧縮し、圧力を高めに高める。


 その気なら攻撃を仕掛けて妨害する事も出来たはずだが少年はそれをしなかった。少年の眼に決死の光が宿った。


 レミリアの槍は凄まじい圧力に耐えきれないというように唸りを上げ始めた。そのただそこにあるだけでその場にいるものを跪かせるような圧倒的な力を感じさせる朱い槍。まさしくそれは神槍(グングニル)の名に相応しいものだ。


 その槍からは何人も逃れ得ない。それを破るには——


 少年もまた自身の余力の全てを一振りの紺の剣に込めた。


 真っ向から打ち勝つ他ないのだ。


 もはや二人の間に言葉はなく。最後の最高の刹那へと示し合わせたように構えた。


 レミリアは自身を一個の射出装置として左手を真っ直ぐ少年へ向けて突き出して照準して右腕と上体を一杯に使って大きく槍を振りかぶった。


 そして逃れ得ぬ神槍に狙いを付けられた少年もまた剣を両手で背中につくくらい大きく振り被る。


 来る。


「うおぉぉぉっ!」


 その瞬間少年は力の限り咆哮した。死へと向かう刹那に、百年振りに得た生きているというこの上ない実感。最高の充実を感じて叫び、そして渾身の力で剣を振り下ろした。


 レミリアもそれに合わせて、神槍(グングニル)を少年に向けて投げた。


 瞬間、紅い閃光が少年へと走り。一瞬遅れて圧縮されていた妖力が解放されて周囲50メートルを紅いエネルギー波に飲み込まれた。


 決着は一瞬だった。


 妖力の炸裂が収まると大きくクレーター状に陥没した地面には槍を自らの全てを捨て迎撃した少年の体は跡形も残っていなかった。


 ここに一人の妖怪は死んだ。


「さようなら」


 レミリアは一抹の寂しさを感じさせる微笑を浮かべて言った。


「久々に楽しい闘争(ころしあい)だったわ」


 でも、今夜は終わり。


 だから


「また一時の和を楽しみましょう。ゆっくりと流れる陽だまりの中で微睡むような心地の良い時間を」


 そしていつかくる闘争の時 その時は願わくば


「次はもっと激しい(おぞましい)闘争を望むわ」


 レミリアは決着の場に背を向けてクスリと一つ笑った。



 決着の時、その槍の起こした振動が伝わり暗い部屋に揺れが走った。


 その部屋のベットの上で揺れにも関せずに川上は横向きに既に寝息を立てていた。

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