第6話 高い高いをしてくれたわたくしの妹
第二王女ニコレッタ視点
再び扉がノックされました。
侍女が応対し、すぐにヴァレンティーナの乳母が飛び込んできました。
心配そうな顔がヴァレンティーナの姿を見てほっとした表情に変わります。
「ニコレッタ殿下。お騒がせしまして申し訳ございません。ヴァレンティーナ様を保護くださりありがとうございました」
「いいのよ。ヴァレンティーナもこの通り無事なのだから」
「ありがとうございます」
「それより聞かせてちょうだい。わたくしの護衛騎士たちによるとヴァレンティーナは突然彼らの目の前に現れたとか。心当たりはある?」
「はい。ございます。ヴァレンティーナ様が最近、転移魔法を使えるようになられたことはご存知かと思います」
「ええ。マヌエルお兄様から聞いているわ」
「マヌエル殿下が遊びにいらっしゃった時はほんの短い距離を転移しただけでした。ですがその三日後、宮廷魔道士サムエーレ殿が来られたとき、ヴァレンティーナ様は部屋に近づいてきたサムエーレ殿の気配に気づき、部屋の扉の外に転移なさったのです」
「それは……自分でサムエーレを出迎えに行った、ということかしら?」
「ええ。そのおつもりだったようです。ですがわたくしどもはいきなり目の前からヴァレンティーナ様が消えてしまい、たいそう混乱いたしました」
「それは、そうよね。二度めの転移が部屋の外ではね」
「はい。その後さらに転移する範囲が広がりまして、ヴァレンティーナ様が実際に行ったことがあるコンチェッタ側妃殿下の部屋の扉の前にいきなり転移なさったことが二度、ごさいました。どちらもコンチェッタ側妃殿下が魔物討伐の同行からご帰還あそばされ、自室にお戻りになってすぐのことでございました」
「まあ……お戻りの気配を感じ取ったのかしら」
「断定はできませんがそうかもしれません。今日はニコレッタ殿下から贈られたぬいぐるみで遊んでいる最中、いきなり動きを止めて目を見張ったとたん、姿を消されてしまったのでございます」
「わかっていても、やはり驚いたでしょう」
「はい。ですがわたくしどもも慣れてきましたので、まずコンチェッタ側妃殿下の部屋へ護衛騎士と侍女を走らせました。そこへニコレッタ殿下からの使いが駆けつけ事情をお知らせくださいましたので、わたくしがこちらへ参った次第でございます」
「そう。事情はわかりました。まだこの子は自分がいきなり転移魔法で姿を消すと周りの者たちが困る、ということはわからないでしょうから大変ね」
「いえ、そうでもないようです」
「え?」
「ヴァレンティーナ様はわたくしが来てからずっとニコレッタ殿下の後ろに隠れておいでですから」
たしかに。
ヴァレンティーナはわたくしの斜め後ろに立ってわたくしの服を掴み、それに顔を隠しています。
ただ隠れたつもりでいるようだけど、乳母からは丸見えですわ。
可愛らしいこと。
それに叱られるかもしれないとわかっているようですわね。
賢い子だわ。
「今日のことは叱らないでやってちょうだい。ヴァレンティーナはきっとわたくしを慰めるために来てくれたのよ」
「お慰めするため、と仰いますのは?」
「恥ずかしいことだけれど、わたくし先ほどまで少し泣いていたの。そこへやって来たヴァレンティーナがわたくしの泣き顔を見て、わたくしを重力魔法で宙に浮かせて上下にゆっくりと動かして楽しませてくれたの。たー!たー!と言いながら」
「たー、たー、ですか?」
「ええ。両手を上げてね」
「……わかったような気がいたします。ええ。ヴァレンティーナ様はニコレッタ殿下をお慰めしたかったのですね。おそらく高い高いをして差し上げたのだと思われます」
「高い高い……というと、あの?」
「はい。つい先日、ヴァレンティーナ様がご機嫌斜めで大泣きしている最中、国王陛下が部屋にいらっしゃいまして、どうにも泣き止まないヴァレンティーナ様を陛下が抱き上げ、高い高いをしてくださったのです。ヴァレンティーナ様はそれが非常にお気に召したようで、すっかりご機嫌になられたことがございました」
