第8話 生まれながらの聖女
第一王女デルフィーナ視点
「もしかすると……」
コンチェッタ様が思案顔のまま口を開きました。
「ヴァレンティーナは魔法を使ったつもりはなかったかもしれませんわね」
「それは?」
「痛みを堪えていらしたデルフィーナ様を心配して、痛いの痛いの飛んでいけのおまじないをして差し上げたのだと思いますの。実際、そのような行動をしていませんでしたか?」
ああ。
その通りでした。
「ええ。ないない、と言いながら両手でわたくしのお腹を撫でてくれました。するとヴァレンティーナの両手から光が溢れ出してきて、脇腹と腕の打撲の痛みは消えてしまったのです」
「やはりヴァレンティーナはおまじないをしたつもりだった、とみて間違いなさそうですね。ヴァレンティーナには普通の治癒魔法が効きませんから、怪我をした時は医師に治療をしてもらい、周りの者が痛いの痛いの飛んでいけのおまじないを唱えて慰めています。今日はそれを真似したのでしょう」
「すると、ヴァレンティーナは治癒魔法を使ったというより、おまじないが効いて嬉しい、くらいの感覚だったということでしょうか?」
「おそらくそうでしょう。デルフィーナ様を心配し、何とかしたいという思いが、おまじないをしている最中、治癒魔法として発現したのだと思いますわ。……それがいわゆる聖女というものの特性なのかもしれませんわね。誰かが泣いている、苦しんでいると感じ取るとなんとかしてあげたくなって動いてしまう……」
コンチェッタ様の口調には少し複雑な思いが滲んでいました。
「治癒魔法は師に教わらずに使えてしまうような簡単なものではないと聞いていますが、なぜヴァレンティーナは使えたのでしょう」
「実は、わたくしが初めて治癒魔法を使った時も意識してのことではありませんでした。ただ弟の怪我を心配して何とかしてあげたい、と思った時、いきなり使えてしまったのです。普通の治癒魔法の場合、こういったことはあり得ないそうですから、聖女の治癒魔法ならではなのでしょう」
「ヴァレンティーナはもう立派に聖女なのですね」
「そうですわね。……ただ、聖女の力が発現するのはわたくしと同じように五歳頃になってからだろうと考えていました。これはあまりにも早すぎます」
ヴァレンティーナが聖女の力を発現したのはわたくしたちにとって朗報ですが、満一歳になる前というのはたしかに早すぎます。
それに、これまでに判明したヴァレンティーナの能力から推して、成人する前にコンチェッタ様の力を超えそうだとわたくしたちは考えています。
それだけの力を持つ娘の生母であるコンチェッタ様には複雑な思いがあるのでしょう。
コンチェッタ様は、聖女の力を持つと知られるにつれ、その力を自分のものにして利用したいという邪な思いを持つ者たちが周りに大勢湧いて出てきて苦労なさいました。
何しろコンチェッタ様の前に生まれた聖女はフォンタナ公国時代、今から百年以上も前のことですから、周りが騒がしくなるのは無理もないこと。
そのコンチェッタ様を上回る力を持つであろうヴァレンティーナは、王族として生まれたとはいえ同じような苦労をすることは避けられないでしょう。
少なくとも聖女の力を自分の意思で自在に使えるようになるまでは、わたくしたちがヴァレンティーナを守らなくてはなりません。
コンチェッタ様は思案顔で続けました。
「発現が早すぎましたから、ヴァレンティーナは聖女の治癒魔法を、痛いの痛いの飛んでいけのおまじないだと勘違いしているかもしれません。まだおまじないと魔法の区別などついていないでしょうから、混同してしまっている可能性大です」
「たしかに、治癒魔法を使っているところを見たことがないのなら、勘違いしても不思議はありませんわね」
「その勘違いをどう正してやればよいものか……今はまだ言葉で説明するのも難しいですわね。わたくしが目の前で治癒魔法を使えば理解するとは思うのですけれど、怪我をした騎士を連れてきて目の前で治癒してみせるのはまだ早いと思いますし……」
王宮の医務室でコンチェッタ様が治癒をなさるのは、かなり酷い怪我をした者や一刻を争う状態にある者がほとんど。
それをヴァレンティーナに見せるのはまだ早すぎますね。
