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『サイコパスな幼なじみギャルが俺を好きすぎて、GPSを持たせようとしてくる。義妹も先輩も倫理観がバグっているので、俺の青春が毎日修羅場です』  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


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第1話 幼なじみギャル、俺にGPSを持たせようとしてくる

 朝から、嫌な予感はしていた。


 別に、空が曇っていたわけじゃない。むしろ天気は腹が立つほどよかった。四月の朝らしい薄い青空に、校舎へ向かう生徒たちの声が軽く溶けている。コンビニの前では同じ制服の男子が肉まんをかじっていて、駅へ向かう自転車のベルが遠くで鳴った。


 何もおかしくない。


 おかしいのは、俺の幼なじみが、通学路の曲がり角で仁王立ちしていたことだ。


「おはよ、悠真」


 天宮リカは、朝日を背にして片手を上げた。


 金色に近い明るい髪が、ふわっと肩の上で揺れる。制服は校則違反にならないぎりぎりのラインで着崩されていて、赤いリボンも少しだけ緩い。耳には小さなピアス風のイヤーカフ。指先には淡いピンクのネイル。


 黙っていれば、普通に可愛い。


 明るくて、距離が近くて、クラスでも目立つ。誰とでも話せるタイプの、いわゆる陽キャギャル。


 ただし、俺は知っている。


 天宮リカは、普通のギャルではない。


「……おはよう」


「うわ、声低っ」


「朝だからな」


「違う。朝だからじゃない。昨日、寝たの二時過ぎでしょ」


 俺は足を止めた。


「なんで知ってる?」


「目の下。あと、歩幅。いつもより右足の出方が雑。鞄の持ち方も右肩寄り。寝不足の日の悠真、だいたいそう」


「怖い怖い怖い」


「怖くないし。幼なじみの健康管理だし」


「幼なじみは健康管理しない」


「する幼なじみもいるかもじゃん」


「少なくとも俺の知ってる青春漫画には出てこない」


 リカは首を傾げたあと、にこっと笑った。


「じゃあ、あたしが初じゃん。よかったね、レアキャラで」


「よくない。朝から自分の生活習慣を解析される側の気持ちになれ」


「えー。でも悠真、放っておくとすぐ寝不足になるし」


「高校生なんてだいたい寝不足だろ」


「昨日の夜、何してたの?」


「課題」


「本当に?」


「……半分くらい」


「残り半分」


「動画見てた」


「何分?」


「尋問?」


「確認」


「言い方を変えるな。中身が尋問なんだよ」


 リカは不満そうに唇を尖らせた。


 その顔だけ見れば、ただの可愛い幼なじみだ。


 けれど、この女は本当に聞いてくる。俺が何時に寝たか。朝飯を食べたか。誰とメッセージをしていたか。帰りが遅ければ、なぜ遅かったのか。体調が悪そうなら、どこがどう悪いのか。


 しかも怖いのは、だいたい当ててくるところだ。


「で、朝ごはんは?」


「食べた」


「何を?」


「パン」


「何パン?」


「……パンはパンだろ」


「甘い系? しょっぱい系? 惣菜パン? 菓子パン? タンパク質は?」


「リカ」


「ん?」


「俺は今、朝飯の聞き取り調査を受けているのか?」


「違うよ。恋バナ」


「どこがだよ」


「好きな人の朝ごはん聞いてるんだから、恋バナじゃん」


 さらっと言うな。


 通学路だぞ。前から一年生っぽい女子が二人歩いてきてるんだぞ。聞こえたらどうする。


 俺は思わず周囲を見た。幸い、近くの女子たちは自分たちの会話で盛り上がっている。


 リカはそんな俺の反応を見て、少し楽しそうに目を細めた。


「照れた?」


「警戒した」


「同じようなもんじゃん」


「全然違う」


「悠真ってさ、あたしが好きって言うといつも逃げ場探すよね」


「お前の好きは、たまに避難経路が必要なんだよ」


 リカはきょとんとした。


「避難経路?」


「比喩だよ」


「でも、避難経路は大事だよ。学校の避難訓練、ちゃんと真面目にやったほうがいいし」


「そこで真面目になるな。話がややこしくなる」


「悠真の安全に関わる話は真面目になるよ」


 その言い方が、少しだけ静かだった。


 俺は返す言葉を一瞬だけ失った。


 リカは、たぶん悪気がない。


 俺を困らせたいわけでも、支配したいわけでも、たぶんない。いや、たぶんという単語を入れたくなる時点で問題はあるのだが、少なくとも本人の中では純粋な心配なのだと思う。


