一度だけ、確かに
それは、
本当に偶然だった。
谷を抜け、
遺跡から少し離れた場所。
整備された道から外れた、
旧い踏み跡のそばで。
新世代の冒険者たちは、
予定よりも早く進みすぎていた。
装備の点検も、
記録の整理も、
想定より順調だった。
「時間、余ってるな」
誰かが言い、
別の誰かが地図を広げる。
そこには、
載っていない線があった。
正式なルートではない。
注意書きもない。
ただ、
薄く、
消えかけた鉛筆の跡。
「近道か?」
そう言って、
一行は足を向けた。
その道は、
かつて二人が
帰りに選ばなかった道だった。
理由は、
単純ではない。
危険だから、
ではなかった。
遠回りだから、
でもなかった。
ただ、
“戻るための道ではない”と
感じただけだ。
新世代は、
その感覚を持たない。
道は静かで、
問題はなかった。
途中、
崖の縁に近づく地点がある。
谷を見下ろす場所。
風が、
強く吹き上げる。
そこで、
一行の一人が立ち止まった。
理由は、
はっきりしない。
視界の端に、
動くものがあった。
崖の向こう側。
反対の斜面に、
人影がある。
二人だ。
距離は、
かなりある。
顔は見えない。
声も届かない。
ただ、
並んで歩いている。
片方は、
大きな荷を背負っている。
もう片方は、
身軽だが、
足取りが慎重だ。
風に乗って、
かすかな音が届く。
歌――
ではない。
音程はなく、
言葉も分からない。
だが、
確かに“声”だ。
新世代の冒険者は、
息を詰める。
「……誰かいる」
そう言った声は、
仲間に届かない。
風に、
消される。
崖向こうの二人は、
こちらを見ない。
見えたとしても、
意味はない。
時間が、
違う。
それだけだ。
二人のうち、
身軽なほうが、
一瞬だけ立ち止まる。
風向きが変わり、
視線がこちらをかすめる。
本当に、
一瞬。
目が合った、
ような気がした。
だが、
確証はない。
距離がありすぎる。
新世代の冒険者は、
手を挙げかけて、
やめる。
理由は、
自分でも分からない。
声をかけるべきでは
ない気がした。
次の瞬間、
雲が流れ、
視界が切れる。
再び見えたとき、
崖向こうには
誰もいなかった。
「見間違いか?」
仲間が言う。
「たぶんな」
そう答えて、
一行は歩き出す。
誰も、
それ以上触れない。
記録にも、
残らない。
だが、
立ち止まった者だけは、
しばらく風を気にしていた。
風は、
何も運ばない。
歌も、
名前も。
それでも、
確かにあった。
同じ場所。
同じ時間帯。
ほんの、
わずかな重なり。
一度だけ、
確かに。
それが、
すれ違いの限界だった。
二人は、
この先も進む。
新世代は、
別の道を選ぶ。
交わらないまま、
物語は分岐する。
そして――
この出来事は、
後から振り返られることもない。
なぜなら、
語る言葉を
持つ者がいないからだ。




