第22話 弓を射る王女
第二王子マヌエル視点
ヒュン!
ドスッ!
的に矢が当たる音が弓術用の稽古場に響いている。
そこには二人の王女の姿があった。
金髪に碧眼の王女はニコレッタ。
黒髪に赤紫の瞳の王女はヴァレンティーナ。
二人とも髪をポニーテールにしてパンツスタイルの騎士服に身を包み、ブーツを履いている。
騎士服は白を基調にそれぞれの瞳の色、青か赤紫を差し色にしたお揃いのデザイン。
フォンタナ王家の王子王女の義務として、二人は幼い頃から弓を稽古してきている。
なお、兄エドアルド、姉デルフィーナ、そして私は剣術を選び、同じく幼い頃からずっと稽古し続けている。
私はタルティーニ侯爵家次男ジョエレと三男ヴァレリオと共に稽古場に入り、邪魔にならないところで二人の稽古を見学することにした。
二人とも美しい姿勢で次々と矢を射ている。
感心しながら眺めていると、ニコレッタがほんの一瞬、私に視線を送ってきた。
瞬時に私の連れを見極めたニコレッタはヴァレンティーナに声をかけた。
「ヴァレンティーナ。そろそろ仕上げに移りましょうか」
「はい、お姉様」
「では、わたくしからいくわね」
二人は狙う的を変え、まずニコレッタが矢を五本、速射した。
見事に五本の矢が的の真ん中に集まっている。
見た目は淑やかで穏やかなニコレッタだが、本当はとても気が強いのだ。
非力でなかなか矢がまっすぐ飛ばなかった幼い頃から、めげずに努力を重ね、今では相当な腕前になっている。
それを見ていたヴァレンティーナはぴょんぴょん飛び跳ね、拍手した。
「流石です!素敵です!お姉様」
「ふふふ。ありがとう、ヴァレンティーナ。さあ、次はあなたの腕を見せてちょうだい」
「はい!」
元気よく返事をしてヴァレンティーナは弓を構えた。
ヴァレンティーナの弓は子供用の小さめのものだ。
狙う的はニコレッタの的と変わらない距離にある。
普通に考えると無謀な挑戦だ。
だがヴァレンティーナは真剣な表情だ。
そして弓を引き絞り、矢を放つ。
ヒュッ!
バキッ!
矢は的の真ん中を突き破ってめり込んだ。
ヴァレンティーナは再び弓を構えた。
弓を引き絞ると突然矢が炎に包まれる。
その瞬間、ヴァレンティーナは矢を放った。
矢は炎を纏ったまま的に当たり、先に射た矢と的と共に燃え上がった。
ヴァレンティーナはさらに弓を構える。
今度は矢を用いないらしい。
矢をつがえず弓を引き絞る。
弓と弦の間に突然アイスアローが出現し、ヴァレンティーナが放つとそれは的をめがけて鋭く飛んでいく。
アイスアローが突き刺さると、的は真っ二つになって燃えながら地面に落ち、アイスアローは炎に溶かされて消えた。
「ずいぶんと上達したわね、ヴァレンティーナ」
「ありがとうございます!」
ニコレッタに褒められてヴァレンティーナはとても嬉しそうだ。
それにしてもヴァレンティーナはなかなか面白いものを見せてくれた。
ジョエレとヴァレリオの様子をちらりと見ると、二人とも驚きの表情でヴァレンティーナを見ている。
ヴァレリオは目を丸く大きく見開いているだけでなく、驚きのあまり口までぽかんと開けている。
「ニコレッタ殿下の弓の腕は確かだということは存じておりましたが、ヴァレンティーナ殿下はまた独特の弓術をなさいますね」
ジョエレが驚いたように言った。
「一本めは魔力で加速したのでしょうか?」
「そうだろうな。弓は狙いを定めて矢の道筋をつけるだけの役割。強力な魔力で矢を加速したから、子供用の小さめの弓でもあれだけの速さで飛び、的に突き刺さったのだろう」
「二本めは魔剣術の応用だと思いましたが」
「ああ。剣でできることなら矢でもできるはず、ということだろうな。しかも矢を飛ばしても途中で消えないだけの強さのある炎を纏わせた」
「三本めには驚きました。アイスアローをご自分で作り出して放ったのですよね?」
「その通り。弓さえあれば、自分で矢を作り出して飛ばすことができるということだ。いや、弓に頼らずともできそうだな……狙いを定めさえすれば、あとは自分で作り出した武器を魔力で加速して飛ばすだけでよいのだから」
「いざという時、武器を何も持っていないと見せかけて油断を誘い、その実、いくらでも武器を作り出して攻撃できるということですか。敵にとってはなかなか怖い技ですね」
そんな話をジョエレとしていた時。
ふと、ヴァレンティーナがこちらに向き直った。
なぜかヴァレリオへ視線を向けている。
いや、そこはまず私に気づくべきだろう、と言いたいところだが、おそらくヴァレンティーナは魔力量の多いヴァレリオの気配に気づいたのだろう。
ヴァレンティーナの視線はヴァレリオの顔というより胸の辺りに向けられているから、まず間違いなさそうだ。
「あ、お兄様!」
ようやく私に気づいたヴァレンティーナが笑顔を見せてきた。
「上達したな、ヴァレンティーナ」
「ありがとうございます!」
「もう稽古は終わりか?」
「はい!」
「それではこちらにおいで。紹介したい者がいるんだ」
ヴァレンティーナとニコレッタが私たちの側へとやって来たが、ニコレッタは意味ありげに私の目を見てきた。
はて?と思いつつ、ヴァレンティーナに紹介しようとヴァレリオの顔を見ると、驚くことにその顔は真っ赤に染まっている。
これはこれは。
ニコレッタが面白がるわけだ。
とうやらヴァレリオはヴァレンティーナに好意を持ったらしい。
ヴァレンティーナに視線を向けられた時に陥落したか?
