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告白

仕事じゃなくて、デート?のお誘い ~告白

作者: 時司 龍
掲載日:2026/03/05

 大樹(だいじゅ)は廊下の角で、(あや)を見つけた。


 ヒールの分も加わって、彼女の方が少し高い。視界のほんの少し上にある横顔。整いすぎていない、けれど目を引く輪郭。細い首筋。呼吸に合わせて、静かに上下する喉。

 視線が吸い寄せられる。

 通り過ぎるつもりだった。

 足が止まる。

 迷いは、ほんの一秒。


「・・・彩さん」


 意識して低くめに、落とした声。自分でもわかるくらい、意図的に。


 彩の肩がびくりと揺れる。

 振り向いた瞬間、近い。彼女が半歩下がる。背中が壁にふれる小さな音。その反応に一瞬近づきすぎたかと思う。

 大樹はそれ以上、追い詰めるつもりはない。


 ただ、動かない。


 それだけで距離は十分、近い。

 見上げる。

 睫毛の影。

 わずかに潤んだ瞳。

 少し開いた唇。

 息が、届きそうだ。


「すみません、急に呼んで」

「いえ・・・大丈夫です」


 視線が合わない。合わないのに、彩の頬が僅かに強張る。

 やっぱり、距離がある。


 昨夜、ふとスマホを閉じた後に思った。もしかして、インスタ見られたかもしれないな、と。別に誰に見られても困る内容じゃない。それでも彼女に見られるのは少しだけ意味が違う。


