名前を知らない冒険者たち
谷へ向かう道は、
いつの間にか“知っている道”になっていた。
誰かに教わったわけではない。
地図に描かれたわけでもない。
それでも、人は迷わず歩く。
「この先だろ?」
先頭を歩く若い冒険者が言う。
彼は、自信ありげだ。
「昨日、酒場で聞いた」
「その前の町でも」
「みんな同じ方向を指してた」
後ろを歩く仲間が、
小さく首をかしげる。
「……誰から?」
その問いに、
答えは返らない。
谷に着くと、
遺跡はそこにある。
起きているとも、
眠っているとも言えない姿で。
苔は厚く、
石は崩れ、
風は、相変わらず抜けていく。
「本当に、
ここで何か起きたのか?」
疑う声が出る。
別の冒険者が言う。
「起きたって話だ」
「二人組がいたらしい」
「どんな?」
「……分からない」
誰も、
顔を知らない。
年も、性別も、定まらない。
ただ、
二人だったという話だけが残る。
「名前は?」
しばらく沈黙が流れたあと、
誰かが笑って言う。
「そんなの、
知ってるわけないだろ」
それで、話は終わる。
彼らは遺跡に入る。
中央へ向かう者もいれば、
縁を歩くだけの者もいる。
歌う者がいる。
叫ぶ者がいる。
触れる者がいる。
だが、
何も起きない。
「違うな」
「タイミングが悪い」
「条件があるんだ」
冒険者たちは、
理由を探す。
「歌が足りない」
「声が弱い」
「人数が違う」
誰かが言う。
「二人じゃないと、
ダメなんじゃないか?」
その言葉に、
皆が黙る。
二人。
名もない二人。
知らないからこそ、
条件として都合がいい。
彼らは、
勝手に像を作り始める。
若くて、
才能があって、
運がよくて。
「特別だったんだろ」
誰かが、
少し悔しそうに言う。
その日、
谷を出るとき、
一人の冒険者が振り返る。
遺跡は、何も語らない。
だが、
名がないという事実だけが、
妙に重い。
後日、酒場で。
「で、その二人は?」
また、聞かれる。
「知らない」
「でも、いたんだろ?」
「いた、らしい」
噂は、
人の数だけ形を変える。
だが、
名だけは、
増えない。
名がないから、
誰でもなれる。
名がないから、
誰にもなれない。
それが、
この遺跡の最初の“伝承”だった。
名前を知らない冒険者たちは、
今日も谷へ向かう。
そして帰る。
何も持たずに。
だが、
何かを確かに測られた気分だけを抱えて。
彼らは、まだ知らない。
名が残らなかったのは、
忘れられたからではない。
残されなかったのだということを。




