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地図にない緑の唄を求めて ― 植物博士と歌う冒険者、眠れる遺跡を辿る ―  作者: ゆうぎり
目撃と噂

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11/12

噂は歌より速く広がる

最初に変わったのは、距離だった。


谷まで三日かかっていた街で、

翌週には「すぐそこ」の話になった。


誰かが言う。


「昨日、行ってきた」


その“昨日”は、

三日前だったり、

十日前だったりする。


だが、

訂正されることはない。


噂は、

正確さを必要としないからだ。


「二人組がいたらしい」

「いや、一人だった」

「声が鍵だ」

「歌じゃない、沈黙だ」


話は、酒場ごとに違う。

街ごとに違う。

語る人ごとに違う。


だが、

結論だけは同じになる。


「アイレックスは、特別だ」


なぜ特別なのかは、

誰も説明できない。


説明できないからこそ、

特別になる。


吟遊詩人が歌にする。


 石は眠り

 緑は目を覚まし

 名もなき者が

 風を通した


聴衆は、

その歌を“知っている”と言う。


誰も、

本当に聴いたことはないのに。


別の街では、

別の歌が流行る。


 二人は選ばれ

 一人は残り

 遺跡は扉を閉じた


互いに矛盾している。

だが、

**どちらも“アイレックスの歌”**として受け入れられる。


噂は、

歌より速く広がる。


歌は、

覚えなければならない。

声に出さなければならない。


噂は、

聞くだけでいい。


信じなくてもいい。


「本当かどうかは、

 どうでもいいんだ」


ある行商人は、そう言った。


「話せるってことが、

 もう価値なんだよ」


学者が現れる。


測量をする。

記録を取る。

分類を試みる。


だが、

報告書は読まれない。


その代わりに、

要約が広まる。


 ・条件不明

 ・再現性なし

 ・関与者特定不可


それは、

噂にとって都合がよすぎた。


「つまり、

 誰にでも起こりうるってことだろ?」


誰かが、

そう解釈する。


「いや、

 誰にも起こらないってことじゃないか?」


別の誰かが、

そう言い返す。


噂は、

どちらも取り込む。


速く、軽く、

止まらない。


そのうち、

谷に行ったことがない者のほうが、

多くを語るようになる。


「昔、知り合いが……」

「本で読んだ」

「歌で聴いた」


一次の記憶は、

必要なくなる。


重要なのは、

“知っている”という態度だけだ。


遺跡は、

相変わらず何も語らない。


だが、

語られすぎていた。


噂が、

遺跡の外側に

もうひとつの“像”を作る。


実物に近づくほど、

その像は邪魔になる。


「思ってたのと違う」


谷を訪れた者が、

よく口にする言葉だ。


だが、

違ったからといって、

噂が消えることはない。


噂は、

検証されるために存在しない。


広がるために存在する。


その夜、

どこかの街で、

新しい話が生まれる。


「実はな……」


まだ誰も知らない“真実”が、

またひとつ、

アイレックスに重ねられる。


歌より速く、

風より軽く。


そして、

本当の出来事から、

少しずつ遠ざかっていく。

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