 でも今日は、それを確かめるためじゃない。


「ちょっと、お願いがあって」

「お願い、ですか?」


 少し警戒した声。彩の喉が、また大きく動く。その動きを追ってしまう自分に気づく。


「俺、まだ地元ネタ弱いじゃないですか」

「・・・そうですね」


 即答。容赦ない。

 その正直さに、笑いが漏れる。

 この人は、迎合しない。

 だから、信じられる。


「ですよね。商談で「あそこの和菓子屋」とか言われても、愛想笑いしかできなくて。雰囲気で乗り切ってて」

「乗り切れていると思いますよ」


 庇うような言い方。

 自分の評価より、相手の体裁を守ろうとする。


 そこだ。

 大樹が惹かれているのは。

 自分をよく見せようとしないくせに、他人にはきちんと向き合うところ。


 半歩、距離を詰める。


 詰めすぎないように。


「正直限界、きてます」


 わざと、肩を竦める。

 彩の口元が小さく緩む。その変化を見逃さない。

 更に半歩だけゆっくり距離を詰める。詰めすぎない位置で止まる。


「今度、時間もらえませんか」


一拍置いて、続ける。


「街、案内してほしいんです」


 沈黙。

 彼女がほんの少し横を向く。

 その動きで、耳元が近づく。

 その無防備さに、喉が熱くなる。


「彩さん」


 さらに低く声を出す。


 彼女の呼吸が止まる。

 声を落としても、確実に届く距離。


「彩さん」


 囁くように。

 胸の奥が、熱を持つ。理性が、確実に削れている。

 視線が、ゆっくり落ちる。


 唇。

 柔らかそうな線。

 そこから視線を上げるのに、時間がかかる。


 あと、ほんの少し。

 本当に、ほんの少し顔を寄せれば。


 息が混ざる。

 それがわかる距離。

 自分の呼吸が、彼女の頬にかかっているかもしれない。

 無意識に、体が前に傾く。


 止める。


 ぎりぎりで。

 切り替えろ。まだだ。まだダメだ。大樹は心の中で呟く。


「他に詳しい人いますよ・・・小林くんとか米山さんとか」


 予想通りの返答。自分を選ばない方向へ逃がす。


「いや」

 被せてしまう。少しだけ、強くなる。


「彩さんが、いい」


 声が掠れる。

 抑えているのに、温度が滲む。


 彼女の指先が震える。その指が、わずかにこちらへ向かう。

 ふれない。ふれないまま、空気だけが震える。数ミリの距離が、遠すぎる。


「どうして、私なんですか」


 掠れた声。

 見上げたまま、ゆっくり言う。


「一番、ちゃんと向き合ってくれるから」


それだけじゃない事はわかっている。


「目を逸らさないでくれるから」


 今、この瞬間みたいに。

 この熱が伝わればいい。

 距離は、もうほとんどない。息が混ざる寸前。あと一歩。踏み出せば、きっと戻れない。その境界線に立っている。


 本気で、踏み出しかける。


 息が重なる寸前まで、距離が縮む。ふれていない。でも、もうほとんど距離はない。


 その瞬間。


 廊下の奥から、足音。

 現実が割り込む。


 はっと息を引く。


 わずかに距離を戻す。

 空気がほどける。

 けれど、完全には冷めない。


「仕事として、お願いします」


 いつもの人懐っこそうな声で大樹ははっきり言う。

 それでも、まだ低い。


「助けてもらえませんか」


 ● ●


「助けてもらえませんか」


 ずるい。


 あんな距離で、あんな声で。掠れているのに、芯がある。


 普段の彼は明るい。軽やかで、人懐っこくて、場を和ませる声。


 なのに今は違う。落とした声の奥に、熱を含んだ重さがある。胸の奥に直接触れてくるみたいに。


 断る理由を探す。でも見つからない。理由もなく断れば、ただの冷たい人になる。断るには、距離が近すぎる。視線が、強すぎる。


 睫毛の影が揺れる。その奥の瞳が、まっすぐ絡んでくる。射抜くわけじゃない。

 包む。

 それなのに、縛られる。


 喉が乾く。


 彼の呼吸が、頬のあたりをかすめている気がする。


 気のせいかもしれない。でも、確かめる勇気がない


 むしろ。


 少しだけ嬉しい。あんなふうに見つめられて。見上げる形なのに、視線の強さで包まれる。あんな声で名前を呼ばれて。耳の奥に残る、あの温度。


「・・・半日で足りますか」


 口にした瞬間、自分でも驚く。


「足ります」


 即答。その迷いのなさが、危険だ。笑えば無邪気なのに。今は笑っていない。あの目は、完全に大人で。口元は静かで、目だけが熱を持っている。

 喉仏が、ゆっくり上下する。


 視線が、そこに落ちる。落ちた自分に気づいて、慌てて戻す。

 でも、遅い。

 彼は見ている。

 ふれていないのに、体温が伝わる錯覚。見られていた。


 あんなに長く。

 あんなふうに。


 視線が一瞬落ちたときの、あの静かな色気。息が止まりそうになった。

 わかっている。

 あれは仕事のお願い。


 でも。


 彼の色気は、無自覚すぎる。低い声が胸に落ちるたび、鼓動が揺れる。目を逸らさないで見上げてくるあの視線。身長は自分のほうが少し高いのに、なぜか支配される感覚。ふれられていないのに、追い詰められる。あの手に触れられたらどうなるのか、想像してしまう。指は細いのに、骨の線がはっきりしている。強く掴まれたら、逃げられない気がする。


 違う。

 これは仕事。

 クライアント対応の準備。


「日程は後ほど調整しましょう」


 事務的に言う。


「ありがとうございます、彩さん」


 また名前を呼ばれる。

 低く、ゆっくり。

 今度は、わずかに息を含ませて。わざとじゃない。わざとじゃないはずなのに、そう聞こえる。


 そう思いたい自分がいるだけかもしれない。

 勘違いだ。勘違いだ。呪文のように唱える。

 でも、今日は少しだけ近い気がする。

 廊下は、いつもの廊下なのに。

 デートじゃない。仕事。仕事。何度も心の中で言い聞かせる。


 それでも。

 街を並んで歩く姿を、想像してしまう。隣で響く低い声。人混みで、自然に近づく距離。見上げる目が、また真っ直ぐに絡んできたら。

 あの視線を、外で向けられたら。

 ほんの少し。ほんの少しだけ。楽しみにしている自分がいる。





読んでくださってありがとうございます(*_ _)

ポイントを入れてもらえると、嬉しいです。

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