 俺が疲れていれば気づく。風邪気味なら気づく。嫌なことがあっても気づく。


 ただし、その気づき方と、その後の行動が、常識の線を時々またぐ。


 いや、時々じゃない。わりと頻繁にまたぐ。


「でね、悠真」


 リカは歩きながら、鞄からスマホを取り出した。


 俺は反射的に身構えた。


「なんだ」


「そんな顔しなくてもよくない?」


「お前がスマホ出す時、ろくなことにならないから」


「偏見じゃん」


「経験則だ」


「今日は良い提案です」


「嫌な予感しかしない」


 リカは画面をこちらに向けた。


 そこには、地図アプリのような画面が表示されていた。見慣れた街の道路。駅。学校。そして、現在地を示すピン。


 俺は無言でリカを見た。


 リカは満面の笑みで言った。


「位置共有アプリってあるじゃん」


「却下」


「まだ何も説明してない」


「説明される前に分かる」


「違うって。GPSじゃないよ?」


「地図が出てる」


「位置共有」


「GPSだろ」


「言い方って大事じゃん。GPSって言うと監視っぽいけど、位置共有って言うと可愛い」


「言葉の服を着せ替えても本質は変わらないんだよ」


「でも便利だよ? 待ち合わせの時とか、災害の時とか、迷子になった時とか」


「俺は高校二年生だ。通学路で迷子にはならない」


「でも悠真、駅ビルで本屋探して迷ったことあるじゃん」


「あれはフロアマップが分かりづらかっただけだ」


「あと中二の時、夏祭りで迷子になった」


「屋台に並んでただけだ」


「連絡つかなかった」


「電波が悪かった」


「だから位置共有あったら安心じゃん」


「お前の中で全部そこに戻るのやめろ」


 リカは不思議そうに眉を寄せた。


 本当に分からない、という顔だった。


「なんでそんな嫌なの?」


「逆になんで嫌じゃないと思うんだよ」


「だって、悠真がどこにいるか分かるんだよ?」


「それが嫌なんだよ」


「でも、あたしが安心する」


「俺の不安は?」


「悠真、不安なの?」


「なるだろ。幼なじみに常時現在地を把握される生活」


「常時じゃないよ。必要な時だけ見る」


「その必要の基準を信用できない」


 リカは、少しだけむっとした。


「ひどくない? あたし、悠真のこと大事にしてるだけなのに」


「大事にすることと、位置情報を握ることは別だ」


「でも、悠真が見えないところで困ってたら嫌じゃん」


「困ったら連絡する」


「本当に?」


「本当に」


「悠真、わりと我慢するじゃん」


「……それは」


「ほら」


 リカは勝ち誇ったように笑った。


 こういうところが厄介だ。


 完全に間違っているわけではない。俺は確かに、ちょっとした不調や困りごとを人に言わないことがある。面倒をかけたくないし、だいたいのことは自分でどうにかなると思ってしまう。


 リカはそこを知っている。


 知っているから、踏み込んでくる。


 そして踏み込み方が、だいぶおかしい。


「なあ、リカ」


「うん」


「好きな相手を心配するのは、まあ分かる」


「うん」


「でも、心配だからって何でも知っていいわけじゃない」


 リカは黙った。


 朝の通学路のざわめきが、少しだけ遠くなる。


 俺は言葉を選んだ。ここで冗談にすると、たぶん伝わらない。


「俺にも、見られたくないこととか、知られたくないこととか、ある」


「……あたしにも?」


「リカにも」


「幼なじみなのに?」


「幼なじみでも」


「好きなのに?」


「好きでも」


 リカの表情が、ほんの少しだけ揺れた。


 さっきまでの明るいギャルの顔ではなかった。怒ったわけではない。拗ねたわけでもない。


 ただ、置いていかれた子供みたいな顔をした。


「そっか」


 小さな声だった。


 俺の胸が、少しだけ痛んだ。


 この痛みが面倒くさい。


 リカの提案はおかしい。間違いなくおかしい。そこは譲れない。


 でも、リカが俺を困らせたくて言っているわけではないことも、知っている。


 リカは俺の方を見ないまま、スマホの画面を消した。


「嫌なんだ」


「嫌というか、怖い」


「怖いかあ」


「怖い」


「じゃあ、怖くない言い方考える」


「言い方の問題じゃないって言ってるだろ」


「難しいね、恋愛」


「そこから学んでいくのかよ」


 リカは少しだけ笑った。


 いつもの笑顔より、ほんの少し弱かった。


「だって分かんないんだもん」


「何が」


「好きな人のこと、どこまで知りたいって思っていいのか」


 俺は返事に詰まった。


 リカは続けた。


「あたしはさ、悠真が昨日何時に寝たかも、朝ごはん食べたかも、誰と話して疲れたかも、全部知りたいよ。知らないと落ち着かない。悠真が見えないところでしんどい顔してたら、たぶん無理。めちゃくちゃ嫌」