「ヴァレリオ。こちらは第二王女ニコレッタだ」
「ニコレッタ第二王女殿下にご挨拶申し上げます。タルティーニ侯爵が三男ヴァレリオと申します。お会いできて光栄です」
挨拶をするヴァレリオの顔はまだ赤い。
体も緊張して強張っているようだ。
「ヴァレリオね。どうぞ楽になさって」
ニコレッタは真面目な表情で鷹揚に言うが、内心では面白がっていることが手に取るようにわかる。
ヴァレリオの緊張が自分に向けられたものではないとわかっているからだろう。
「ヴァレリオ。こちらが第三王女ヴァレンティーナだ」
「ヴァレンティーナ第三王女殿下にご挨拶申し上げます。タルティーニ侯爵が三男ヴァレリオと申します。お会いできて光栄です」
ヴァレリオはカチカチに固まったまま愚直に挨拶をした。
ヴァレンティーナはそんなヴァレリオをじっと見つめてから挨拶を返した。
「ヴァレリオ。わたくしもあなたに会えて嬉しく思います」
ヴァレリオの顔がますます赤くなった。
ヴァレンティーナへの好意があからさまに表情に出ているが、ヴァレリオは利かん坊だから今周りがそれを指摘して揶揄うとろくなことにならないだろう。
ヴァレンティーナはヴァレリオが気に入ったようだが、向けられた好意に気づいた様子はない。
まあ、今日は二人の相性の様子見をするのだから、余計なことは言わずに見守るだけにしておくか。
「ヴァレンティーナ。ヴァレリオは今日、お前の遊び相手を務めることになった」
「まあ、そうでしたの。ヴァレリオ、今日は一日よろしくお願いしますわ」
「こ、こちらこそよろしくお願い致します」
ヴァレリオは慌てて深々と頭を下げた。
「ヴァレリオ、あなた歳はおいくつですの?」
「六歳です」
「わたくしと同い年なのね。弓術はなさる?」
「いいえ、したことがありません」
「では剣術をなさっているのかしら?」
「はい」
「まあ素敵ですわ。お兄様、わたくしたち、今から剣術の稽古場へ行きたいのですけれどよろしいかしら?」
「ああ、もちろん。今ならちょうどデルフィーナが稽古をしているはずだから手合わせを願ってはどうかな?」
「はい、そういたします」
ヴァレリオはヴァレンティーナの顔に見惚れるのに忙しいらしく、こちらの会話が聞こえていないようだ。
私とヴァレンティーナが何を思ってこの会話をしているのかヴァレリオはまだわかっていないだろう。
一方、ジョエレは自分の弟が顔を赤くしていることに驚いたのか、呆然とした顔で弟を見ている。
王女なんてわがままで高飛車でひらひらしたドレスを着て偉そうにあれこれ命令する生き物だ、と言っていたはずの弟がヴァレンティーナと会って顔を赤く染めるなど、まったくの予想外だったのだろう。
これはこれで見ものだ。
いや、面白いことになってきた。
このあと予定があるニコレッタとわかれ、私たちは揃って剣術用の稽古場へ向かった。
こちらの稽古場は剣と剣の打ち合う音や気合声が響いている。
体の大きな男たちばかりではなく、女性騎士たちも稽古に励んでいる。
その中でもやはり一番目を引くのがデルフィーナだ。
「ヴァレリオ。あそこに茶色の髪に緑の瞳の女性騎士がいらっしゃるでしょう?」
「はい」
「あの方が第一王女のデルフィーナ殿下よ」
「え?あの方が第一王女殿下?ですか?」
「ええ、そうよ。デルフィーナお姉様はとても剣術がお強いの」
ヴァレンティーナがヴァレリオに説明した。
ヴァレリオはデルフィーナの動きを見て驚いている。
自分も剣術の稽古をしているから、デルフィーナの力量がわかるのだろう。
そのヴァレリオにヴァレンティーナが無邪気な笑顔で言った。
「ねえ、ヴァレリオ。あなたの剣の腕をわたくしに見せてくださらない?」
「はい。あの、でも、どのように?」
「デルフィーナお姉様に手合わせを願いましょう」
ヴァレリオは何を言われたのかわからない、という表情で固まった。




