第20話 聖女様が残した開かずの本 ー 彼らの真意
側妃コンチェッタ視点
ヴァレンティーナはまだミカ様の本に釘付けのままです。
読めないながらも丁寧に一ページずつめくってはじっくり眺めています。
手書きの文字の温かみに心惹かれているのでしょうか。
「あ!ここから文字の書き方が変わりました」
ヴァレンティーナが開いているのは、この本の二人目の書き手となったアンジェラ様が書き残したページです。
確かにミカ様の筆跡とはガラリと変わっていますね。
少し小さめの文字でページいっぱいにびっしりと書かれています。
「ここからはアンジェラ様が書き残されたページになりますよ」
「アンジェラ様は、ステファノ様のお妃様ですね?」
「ええ、そうです」
アンジェラ様は、テオ様とミカ様の子であるステファノ様と結婚し、ベネドリナ王国の王妃になった方です。
異世界人夫婦の娘ですので魔力型は全型でした。
「アンジェラ様は魔力汚染の浄化に力を尽くされた方ですから、浄化について詳しく書き残されています」
「浄化ですか?まだわたくしの知らない聖女の力ですね?」
「ええ。未だ魔力汚染されたままの土地は残っていますし、そこには魔物もまだまだたくさんいますからね。いずれあなたも魔物討伐隊の一員として赴き、騎士たちの後方支援や汚染地域の浄化をすることになるはずです」
「はい」
「ただ、危険な任務となりますから、あなたが赴くのは数年先のことです。それまでは焦らず、よく学び、聖女の力を伸ばしていきなさい」
「はい。きっとお母様の負担を減らせるようになります」
ヴァレンティーナは真剣な表情でそう言いました。
そしてまたページをめくります。
アンジェラ様の次、三人目の書き手はミカ様のお孫様であるマリアーナ様です。
ステファノ様とアンジェラ様の子ですから、フォンタナ一族に初めて生まれた全型の人間ということになります。
ご兄弟は三人いましたが全型で生まれたのはマリアーナ様お一人でした。
マリアーナ様以降、書き手は皆フォンタナ一族に生まれた全型の方々になります。
マリアーナ様から六十年ほど後に生まれたのがベネドリナ王国の王女ルイーザ様。
それから九十年ほど経て生まれたのがベネドリナ王国の王子クリスティアーノ様。
後に国王となった方です。
それから百年以上経って生まれたのがベネドリナ王国の王女リディア様。
さらに百二十年近く経って生まれたのがフォンタナ公国初代の公女グローリア様。
どの方も母親が異世界人夫婦の子供の子孫です。
「お母様。グローリア様の書いた文章はわたくしにも読めます」
ヴァレンティーナは嬉しそうにそう言って、読み始めました。
「グローリア様は薬草やポーションのことを書かれているのですね」
「ええ。その頃には失われていた薬草がたくさん復活し、ポーション作りも盛んになってきていましたから、全型の人間しか作れないポーションについて詳しく書き残してくださっていますよ」
「すごいです。わたくしも薬草について勉強すれば、ここに書かれていることを理解できますか?」
「ええ、理解できるようになりますよ。ポーションも作れるようになるでしょう」
「やりたいことがまたひとつ増えました」
ヴァレンティーナは楽しそうにそう言いました。
幸いなことにヴァレンティーナは与えられるのを待つことなく、自分から積極的にやりたいことを見つけて取り組む質です。
ですから薬草の知識やポーション作りもあっという間に物にしてしまうかもしれませんね。
それに今日はミカ様の本の仕組みに興味を引かれたようですから、そのうち魔道具を作りたいと言い出すかもしれません。
それにしてもミカ様の本の仕組みにはわたくしも驚きました。
まさかあの意味不明の文字だけが書かれたページに声が保存されていたとは。
そして驚くと同時に、ある考えが浮かんできたのです。
わたくしはミカ様の本で様々なことを学びましたが、その途中で、なぜこの本は全型しか開けない仕組みにしたのだろう、と疑問に思うようになりました。
本に書かれているのは全型の人間にしか使えない知識がほとんどですが、全型以外の人に隠すべき内容とは思えません。
なぜこの本を作ったのか。
なぜこの本を残したのか。
全型の人間しか開けない本を。
ずっとそれが気になっていました。
ところが今日、ミカ様のものと思われる声が保存されていることを知りました。
その時、頭の中でひとつの考えに辿り着いたのです。
万が一、この世界が強制召喚を復活させた場合に備えて、強制召喚された異世界人のために、本の中に何か重要な情報を残したのではないだろうか。
その異世界人はきっとあのページの意味不明の文字を読めるはず。
保存されている声を聞けば、異世界人ならきっと何を喋っているのかわかるはず。
おもての資料には残さなかった強制召喚魔法陣を破壊するための魔法陣について、実は詳細を残しているのではないか?
