第5話 ひとりで遊びに来てくれたわたくしの妹
第二王女ニコレッタ視点
わたくしは今、ブランケットに包まって大きなソファの陰に隠れていますの。
懸命に努力を重ねてきたのにどうしても思うようにいかないことがあって悔し泣きしていますの。
もうすぐ六歳になるのに、王族ですのに、恥ずかしいことだとわかっていますのに、どうにも悔しくて。
だからもう少し泣かせておいて……。
扉の向こう側で何やら騒ぎが起きたようです。
わたくしの護衛騎士たちが騒いでいるようですけれど、わたくしはもう少し泣きたいから静かにして欲しいですわ。
扉がノックされました。
わたくしはまだソファの陰から動く気はありませんの。
侍女に任せてわたくしはもう少し泣きますわ。
「いったい何事ですか?」
「お騒がせして申し訳ございません。その、ヴァレンティーナ第三王女殿下がいきなり現れまして」
「現れた、とは?」
「文字通り、いきなり我々の目の前に現れたのです」
「ヴァレンティーナ第三王女殿下はまだ一歳にもなっていらっしゃいません。歩けるようになったとは聞いておりませんし、何をそのような戯言……え?」
「だあ!」
「ヴァレンティーナ第三王女殿下」
「はい。ヴァレンティーナ第三王女殿下です。どうやらニコレッタ第二王女殿下に会いにいらっしゃったようですので、取次ぎをお願いいたします」
「取次ぎ」
「はい。転移魔法でおひとりでいらしたようです」
「転移魔法」
「ヴァレンティーナ第三王女殿下の乳母へ知らせるよう一名向かわせましたので、すぐにも迎えが来るものと思いますが、このまま廊下でお過ごしいただくわけにも参りませんので」
「わ、わかりました。お預かりいたしましょう」
「お願いいたします」
「ばあ!」
侍女の言語能力が崩壊していますわ。
無理もありませんわね。
そしてあの声は間違いなくヴァレンティーナ。
ひとりでここまで来るだなんて無茶な子ですわ。
って、ひとりで?!
それに転移魔法?!
ええ?!
いえ、思わず動揺してしまいましたけれど、わたくしはもう少しひとりで泣いていたいのですわ。
「あ!ヴァレンティーナ殿下!」
「お待ちください!」
「にー!」
ぱたぱたとヴァレンティーナが動く気配がしますわ。
活発な子ですから高速ハイハイでもしているのでしょう。
でもわたくしはもう少しひとりでいたいのですわ。
わたくしの部屋は広いのですからまだハイハイとつかまり立ちしかできないヴァレンティーナがそう簡単にわたくしを見つけられるはずありませんわ。
「だあ!」
え?
「なぜ一直線にニコレッタ殿下の元へ……?」
不思議そうな侍女の声。
そしてわたくしが被っているブランケットを引っ張る小さな塊の気配。
そういえばヴァレンティーナは生体の魔力が見えるのでしたわ。
ブランケットを被った程度ではヴァレンティーナから隠れることができない、ということでしょうか。
「にー!」
ああ!
もう!
仕方がありませんわね!
わたくしはブランケットから顔を出すことにしました。
わたくしを見るヴァレンティーナの可愛らしい笑顔が目の前に現れました。
あら?
ヴァレンティーナの目が急にまん丸になりましたわ。
ああ。
わたくしの泣き顔に驚いたのでしょう。
あらあら。
立ち上がってブランケットを掴みわたくしの顔を拭こうとしていますわ。
もう降参ですわ。
わたくしはヴァレンティーナを抱きしめました。
「いらっしゃい。ヴァレンティーナ」
「だあ!」
わたくしがヴァレンティーナに話しかけ笑いかけると、ヴァレンティーナもまた笑顔になってくれました。
そしてわたくしの顔を小さな手でぺたぺた触ってきました。
「たー!たー!」
ヴァレンティーナはしきりにそう言いながらわたくしの顔を見ます。
「たー!」
今度は両手を上げてまたそう言いました。
何を言いたいのかしら。
流石にわたくしにもわかりませんわ。
わたくしが首を傾げていると、ヴァレンティーナはわたくしの体につかまっていた手を離して床にこてんと転がるように座り、またわたくしの体につかまって立ち上がりました。
「にー!」
わたくしに何かを促しているようです。
今の動作からすると……。
「わたくしも立ち上がれ、と言いたいのかしら?」
わたくしが立ち上がるとヴァレンティーナは嬉しそうな顔になり、わたくしの顔を見上げます。
そしてまた両手を上げて言いました。
「たー!」
よくわかりませんけど、わたくしもヴァレンティーナに習って両手を上げてみました。
するとヴァレンティーナはわたくしの体にピタッと抱きついてきました。
そして。
「たー!」
ヴァレンティーナがそう言ったとたん、わたくしとヴァレンティーナの体が宙に浮きました!?
「え?え!」
「たー!たー!」
「殿下!」
侍女たちが驚き慌てていますが、ヴァレンティーナはニコニコとわたくしの顔を見上げています。
さらにわたくしとヴァレンティーナの体は宙に浮いたまま、ヴァレンティーナの掛け声に合わせて上下にゆっくり動くのです。
これはいったいどういうことでしょう。
さっぱりわかりません。
でもヴァレンティーナは「たー!たー!」と言いながらニコニコと嬉しそうにわたくしを見ています。
さらにきゃっきゃっと声を立ててはしゃいでいます。
わたくしも宙に浮くのが楽しくなってきました。
ヴァレンティーナと二人で笑いながら宙に浮いていると心も明るくなってきます。
わたくしが温かいヴァレンティーナの体を抱きしめてあげると、ヴァレンティーナはますます嬉しそうな顔になります。
もしかしたらこれは重力魔法かもしれません。
宙に浮く意図はわかりませんけれど、ヴァレンティーナがわたくしを喜ばせようとしてくれたことはわかりました。
「ありがとう。ヴァレンティーナ」
「あーと!」
わたくしが笑顔でヴァレンティーナにお礼を言うと、ヴァレンティーナは少し得意気で満足そうな顔になりました。
そしてわたくしたちは床に降りたのです。