「……重いな」


「うん。知ってる」


「知ってるなら直せ」


「努力はしてる」


「どのへんを?」


「今、勝手に入れてない」


「それは最低ラインだ」


「でも、あたしにとっては進歩」


 堂々と言われると、怒りきれなくなるからやめてほしい。


 俺たちはまた歩き出した。


 校門が見えてきた。生徒たちの声が増えていく。自転車置き場の方から笑い声が聞こえて、昇降口の前には先生が立っている。


 リカはスマホを鞄にしまった。


「じゃあ、位置共有は今日は保留ね」


「永久凍結で頼む」


「それは無理」


「無理なのかよ」


「悠真が好きだからね」


 だから、そういうことをさらっと言うな。


 俺が黙ると、リカは勝ったように笑った。


「あ、照れた」


「疲れた」


「朝から?」


「主にお前のせいで」


「じゃあ、放課後なんか甘いもの食べよ。糖分いるでしょ」


「話が飛ぶな」


「悠真の疲労回復プランです」


「そのプランに俺の意思は入ってるのか?」


「今から聞く」


「順番が少し成長したな」


「でしょ?」


 リカは嬉しそうに胸を張った。


 こういうところは、本当に可愛いと思う。


 怖い。重い。距離感がおかしい。位置共有アプリを真顔で提案してくる。


 それでも、彼女は俺の幼なじみで。


 俺の言葉を、ちゃんと聞こうとはしている。


 聞いたうえで、たまに変な方向へ全力疾走するだけで。


 昇降口に入る直前、リカがふと思い出したように言った。


「ねえ悠真」


「今度は何だ」


「今日、帰ったら一言だけ連絡して」


「位置共有の代案か?」


「うん」


「正直だな」


「ダメ?」


 リカは、俺の顔を覗き込んだ。


 派手な見た目に似合わない、不安そうな目だった。


 俺はため息をついた。


「……一言だけなら」


 その瞬間、リカの顔がぱっと明るくなった。


「ほんと?」


「ただし、連投禁止」


「何通まで?」


「一通」


「少なっ」


「一言って言っただろ」


「じゃあ、既読つかなかったら?」


「寝てるか風呂だと思え」


「倒れてる可能性は?」


「その発想をまず捨てろ」


「努力する」


「努力じゃなくて捨てろ」


 リカは笑った。


 その笑顔は、朝日より明るくて、少しだけ危ない。


「じゃあ、今日の目標。悠真の現在地を知らなくても我慢する」


「高校生の恋愛目標として聞いたことがない」


「初じゃん」


「またレアキャラ理論か」


「悠真、レアキャラ好きでしょ?」


「ゲームならな」


「あたしは?」


 問い方が、ずるかった。


 冗談みたいな声なのに、目だけは真剣だった。


 俺は靴箱を開けながら、わざと雑に答えた。


「幼なじみ」


「それ、答えになってなくない?」


「今はそれで勘弁しろ」


「今は?」


「揚げ足を取るな」


 リカは楽しそうに笑って、自分の上履きを取り出した。


「じゃあ、今は幼なじみでいいや」


「普通はそれで十分なんだよ」


「でも、いつかは足りなくなるかも」


「朝から重い予告をするな」


「予告じゃないよ」


 リカは上履きに履き替え、俺より一歩先に廊下へ出た。


 そして振り返る。


「予定」


 俺は頭を抱えた。


 俺の青春は、たぶん普通じゃない。


 少なくとも、好きすぎる幼なじみギャルに位置共有アプリを提案される青春なんて、普通であってたまるか。


 それでも。


 リカが廊下の向こうで、俺を待っている。


 俺が隣に並ぶまで、当たり前みたいに。


 その背中を見て、俺は小さく息を吐いた。


「……行くぞ」


「うん」


 リカは笑った。


 俺の現在地なんて知らなくても、今のリカには分かっている。


 俺は今日も、彼女の隣にいる。


 それがたぶん、天宮リカにとっては、何より安心できることなのだろう。

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