「まずは陛下に報告申し上げ、手立てを考える必要がありますわね。これまでは、あのおまじないは誰かにしてもらうもの、と思っていたでしょう。でも今日デルフィーナ様にして差し上げたらおまじないが効いた。自分もおまじないをしてあげられるのだとわかった。ですからまた誰かが痛みに苦しんでいたら、許可も得ぬまま力を使ってしまうかもしれません。幸いヴァレンティーナの治癒魔法は聖女のものですから治癒しても悪い方へ転ぶことはないと思いますが、安易な治癒魔法の使い過ぎは治癒を受ける者にとっても決して良いことばかりではありません。それに後々のことを考えますと、治癒師としての知識を得ないまま力を使わせるのは好ましくありませんわ」
「そうしますと、周りの者も怪我などには気をつけなくてはいけませんね」
「ええ。しばらくはヴァレンティーナが治癒魔法を使ってしまったらすぐわたくしに連絡するよう周知していただいて、わたくしがその都度確認した方がよいでしょう」
「ヴァレンティーナ自身が自分は治癒魔法を使える、使っていると理解できるまでは周りが気をつけてあげるしかありませんわね」
「新たな手間が増えてしまいますけれど」
「皆、ヴァレンティーナのためなら苦にもしませんわ。なんといってもわたくしたちは家族なのですもの」
「ありがとうございます。デルフィーナ様」
そう言ったコンチェッタ様の顔は、まさしく母親の顔でした。
聖女の治癒魔法は特殊です。
普通の治癒魔法はどんな怪我でも一度ですべて治せる、という万能の魔法ではありません。
傷口の治癒ならば、まず先に洗ったり消毒してから治癒魔法をかける、といった手間がいるのです。
医師が行う医療の知識がない者は治癒師とは認められません。
それに対して、コンチェッタ様が使う聖女の治癒魔法はそういった手間を必要としません。
傷口の細菌を消毒することも、体内に入った毒を無毒化することも、骨折を元通りに治すこともすべてできてしまいます。
できないのは死者を甦らせることだけ、と言われるほど強力でほぼ万能な魔法です。
ただ使い手である聖女特有の弱点もあります。
魔力の型が全型の人間、すなわち聖女は、他の型の治癒師から治癒を受けても効きません。
全型の魔力の強さが治癒を打ち消してしまうのです。
だからヴァレンティーナには普通の治癒魔法が効かないのです。
コンチェッタ様もそれは同じで、自分で自分を治癒するか、同じ全型の人間から治癒を受けるか、治りが遅くなりますが医師による治療を受けるしかありません。
もしも本人が酷い怪我を負って、しかも気絶してしまった場合、取れる手段はポーションで凌ぐか医師の手当てくらいですから、その場に手助けができる人がいなければ大変なことになってしまいます。
もちろんそのような事態にならぬよう手立てを講じていますし、ヴァレンティーナのためにはコンチェッタ様の不在に備えてあらゆるポーションが常備されていて、どうしても必要となった時はそれを使うことになっています。
周りにいる者はヴァレンティーナの怪我や病気にはことのほか気を使っています。
でも怪我の痛みや病気の苦しみを知らぬ者が、相手に寄り添って治癒をするなどできようはずもありません。
ですからヴァレンティーナはそこまで過保護に育てられることはありませんが、それ以外の面においては、わたくしたちがあらゆる危険から守るのです。
「おちごと。ないない?」
ヴァレンティーナの声にわたくしとコンチェッタ様はそれぞれの物思いから覚めました。
コンチェッタ様はヴァレンティーナに笑いかけ、抱き上げました。
「ええ、ヴァレンティーナ。お仕事は終わりましたよ」
「いいこ」
「ええ、ヴァレンティーナはとてもいい子にしていましたね」
「だあ!」
ヴァレンティーナはまたコンチェッタ様に抱きついて甘えています。
「デルフィーナ様、これで失礼いたしますわ。ヴァレンティーナ。デルフィーナ様にごあいさつしましょうね」
「でりゅ。ごてんよ」
「げきげんよう、ヴァレンティーナ。また遊びにいらっしゃい」
「あぶ!」
ヴァレンティーナはコンチェッタ様に甘えて抱っこされたまま帰っていきました。
それにしても。
ヴァレンティーナが聖女の治癒魔法を発現した、ということは、やがて浄化や回復魔法、結界を張ることもできるようになる、ということ。
結界をいきなり張ってしまう、などということはあるのかしら……。
水魔法や火魔法を使えるようになったらどうなるのかしら……。
いえ、取り越し苦労はやめましょう。
その時はその時。
何が起ころうとわたくしたちはヴァレンティーナを守り続けるのみです。