「まあ……自分が泣いている時に陛下に高い高いをしてもらって楽しかったから、わたくしにもそうしてあげたらいい、と思ったのね。きっと」
「はい」
わたくしはヴァレンティーナの頭を撫でてあげました。
ヴァレンティーナがわたくしの服に隠していた顔を上げ、わたくしを見てきます。
わたくしは少し屈んでそのヴァレンティーナと目線を合わせました。
「ヴァレンティーナ。わたくしに高い高いをしてくれたのね。ありがとう。お陰でもうすっかり元気になったわ」
「きゃは!」
ヴァレンティーナは嬉しそうな笑い声を上げました。
「それから乳母にごめんなさいをしましょうね」
「ばぶ」
「乳母はね。ヴァレンティーナが突然いなくなってとっても心配したの。だからここに探しに来てくれたのよ」
「ばぶー」
「ヴァレンティーナも乳母が突然いなくなったら心配になるでしょう?寂しくなるでしょう?」
「あぶ!」
「だからね。乳母に心配をかけてしまったことに、ごめんなさいをしましょうね」
「だあ!」
まだはっきりと意味のある言葉は喋れないけれど、ヴァレンティーナなりにわたくしの言うことを理解してくれたようです。
ヴァレンティーナは乳母の方へぱたぱたとハイハイして近づき、乳母に掴まって立ち上がるとその体に頭を擦りつけて言いました。
「めちゃい」
きっと、ごめんなさい、と言ったのでしょう。
やはり賢い子ね。
乳母から褒められ許してもらって抱き上げられたヴァレンティーナは安心したような顔色になりました。
「まんま!」
「ヴァレンティーナ殿下はお腹が空いたのですね?」
「だあ!」
小さな体で転移魔法に重力魔法まで使ったのですもの。
それはお腹も空くことでしょう。
早くも「まんま」という言葉を覚えて言えるようになったのですね。
ヴァレンティーナはたくさん食べる子ですし、食べる必要もありますから、このように明確な意思表示ができるに越したことはありません。
「ヴァレンティーナ。また遊びにいらっしゃい。でも乳母に内緒はダメよ」
「あぶ!」
わたくしに手をふり、ヴァレンティーナは乳母に連れられて帰っていきました。
それを見送ったわたくしの侍女がまだ呆然とした面持ちのまま言いました。
「驚きました。ヴァレンティーナ殿下の転移魔法と重力魔法はもうこれほどの域に達しているのですね」
「そうね。末恐ろしい子だわ」
ヴァレンティーナは側妃コンチェッタ様が生んだ子です。
そしてコンチェッタ様は先祖返りと言われるほど強い聖女の力を持つ方です。
その子供であるヴァレンティーナは生まれる前から、突出した能力を持っているはず、と期待されていました。
わたくしは今日、その片鱗を目の当たりにした、ということのようです。
それに、ヴァレンティーナはわたくしが泣いていることを感じ取ったのかもしれません。
ヴァレンティーナは魔力の流れや気配に敏感なところがあります。
同じように強い感情も感じ取れるのかもしれません。
そして転移魔法に重力魔法。
これを続けざまに使う乳児はまずいません。
今日はヴァレンティーナにいろいろと驚かされましたが、これで終わりということはないでしょう。
これからもヴァレンティーナがまた別の能力を発現するたびに、周りの者はいろいろと振り回されそうな気がします。
わたくしはその突出した能力に関係なく妹のヴァレンティーナが大好きです。
わたくしもヴァレンティーナも王族ですから、その立場にふさわしい振舞い、働きをしなければなりませんし、普通の女の子として扱われることはありません。
それにヴァレンティーナはわたくしよりもっと大変な役割をおそらく一生涯、担い続けることになるでしょう。
それを思うと、せめて王族の私的なエリアである後宮にいる時くらいは、妹のヴァレンティーナをごく普通の女の子として可愛がり、守ってあげたい。
わたくしはそう思うのです。




