地図が更新されたあとで
新しい地図は、
軽かった。
紙は薄く、
折り目は均一で、
印刷は鮮明だ。
そこには、
かつて空白だった場所に、
はっきりとした名称が記されている。
――再生遺構都市
アイレックス
凡例には、
安全度区分、
観測拠点、
推奨進入ルート。
赤い破線で示された道は、
迷うことなく中心へと続いている。
かつて、
道などなかった場所だ。
地図製作局は、
更新理由をこう説明する。
「安定した構造変化が確認されたため」
「危険性が大幅に低下したため」
「公共利用の可能性が生じたため」
正しい。
誰も、
異議を唱えない。
更新された地図は、
学校で配られ、
酒場の壁に貼られ、
旅人の鞄に収まっていく。
子どもたちは、
指でなぞる。
「ここが円形劇場だって」
「大きいね」
「でも、もう崩れないんだってさ」
大人たちは、
頷くだけだ。
「ああ、整備された遺跡だ」
「今は安全らしい」
地図は、
そういう情報しか載せない。
風の匂いは、
記号にならない。
石が息をつく音も、
縮尺に合わない。
ましてや、
最初にそこへ立った
二人の足音など、
載るはずがなかった。
研究者の一人が、
ふと首を傾げる。
「不思議ですね。
最初期の測量線、
なぜか“迷い”がない」
通常、
未調査地域の線は、
揺れる。
引き返し、
回り込み、
ためらった痕跡が残る。
だが、
最初に引かれた線は、
まっすぐだった。
まるで、
最初から
“行くべき場所”を
知っていたかのように。
だが、
それは議題にならない。
地図は、
完成している。
更新された地図の片隅に、
小さな注記がある。
※一部、
現地の植生変化により
進路が不明瞭になる場合あり。
その「一部」に、
草が生えている。
踏み固められた形跡のない、
細い道。
誰かが通ったはずなのに、
誰も、
使い続けなかった道。
風が吹くたび、
その草は揺れる。
だが、
地図の線は、
もう動かない。
世界は、
更新を終えた。
必要な情報だけを残し、
不要な物語を
静かに削除して。
それでも、
時折、
古い旅人が言う。
「昔の地図のほうが、
道に迷えた」
その意味を、
誰も問い返さない。
地図が更新されたあとで、
迷うことは
欠陥と呼ばれるようになった。
だが、
迷わなかった二人の道だけは、
なぜか、
どの版にも
載っていない。




