第21話 ヴァレリオ・タルティーニ
第一王子エドアルド視点
「エドアルド殿下。タルティーニ侯爵様とご子息ヴァレリオ様がお越しになりました」
「ああ、来たか。ここへ通してくれ」
「かしこまりました」
私の執務室へタルティーニ侯爵と三男ヴァレリオが案内され入ってきた。
二人は先に国王陛下と王妃殿下に目通りしている。
私の執務室へ来たということは、父と母による第一関門を無事突破したということだろう。
「エドアルド第一王子殿下にご挨拶申し上げます。タルティーニ侯爵が三男ヴァレリオと申します。本日は殿下にお目にかかる機会を賜り恐悦至極に存じます」
タルティーニ侯爵に促され私に挨拶をしてきたヴァレリオは、黒髪黒瞳でなかなか整った容姿をしている。
大きめの黒々とした瞳が印象的だ。
まだ六歳ゆえ、幼いその顔は可愛いと言われてしまいそうな面立ち。
だがいかにも利かん坊といった顔つきをしている。
少なくとも第一王子の私の前で萎縮している様子はない。
物怖じしない性格のようだ。
初対面の印象は良好である。
今日ヴァレリオを王宮へ呼んだのは、ほかでもないヴァレンティーナのためだ。
ヴァレンティーナは六歳になり、どの分野においてもますます著しい成長を見せている。
特に魔法においてはほぼすべての属性が使えるとわかったし、聖女の力は本人がやる気に満ちて磨いている。
すでに治癒師と名乗っても恥ずかしくない力は備えているが、まだ六歳であり、治癒師の資格は十歳を越えてから取得できるものとされているため、正式に治癒師となるのはまだお預け。
だがヴァレンティーナに治癒師の資格試験を特例で受けさせてみたところ、あっさり合格してしまった。
そこで十歳まで待たず、八歳になったら治癒師の資格を取らせ、正式に治癒師として経験を積ませ、さらに魔物討伐にも参加させて実績を積んだうえで高位治癒師の称号を与える予定になっている。
今は王妃である母やコンチェッタ様が王都内の孤児院や救済院などを視察名目で訪れる際、共に出向いてたまに治癒魔法を使う程度だが、ヴァレンティーナが聖女の力を持つらしいという噂はじわじわと広がり始めている。
耳の早い者たちからはヴァレンティーナとの縁を結びたいという遠回しな申し入れがちらほら来るようになってきた。
そこで私たちはかねてから考えていた通り、ヴァレンティーナに従者をつけることにしたのだ。
父と母、そして私はこのヴァレリオをヴァレンティーナの従者にしてはどうかと考えている。
ヴァレリオ・タルティーニ。
タルティーニ侯爵家の三男で、兄二人より先祖の血が濃く現れ、魔力量も多く、特にかつての勇者を思わせる攻撃系の魔法に才能を見せているとのこと。
ヴァレンティーナはゆくゆく臣籍降下のうえ公爵家を興させることが決まっている。
そのヴァレンティーナに従者をつけるということは、その者が公爵となったヴァレンティーナの婿になるかもしれぬ、ということだ。
あくまでもその可能性がある、という話ではあるが、対外的にヴァレンティーナの将来像を匂わせておくのにもちょうどよいのがこのヴァレリオだ。
タルティーニ侯爵家は、もともと強制召喚聖女ミカ様の側近くに残った異世界人夫婦が爵位を賜り興した家だ。
その夫婦は改名後の名をマリオ、アイリスと言い、ミカ様の支えとなって魔力汚染の浄化や数多湧き出る魔物討伐に力を尽くしてくださった。
その功績により当時のベネドリナ国王テオ様から爵位を与えられ、タルティーニ伯爵となった。
夫婦の子供はレオナルドとアンジェラ。
そのアンジェラが後にテオ様とミカ様の子ステファノ様と結婚することになる。
タルティーニ伯爵家は嫡男レオナルドへ代替わりした時に陞爵し、領地の加増も得てタルティーニ侯爵家となった。
もともと爵位すら欲していなかったマリオ、アイリス夫婦の働きに見合う褒賞が、ようやくそこできちんと与えられた形だ。
またタルティーニ侯爵家は五百年以上の歴史があり、かつてベネドリナ王国の王妃を出した家でもある。
その王妃が生んだ子が後の国王クリスティアーノ様。
