第7話 痛いの痛いの飛んでいけをしてくれたわたくしの末の妹
第一王女デルフィーナ視点
「う……痛い……」
思わず呻いてしまいました。
王族らしからぬ恥ずかしい態度ですけれど、自室にいるものですから気を抜いてしまいました。
マヌエルとの剣の稽古で打撲を負った脇腹や腕が痛むのです。
あの子の剣術の進歩は目を見張るものがあります。
そろそろ打ち合い稽古の相手を務められなくなりそうです。
剣の才能に恵まれているようですし、本人も好きなようですから、ゆくゆくは長い歴史を誇る王室第一騎士団の団長を務めるにふさわしい力を身につけることでしょうね。
それにしても痛い。
こういう時はコンチェッタ様が治癒をしてくれますけれど、あいにくと今日は魔物討伐の遠征から帰ってきたばかりで、共に討伐へ赴いた騎士たちの治癒に未だ忙しく働いていらっしゃる。
他の治癒師たちも立派な働きをしてきた騎士たちの治癒に忙しく働いています。
このような時に打撲程度でわたくしの治癒を優先させるわけにはいきません。
でも痛いものは痛い。
こういう時は何か楽しいことを考えて気を紛らわせましょう。
そういえば末の妹ヴァレンティーナの一歳の誕生日がもうすぐやってきます。
お披露目を兼ねて大々的に祝うのは三歳になった時ですから、今回はわたくしたち家族がヴァレンティーナの部屋を代わる代わる訪ね、プレゼントを贈り、一緒にご馳走を食べて楽しく過ごす、といった形になります。
うう。
少し痛みが増してきた気がします。
そうそう、ヴァレンティーナはあんよがずいぶん上手になっていました。
とことこと可愛らしい足取りで歩く姿といったら、もうたまりません。
これでますます行動範囲が広がることでしょうね。
と言っても転移魔法が使えるから今でも十分広いのですけれど。
もう少し成長して、お供もつけずひとりで行動してはいけない、ということを理解するまではヴァレンティーナが後宮から外へ出ることは許されません。
いつ何時ヴァレンティーナが新たな力を見せるかわかりませんから、後宮は口が堅い者で固めて備えていますし、コンチェッタ様が転移阻止の結界を後宮全体に張ってヴァレンティーナを守っているから心配はないのですけれどね。
んぐぅ。
あともう少し辛抱すればコンチェッタ様が来てくださるはず。
マヌエルの剣の重さといったら。
こんなに痛む打撲は初めてです。
やはりあの子は強くなるでしょうね。
先に剣術の稽古を始めた身としては悔しいところですけれど。
部屋の扉がノックされました。
コンチェッタ様が来てくださったのかしら。
これでようやく痛みから解放されて……。
え?
「デルフィーナ殿下。ヴァレンティーナ殿下が遊びにいらっしゃいました」
「ちゃあ!」
侍女と扉の外とのやり取りが妙に長いと思ったら、ヴァレンティーナの来訪です。
やはり転移魔法で?
「突然、護衛騎士たちの目の前におひとりで現れたそうです」
「……転移魔法ね」
「でりゅ!」
ヴァレンティーナが両手を伸ばし、わたくしの名を呼びながらとことこ歩いて来ます。
満面の笑みを向けられ、わたくしも一瞬痛みを忘れて飛びついてきたヴァレンティーナを抱きしめました。
「う……痛……」
ちょうど痛むところにヴァレンティーナの頭が当たり、いらっしゃい、と言う前に呻いてしまいました。
わたくしの体がこわばったことに気づいたのでしょう。
ヴァレンティーナがわたくしの顔を見上げてきます。
「いらっしゃい、ヴァレンティーナ」
「ちゃあ」
そう返してきたヴァレンティーナが珍しい表情をしています。
これは……もしかしたら心配顔?
