第19話 聖女様が残した開かずの本 ー ミカ様からの忠告
側妃コンチェッタ視点
ミカ様の喋る声と本の仕組みに夢中になっていたヴァレンティーナは、再びページをめくりました。
「あ!これがミカ様が書かれた文章ですか?」
「ええ、そうですよ」
ヴァレンティーナは真剣な顔をしてそれを読み始めました。
そして、あれ?という表情になり、文章の最初の一行を指でたどりながらもう一度読み返します。
そして、わたくしを見上げました。
「お母様。なんだか難しいです」
そうなのです。
ミカ様は六百年前に生きた方。
現代の言葉と比べると、その頃使われていた言葉の意味や使用法が変化しているのです。
従ってその頃の言葉、つまり古語を学んでいなければ満足に読めません。
わたくしも初めて読んだ時、なんとか言葉をたどろうとしましたが、すぐに挫折しました。
そして王妃殿下にお願いして古語を学ぶための教師を手配していただいたのです。
ある程度集中的に学んでどうにか意味が掴めるようになりましたが、そこで古語を学んだことは後々とても役に立ちました。
この隠し部屋にある本や資料はほとんどが五百年から六百年前のもの。
やはり古語を知らなければ手も足も出ません。
「ヴァレンティーナ。言葉は時代の流れともに変化するものなのです。ミカ様が生きた時代は六百年前のこと。それだけの年月があれば、言葉は大きく変化するのですよ。あなたが読めなくても不思議ではありません」
「お母様はこれを読めますか?」
「ええ」
「わたくしも読みたいです」
「読むためには古語を勉強する必要があるのですよ」
「わかりました。わたくし、明日から古語を勉強します。この文章を読めるようになります」
ヴァレンティーナははりきっています。
これは教師の手配が必要になりそうですね。
古語を学ぶのも王子王女の義務ですから、本人がその気になった今が良いタイミングかもしれません。
「では先生を手配していただきましょうね」
「はい!」
嬉しそうに返事をしたヴァレンティーナは、再び本に目を落とし、ゆっくりとページをめくりました。
「ミカ様はていねいに手書きなさったのですね」
ヴァレンティーナが感心したような面持ちで言いました。
「そうですね。ミカ様はこの国の言葉を聞いて話すことはできましたが、読み書きができなかったそうですよ。テオ様に保護されてお体が回復してから読み書きを勉強なさったそうです」
「それは……わたくしが異国の言葉を勉強するのと同じですか?」
「ええ、きっとそうでしょう。これまでまったく知らなかった言葉ですから、文字を覚えるところから始められ、同じような苦労をなさったでしょうね」
強制召喚された異世界人は皆、読み書きを勉強したくても許されなかったそうです。
囲い込む側としては、読み書きを覚えられたら思わぬところから知られたくないことを知られ、余計な知恵がつき、自分たちの思い通りに異世界人を動かせなくなる、と恐れていたのかもしれません。
「お母様。ミカ様がここに書かれたのはどのようなことですか?」
「ここには栄養の大切さについて書かれています」
「栄養の大切さ……」
「ミカ様はあまり栄養のあるものを食べさせてもらえないまま、聖女の力を使わされました。そのため栄養不足で力が使えなくなってしまいました。その体験から、聖女、つまり魔力型が全型の人間は特に日々の食事に気を使いなさい、と忠告なさっているのです」
「わたくしは毎日しっかり食べています」
「ええ。だからあなたはとても元気ですし、やりたいこと学びたいことをなんでもできますね?」
「はい」
「全型の人間は魔力量がとても多く、聖女の治癒魔法を使うには魔力をたくさん使いますし、そのための体力も必要です。それに耐えうる体を作るためには毎日しっかり栄養のあるものを食べなくてはいけませんよ、とミカ様は書き残してくださっているのです」
「とても大切なことだから、一番はじめに書いてくださったのですね?」
「ええ、きっとそうでしょうね」
ヴァレンティーナはページをめくって言いました。
「次のページにはどんなことが書いてありますか?」
「次のページにも前のページから続けて栄養の大切さについて書かれていますよ」
「このページも?」
「ええ。具体的にお肉や卵は必ず食べなさい、野菜も必要ですが、体を作るためにはまずお肉と卵、と書かれています。チーズやバターもしっかり食べなさい、とありますよ」
「全部わたくしの大好きなものです」
ヴァレンティーナは嬉しそうです。
このページに書かれている内容はそっくりそのままヴァレンティーナの食事に反映されています。
ミカ様が書き残してくださったのは、体を作る食べ物と体を動かすための燃料になる食べ物についての知識でした。