クリスティアーノ様は魔力型が全型で、治癒や回復も当然使えたが、どちらかといえば攻撃系の魔法や魔術に優れていて、魔物討伐には直々に出向いて力を振るっていた方だ。
つまりヴァレリオの示す力はいわば先祖返りのようなもの。
そしてヴァレンティーナと同い年の六歳。
しかも聖女と勇者が夫婦となって興した由緒ある侯爵家の三男。
ヴァレンティーナの従者とするに、今、王国内にこれほど条件のよい貴族子女は他にいない。
「さっそくだが、ヴァレリオ。今日ここへ来た理由はわかっているか?」
「はい。ヴァレンティーナ第三王女殿下のお相手を務めるためと聞いております」
そう答えるヴァレリオの表情は少し固い。
王家から命じられたことだから、本当は嫌だけどお相手を務めるしかない、とでも考えているのだろう。
事前の調べで、ヴァレリオは剣術も勉強もよくする見どころのある少年だということはわかっている。
その顔立ちのため同年代の貴族令嬢に人気があるが、本人は浮かれるどころか令嬢たちと過ごすのはそもそも時間の無駄、と思っているようだ。
マヌエルの剣術稽古相手であるヴァレリオの兄ジョエレによると、ヴァレリオにとって貴族令嬢とは、ひらひらしたドレスを着て気取っていてわがままですぐ泣く面倒な生き物だ、ということらしい。
従って王家からヴァレンティーナのお相手を務めよと命じられた時も、王女なんてもっとわがままで高飛車でひらひらしたドレスを着て偉そうにあれこれ命令する生き物だろ、どうして僕が、といった調子でむくれていたそうだ。
そのイメージを覆すヴァレンティーナに実際に会った時、ヴァレリオはどんな反応を示すのか。
実に興味深い。
今日ヴァレリオを会わせることは、ヴァレンティーナには伝えていない。
先入観なしにヴァレリオと会ってもらいたいからだ。
当然のことながら、我々兄姉もヴァレリオを直接自分の目で確かめなくては気が済まないため、私はこうして直に会う時間を取り、デルフィーナとニコレッタはそれぞれに決めた場所で待ち構えていて、このあとマヌエルがヴァレリオを連れてそちらへ行く予定だ。
そこで自然な形でヴァレンティーナに会わせ、両者の反応を見ることにしている。
「それでは侯爵。これから先はヴァレリオをこちらで預かろう。帰りはジョエレと共に、ということでよいな?」
「はい。よろしくお願い致します。では私はこれで失礼致します」
「ご苦労だった」
タルティーニ侯爵が退出し、一人残されたヴァレリオは別に心細くもないようで、私の顔をまっすぐ見てきた。
「ヴァレリオ。稽古着は持参しているな?」
「はい」
「では稽古着に着替えるように。お前のために控室を用意させてあるから、今からそこへ案内させよう」
「はい」
返事はしたがヴァレリオの表情には戸惑いがある。
王女のお相手を務めるため、きちんとしたハーフパンツスーツを着ているのに、なぜ稽古着に着替えなくてはならないのかわからないからだろう。
だが私は説明を省き、侍従に命じてヴァレリオを控室へ案内させた。
しばらくして騎士用稽古着を着用しブーツを履いたヴァレリオが戻ってきた。
続いて扉がノックされ、マヌエルがジョエレを従えて部屋に入ってきた。
もちろん二人とも稽古着姿だ。
マヌエルはヴァレリオの姿を見て頷いた。
「兄上。もう連れていってもかまいませんか?」
「ああ、いいぞ。ヴァレリオ、こちらは第二王子マヌエルだ」
「マヌエル第二王子殿下にご挨拶申し上げます。タルティーニ侯爵が三男ヴァレリオと申します。本日は……」
「堅苦しい挨拶は抜きでいいぞ、ヴァレリオ。今日はよろしくな。それでは兄上、ヴァレリオを預かります」
「頼んだぞ」
ヴァレリオは何が何やらわからない、といった表情のままマヌエルとジョエレに従って部屋を退出した。
きっと、お茶を飲みながら王女とのつまらない会話を強要されると思っていたであろうヴァレリオの考えは、ここで打ち砕かれたはずだ。
さて。
ヴァレンティーナとの顔合わせはどうなるであろう。
あとでマヌエルたちから詳しく聞くのが実に楽しみだ。




