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第三王女ヴァレンティーナ〜異世界人の子孫にして王国最後の聖女  作者: 帰り花
第一章

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第3話 第三王女殿下に陥落

宮廷魔道士サムエーレ視点


殿下はひとしきりラトルを動かすと、俺を得意気な表情で見上げてきた。


俺がお見せした風魔法による色紙の花びらの舞いに対して、わたしはこういうことができる、と見せてくださったのか、それとも、お前も同じようにできるか、と問いかけてこられたのか。


「殿下。なんと素晴らしい。私もやってみたいと思いますが、お許し願えましょうか?」

「あぶぅ」


まるで俺の願いがわかったかのように声を出される殿下。

殿下が床にラトルを転がし、俺はそれに手を伸ばしてみた。

殿下の目が俺の手に向けられたのを見て、そのままラトルを持ち上げる。


「殿下。お借りいたします」

「あぶぅあぶぅ」


俺は重力魔法を使って殿下と同じようにラトルを動かしてみた。

柄は握らず手を触れるだけにして。


ラトルがガラガラと音を立てる。


「きゃう!」


殿下がはしゃいだような声を上げられた。

両手を振るように動かし、俺の顔を見る。


「あーまあぁ」


殿下が右手を俺の方へ伸ばしてきた。

俺が少し戸惑っていると、乳母が助け舟を出す。


「ヴァレンティーナ王女殿下の御前に進み出て頭を下げてくださいまし」

「はい」


言われた通りにすると、殿下の小さな手が俺の頭に当てられた。

その小さな手が動き、わしゃわしゃと俺の髪が撫でられる。

いや、撫でるというより押しているような、掻き回しているような動きなのだが。


これはもしかして、よくできた、と褒めてくださっているのでは?


「殿下、お褒めいただき、ありがとうございます」


顔を上げて俺がそう言うと、殿下は声を上げて笑った。


やはり殿下は褒めてくださったのだ。

殿下と同じ重力魔法を使ってラトルを振ったから。



ああ。

これはやはり。



ヴァレンティーナ王女殿下は稀有な目をお持ちでいらっしゃるようだ。




稀有な目を持つ者は滅多に生まれない。

かつて勇者や聖女と呼ばれた人々の子孫で、かつ、女性にしか顕現しない特殊な目。

稀有な目の持ち主は魔法の属性による魔力の色の違いを見分けることができる、と言われている。


だから殿下は俺がお見せした通りに風魔法を使えた。

見たままをそっくり真似して風魔法が使えるようになった。


そもそも生体の魔力が見えているから、当然俺が風魔法を使った際の魔力量も見えている。

それをそのままそっくり真似した。


俺が重力魔法を使ったことも、その属性の色を見たから、ご自分が使っている魔法と同じだとわかった。

だから殿下は、よくできました、と褒めてくださった。


そのうえ、乳児の体であるにもかかわらず魔力の扱いは大人並みにできてしまう。


おそらくそういうことのはずだ。



なんと貴重な能力をお持ちなのだろう。

ヴァレンティーナ王女殿下はフォンタナ王国の宝だ。

この方に直接お会いできた俺は幸運だ。



俺は感動に打ち震えた。




「んままぁ」


ふと殿下が乳母に向かって声を出した。


「殿下はお腹が空きましたか?」

「んまま……あーむ」

「すぐ用意いたします」


乳母がそう言うと別に控えていた侍女がてきぱきと動いて器と匙を乗せた盆を持ってやって来た。


「殿下はすでに離乳食を召し上がっていらっしゃるのですか?」

「ええ。魔力量が非常に多い者は食事量も多くなると聞きますが、サムエーレ殿もそうですか?」

「はい。私は一日最低四食。それだけではなく頻繁に間食もしています」

「まあ、そうでしたか。実はヴァレンティーナ王女殿下には最近まで乳母が五人ついておりましたの」

「五人?!」

「ええ。生母のコンチェッタ側妃殿下もほぼ毎日授乳なさっていらっしゃいましたが、その他に五人の乳母が必要でした。これはやはり魔力量が膨大だからでしょうか?」

「はい。間違いないでしょう。乳母五人といった事例は聞いたことがありませんが、殿下の魔力量を考えるとそれだけ必要だったことは頷けます」


「ご兄姉も皆様魔力量は多いのですが、ヴァレンティーナ王女殿下ほどお召し上がりになった方はいらっしゃらず、わたくしどもも手探りでしたの。ご兄姉と同じくお座りもハイハイも早くできるようになりましたが、お体の成長そのものは他の赤ん坊とあまり変わりなく、それでも日々健やかに成長なさっていくお姿を拝見し、これは魔力量が突出しているためではないか、と考えておりました」

「ご明察でございます」


「魔力量が多すぎる赤ん坊は育ちが遅かったり、魔力量に負けて体が弱くなることがあると聞いておりますが、ヴァレンティーナ王女殿下にそのような心配は無いと考えてよろしいのでしょうか?」