その知識のお陰で、わたくしはヴァレンティーナのために必要な食事について迷うことなくいられました。
乳母が足りなければ増やしていただき、離乳食もよく吟味し、頻度もヴァレンティーナに合わせて与えてもらいました。
それが可能となったのはなんといっても王妃殿下の全面的なご理解とご支援を得られたからです。
わたくしも子供の頃から大食いでした。
実家では鶏を飼っていて卵には不自由しなかったので、わたくしは毎日食事でもおやつでも卵をたくさん食べていました。
今思えば、体が欲していたからなのでしょう。
王立学院に入学してからは、食堂で高位貴族のご令嬢方に大食いはみっともないと陰口をたたかれるほどにしっかりと食べていました。
その頃には治癒師の務めも果たすようになっていましたから、食べないと体が持たないことはわかっていましたし、陰口など気にしている場合ではなかったのです。
わたくしを保護してくださった王妃殿下からの口添えもあり、食事は不自由なく食べたいだけ食べられたので、勉強だけでなく治癒師の務めもしっかり果たせました。
その経験がありましたから、ヴァレンティーナを産んですぐ魔力型が全型だと判明した時は、とにもかくにもまず食事、とわたくしは思い定めました。
わたくしより魔力量が遥かに多いヴァレンティーナですから、食事如何によっては体の成長が追いつかず、想像するのも嫌ですが最悪の結果になっていたかもしれません。
ミカ様が書き残してくださった忠告と王妃殿下のお力添えがあったからこそ、ヴァレンティーナは健やかに成長したのです。
「ヴァレンティーナ。栄養についてはあなたもしっかり学びましょうね。治癒魔法を使う者には必ず必要となる知識ですよ」
「はい、お母様」
「次のページにもミカ様は栄養の大切さと増血魔法を使う時に気をつけなくてはならないことについて書き残されています」
「増血魔法ですか?」
ヴァレンティーナはページをめくりました。
そしてページに目を落としながら言います。
「わたくしはまだ増血魔法を使ったことがありません」
「そう、わたくしが使っているところを見ただけですね」
「はい」
「増血魔法は出血などで体から失ってしまった血を増やすための魔法だということは知っていますね?」
「はい」
「ただ、治癒魔法の中でも特に増血魔法は使い方に気を使う必要があるのですよ」
「それはなぜですか?」
「何もないところから血を作り出すことはできないからです。そのため本人の体の中にある材料を再利用して血を作るしかないのです。その材料は主に骨や筋肉だそうですが、それを少しもらって血に作り変えるのが増血魔法の役割です。そして増血魔法を使うわたくしの役割は増やす血の量を調整することです」
「調整、ですか?」
「ええ。例えば体が弱くて骨も筋肉も少ない人の場合、量の加減を誤ると骨がさらに少なくなって骨折しやすくなったり、筋肉が減って立ち上がることもできなくなってしまう可能性があります。もっと衰弱している場合、増血魔法を使うのはとても危険です。そういった見極めが必要になるのです。また、そのような場面でどのような対処ができるのか適切に判断するための医療知識も必要です」
「増血魔法はわたくしにはまだ難しいのですね」
ヴァレンティーナは少ししょんぼりしているようです。
ただ、やる気があり、すでに治癒師としての心構えもできているヴァレンティーナです。
もうそろそろ使わせてもよい頃合いかもしれませんね。
「ミカ様はこのページに事例と対処の仕方を書き残されています。わたくしもここから増血魔法について学んだのですよ。あなたも同じように学んでいけばよいのです。そして経験を積むこと。そうですね。増血魔法も見るだけでなく、そろそろ実践してみましょうか」
「はい!」
気を取り直したヴァレンティーナは、とても気合の入った元気のよい返事をしたのでした。
おまけ。
ミカ様の音声データ第二弾。
『タンパク質めっちゃ大事。私が死にかけたのって干からびたようなパンだの葉っぱだの植物性タンパク質すらほとんど取れない餌ばかり食べさせられてこき使われたせいだから。ったくふざけるなってんだ。そんなんで力が出るわけないだろクソベネっ。頭だって働くわけないわクソベネっ。あの頃の私は思考力ゼロで目はうつろ、表情はかんぺき死んでた。タンパク質を食事で補給し続けなきゃ聖女なんてあっという間に力尽きて死ぬわ。まじで死ぬわ。肉が消化できないって末期だから。ほんと危なかった。まともに肉食べれるようになるまで回復すんの、めっちゃかかったから。クソベネはマジでクソ。いやクソ以下。いやいやクソと比べたらクソに失礼。聖女は清らかなイメージが大事だから粗食、とかぬかしてんじゃねーよ。聖女こそとにかく肉肉肉。あと卵。話はそれからだ。録音停止ッ』
かなりお怒りモードのミカ様でした。