強制召喚された異世界人がどのような扱いをされるのか、警告を残しているのではないか?
どうやって逃げ、生き延びればよいのか指針を残しているのではないか?
それを後々まで残すため、用途を変え、聖女のための本として代々書き残していくようにしたのではないか?
この本は本当は強制召喚された異世界人のために残したい本なのではないか?
本をフォンタナ一族に守らせておけば、万が一の場合、聖女や勇者と祭り上げられた異世界人がその本を手にする可能性が高まる。
そして異世界人なら魔力型は全型だから、本を開き、読み、そして声を聞いて理解できる。
異世界人たちは神聖国キドエラを滅ぼしたが、キドエラは聖堂の総本山として各国の聖堂に司教を派遣していたから、生き残りはいる。
おそらく異世界人たちはベネドリナよりもっと、強制召喚を最初にやり始めたキドエラを警戒していたのではないか?
生き残りがいる以上、警戒を解くことなどできない。
万が一の場合、異世界人が一番に守りたいのは、やはりこの世界の人間ではなく、異世界人であろう……。
これは考えすぎかもしれません。
キドエラの生き残りは、新しく聖堂の総本山となった神聖国スヒドラに取り込まれました。
ただ、キドエラが抱えていた秘密をその生き残りが引き継いでいないとは言い切れないと思うのです。
禁忌魔術大暴走からおよそ六百年経ち、全型の人間は生まれにくくなっています。
わたくしは、ヴァレンティーナが最後の全型となる可能性は否定できないのではなかろうか、と考えています。
もしかすると、わたくしが突然変異のごとく全型に生まれたのも、ヴァレンティーナが全型でこの時代に生まれたのも、ただの偶然ではないのかもしれません。
時代が必要としたから生まれた、という可能性も捨てきれない気がします。
そのような思いに耽っていると、ドアをノックする音がして、エドアルド殿下が隠し部屋へ入っていらっしゃいました。
「ヴァレンティーナ。そろそろ時間だよ。十分楽しんだかい?」
「はい!お兄様。ありがとうございました」
ヴァレンティーナは満足そうな顔色で、エドアルド殿下にお礼を言いました。
「お兄様。わたくし、明日から古語の勉強を始めます」
「おや、そうなのかい?」
「はい!」
「それでは古語の勉強もよく励みなさい」
「はい!」
そう答えるヴァレンティーナは、いかにも五歳の女の子らしい無邪気な笑顔をエドアルド殿下に向けていました。
そのヴァレンティーナの笑顔はわたくしの気持ちを落ち着かせてくれました。
わたくしの懸念はまだわたくしの中だけにしまっておきましょう。
この先何が起きようとも、ヴァレンティーナがたくましく自分の人生を自分の足で歩いていけるよう、その成長を助け、見守っていくこと。
今はそれがわたくしのなすべきことなのでしょう。
おまけ。
ミカ様の音声データ第三弾。
『ショウさんが言うには強制召喚魔法陣をぶっ壊す不可視魔法陣には爆破、殲滅、全滅、消滅、大爆発、灰燼に帰すとかすっごく物騒な文字を目一杯書き入れといたんだって。日本語、てか漢字って表意文字で長い歴史あるもんね。それがめちゃくちゃ効いたみたい。さらに恨みを込めて魔力をがっつり圧縮して込めといたって。しかもその魔力はなんていうの?スリープモード?みたいにしといたんだってさ。不可視魔法陣だし、込めまくっといた魔力は眠ってるから奴らは仕掛けられていることに気がつかなかったみたい。だからクソキドエラ消滅。クソベネの王都も汚染しまくりー。ザマァ。……ショウさん、不可視魔法陣の詳しい作り方とか理論なんかは残さないって言ってたね。たぶんすごく役立つんだろうけど、軍事転用できそうじゃん?そういうのは絶対に残さねえ、だそうです。でもまあ念のためここにヒントだけ残しておきます。これを聞いて理解できちゃう人が二度とこの世界に拉致されてきませんように、と、願いを込めてね。録音停止』