こんな表情もするようになったのですね。
じっとわたくしの顔を見たヴァレンティーナが言いました。
「たいたい?」
わたくしの表情に痛みが現れてしまったようです。
ヴァレンティーナを心配させるだなんて、わたくしもまだまだ未熟ですね。
「大丈夫よ、ヴァレンティーナ。もう少ししたら治癒してもらえるから」
「たいたい?」
「ええ。少しだけね。心配してくれてありがとう」
ヴァレンティーナだけでなく、侍女たちも心配そうな表情でわたくしを見てきます。
「殿下。少しお顔の色が……」
「そう?でも我慢できないほどではないの。大丈夫よ」
「殿下は辛抱強過ぎるのですから心配にもなります」
侍女が言い、やり取りを聞いていたヴァレンティーナがわたくしのお腹に小さな両手を当てました。
そして撫でるように両手を動かしながら言います。
「たいたい、ないない!」
まあ。
コンチェッタ様の治癒魔法の真似事かしら?
その気持ちが嬉しいわね。
と思った瞬間。
ヴァレンティーナの両手から光が溢れ出しました。
わたくしは呆気に取られてヴァレンティーナの両手を見つめました。
「ないない」
だんだん体中が温かくなり、緊張が解け、打撲の痛みが引いていきます。
これは……コンチェッタ様に治癒していただいた時と同じ感覚。
まさか。
ヴァレンティーナはわたくしの顔を見て問いかけてきました。
「たいたい?」
「いいえ、ヴァレンティーナ。もうすっかり痛くなくなったわ」
ヴァレンティーナが安心した表情になったとたん、その手から溢れ出ていた光が消えました。
本当に、すっかり痛みはなくなりました。
つまり、ヴァレンティーナは治癒魔法を使った、ということですわよね?
わたくしもまだ混乱しています。
「ありがとう、ヴァレンティーナ。お陰で痛いのはどこかに飛んでいってしまったわ」
「あーと!」
ヴァレンティーナの顔に満面の笑みが浮かびました。
また扉がノックされました。
今度こそコンチェッタ様の来訪です。
続けてヴァレンティーナの乳母も入ってきました。
乳母はヴァレンティーナの姿を見てほっとしたようです。
「コンチェッタ様。来てくださってありがとうございます」
「お待たせしてしまいましたわね?すぐ治癒いたしますわ」
「いえ、それが……」
「?」
「ヴァレンティーナが治癒してくれたのです」
「え?」
コンチェッタ様は驚き、ヴァレンティーナを見ました。
ヴァレンティーナは思いがけず母に会えたのが嬉しかったのか、とことこと歩いていきコンチェッタ様に抱きつきました。
コンチェッタ様は優しいお顔になってヴァレンティーナを抱き上げました。
ヴァレンティーナはコンチェッタ様に抱きついて甘えています。
今回の魔物討伐は長丁場でしたから、コンチェッタ様に長いこと会えなくて寂しかったのでしょう。
こういう時はヴァレンティーナもまだまだ赤ちゃんのままね。
「ヴァレンティーナ。お母様はデルフィーナ様とお仕事があるの。しばらくいい子にしているのですよ」
「いいこ。あーい」
「デルフィーナ様。念のため、お体を確認させていただきますわ」
「はい。お願いいたします」
素直に頷いたヴァレンティーナを乳母に預け、コンチェッタ様はわたくしに向き合って体に軽く魔力を流し、体内の様子を診てくださいました。
「問題なく治癒されていますわ……そうですか。ヴァレンティーナが」
「はい。つい先ほど転移魔法でここに来てくれたのです」
「ええ、乳母に聞きました。今回はデルフィーナ様のお名前を告げてから転移したそうですわ」
「まあ。それは進歩ですわね。それにしても治癒魔法まで使えるようになっていたとは知りませんでした」
「それが……わたくしは治癒魔法を使うところをヴァレンティーナに見せたことがないのです」
「え?」
「ヴァレンティーナはまだわたくしの治癒魔法が必要となるような怪我も病気もしていませんから、医師の治療しか受けたことがありませんの」
「つまり、見たことがない魔法を使った、と?」
「そういうことになりますわね」
わたくしとコンチェッタ様は考え込んでしまいました。
これまでヴァレンティーナが使った魔法はほとんどが大人のすることを目で見て真似したものばかりだったはずです。
転移魔法のようにマヌエルとの競争に勝ちたい一心でできてしまったものもあるにはありますが、治癒魔法はそう簡単に身につくものではありません。
それなのに見たことがないから真似できないはずの治癒魔法を使った。
これはいったいどういうことなのでしょう。