「はい。皆様が食に気を使っていらっしゃるので心配いらないでしょう」

「安心いたしました。とにかくヴァレンティーナ王女殿下の食事についてはこれからも細心の注意を払う必要がございますわね」



殿下の魔力の保持形態はこれまで俺が見たことのない素晴らしいものだ。

おそらくお体の成長に伴って周りの空間の器は薄くなり、やがて、すべて体内で保持できるようになるのではないだろうか。


以前、コンチェッタ殿下のお姿をお見かけした際、その桁外れの魔力量に驚かされたが、その魔力は密度が非常に高く、圧縮された状態で体内に保持されているように見えた。

コンチェッタ殿下のお体はそれが可能なほど丈夫なのだろう。


ヴァレンティーナ王女殿下も成長すれば、同じような保持形態になると考えるが、今のままの保持形態が続く可能性もある。

これは非常に興味深い。


殿下のお健やかな成長のためにも食事は重要になるが、周りがしっかりわかって実行しているようだから安心だ。


いずれにせよ、今日わかったことは陛下に報告申し上げ、誰とどこまで共有して良いものか、ご判断を仰がなくてはならない。




俺たちが話をしている間ずっと、ヴァレンティーナ王女殿下は乳母に離乳食を食べさせてもらっていたが、満足したらしく、声を上げた。


「んまぁ」


乳母に口の周りを拭いてもらうと、殿下は俺に目を向けてきた。

そしてニコニコと満面に笑みを浮かべると、急に軽く握った両手の甲をご自分の目の前に押し当てる。


「んなあ」


ん?


「ばあ!」


殿下はかけ声とともに両手を下ろした。


これは……いないいないばあ、というやつか?

俺はどうすればいいんだ?


俺が迷っていると、乳母がまた助け舟を出してくれた。


「殿下がこのように仰る時は、かくれんぼをしたい、という意思表示なのです」

「かくれんぼ、ですか。私は隠れる役をすればよろしいのですか?」

「ええ、その通りです」


殿下は俺の顔を見て、体勢を変え、ハイハイして少し離れてから俺に背中を向けて座った。

そしてまた両手の甲をご自分の目の前に押し当てる。


「んなあ!」


殿下が声を上げ、乳母が俺を急かす。


「サムエーレ殿。すぐにどこかへ隠れてください」

「どこか……」


俺はあたふたしながらざっと部屋の中を見回す。

俺が隠れられそうな場所といえば……来客用と思われるソファの陰か、大窓のカーテンの陰くらいだが……。

いや、待て。

あそこがおもしろいかもしれない。


俺は音を立てないように動いて隠れた。



「ばあ!」


殿下の声がした。

少しの間を置いて、殿下がぱたぱたとハイハイする音が聞こえてきた。


きっと、乳母や侍女たちとかくれんぼをする時はカーテンやソファの陰に隠れているのを見つけているのだろう。

だから俺を見つけるのは難しいはず。


と思ったのだが。



なぜか殿下のハイハイの音がまっすぐこちらに向かってきているように聞こえる。


まさか。



「ばあ!」


俺の足元の右側にひょっこりと殿下の小さな頭が現れ、殿下が俺を見上げてきた。


ははは。

これは参った。


「見つかってしまいましたね。降参です。殿下」

「あきゃきゃっ!」


俺は扉の前に立っていた護衛騎士のうち体の大きい方の騎士の後ろに背中合わせで隠れていた。

ちょうど俺の体がすっぽり隠れる体格のいい騎士だったからだ。

殿下に感じ取られないよう、魔力の気配を抑え込み、着ているローブをたくし上げて殿下からは見えないように隠れて立っていたのだが。


殿下は脇目も振らずまっすぐ俺を目指してやってきたようだ。

間違いなく殿下は生体の魔力が見えている。

やはり人間の体は遮蔽物とならず、殿下の目には二人分の魔力が見えてわかってしまった、ということだろう。

護衛騎士が金属の鎧を身につけていたら違っただろうが。



俺が殿下に見つかってしまったので、護衛騎士が少し前方に動いた。


「つき合わせてしまって申し訳ない」

「お気になさらず」

「だああ!」


護衛騎士に詫びていると、殿下が俺を見上げて声を上げた。

俺に何かをねだっているような気がするが、何をすればいいのか。



殿下が動いて俺の正面に向き直り、両手を上げてまた声を上げた。


「だああ!」


思わず乳母に目を向ける。


「殿下は抱っこして欲しいとお望みです」

「私に?」

「はい」

「良いのですか?」

「殿下のお望みですから。でも慎重にお願いします」

「はい。では、殿下。失礼いたします」


俺が屈み込んで殿下に両手を差し伸べると、殿下は両手を上げて抱っこされやすい体勢になった。

俺はできる限り優しく殿下を抱き上げた。

すぐに殿下は俺の体に頭を押しつける。


温かく柔らかくて乳児特有の甘い匂い。

そして安心して俺の腕の中に抱っこされている小さな体。

周りにいる乳母や侍女たちからは心配してハラハラしている雰囲気が伝わってくるが、殿下は俺を信頼してくださっているように思える。



「きゃはっ」


急に殿下が俺の顔を見上げて笑った。



ああ。

なんて人たらしなお方なのだろう。


俺は一生涯、ヴァレンティーナ王女殿下にお仕えする。

そのためにももっと魔道士としての高みに登る。



俺の心はこの瞬間、そう定まった。


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