新世代は彼らを見なかった
彼らは、最初から知っていた。
谷の名を。
遺跡の名を。
「特別だ」という評判を。
だが、
始まりを知らない。
物心ついたころには、
すでに話は完成していた。
「アイレックス?
ああ、あの起きた遺跡だろ」
そう言う若者は、
実物を見たことがない。
だが、
見た気になっている。
なぜなら、
歌で聴いた。
噂で聞いた。
要約で知った。
それで十分だった。
彼らは、谷へ向かう。
準備は万全だ。
歌も覚えた。
条件も推測した。
過去の記録も読んだ。
「二人組だったらしい」
「だから、二人で行こう」
理由は、それだけ。
道中で、誰かが言う。
「最初に行ったやつら、
どんな人だったんだろうな」
少し考えてから、
別の誰かが答える。
「さあ。
重要じゃないだろ」
その言葉に、
誰も反論しない。
谷に着く。
遺跡は、そこにある。
緑に覆われ、
沈黙し、
相変わらずだ。
彼らは、中央へ向かう。
迷わない。
歌う。
同時に。
決められた旋律で。
何も、起きない。
「……違うか」
落胆は、短い。
誰かが言う。
「まあ、そんなもんだ」
「写真だけ撮って帰ろう」
彼らは、
遺跡の“前”に立つ。
遺跡の“中”には、
入らない。
中央に立つことも、
縁を歩くことも、
影を見ることもない。
「もう見たし」
そう言って、
引き返す。
帰り道で、
また誰かが言う。
「でもさ、
最初の二人は、
ちゃんと起こしたんだろ?」
「らしいな」
「すごいよな」
その言葉は、
尊敬でも羨望でもない。
ただの確認だ。
彼らにとって、
二人は出来事の一部でしかない。
顔も、声も、
迷いも、選択も、
想像されない。
新世代は、
彼らを見なかった。
そして、
見ようともしなかった。
それは、怠慢ではない。
時代の性質だ。
物語が完成してしまったあとでは、
登場人物は、
背景に溶ける。
遺跡は、
何も言わない。
だが、
確かに区別している。
見る者と、
見た気になる者を。
谷を去る若者たちの背中を、
遺跡は見送らない。
見送る必要が、
ないからだ。
そして、
彼ら――
最初に谷に立った二人は、
完全に、
物語の外側へと押し出される。
名もなく、
像もなく、
ただ“前にいたらしい存在”として。




