第18話 聖女様が残した開かずの本 ー ミカ様の声
側妃コンチェッタ視点
「これが……ミカ様が残された聖女のための本ですか?」
引き出しから取り出したそれは、表紙に文字も装飾もない、焦茶色の分厚い一冊の本。
それを見たヴァレンティーナは目を輝かせました。
わたくしたちは今、王族専用の図書室の中、国王と王太子もしくは第一王子だけがそこを開けるための鍵を持ち、その許しを得ないと入れない隠し部屋にいます。
先ごろ、エドアルド殿下がヴァレンティーナにミカ様が残した聖女のための本を見せると約束してくださいました。
その約束が今日、果たされたのです。
隠し部屋の鍵はエドアルド殿下がご自身の手で開けてくださり、今日はその本を見るだけにとどめておきなさい、とヴァレンティーナに言含めたうえで、わたくしと二人で隠し部屋へ入ることを許してくださったのです。
ヴァレンティーナは部屋に入ると、目を輝かせて部屋の中を見回しました。
この部屋の本棚は、上部が棚、中央から下部が引き出しという作りになっています。
特に重要な本や資料はひとつの引き出しにひとつずつ保管する運用。
引き出しにはラベルが貼ってあり、中に何が入っているのかわかるようになっています。
ミカ様やテオ様の私的な備忘録、禁忌魔術大暴走についての記録、魔力汚染の浄化に関する記録集など、とにかく貴重な一次資料ばかり。
ミカ様が残した聖女のための本もそのうちのひとつです。
まさしく宝の山ですが、フォンタナ一族以外に見せることはご法度。
なにせ、ほとんどの資料が異世界人絡みですから当然のこと。
わたくしも側妃になるまではその存在を知りませんでした。
もちろん守秘義務を負ったうえで、国王陛下から教えていただいたのです。
その時陛下は、わたくしの父方の先祖が異世界人であったこと、そして我が子爵家の系図からは辿りきれなかったその事実が、隠し部屋に保管しているミカ様の私的な備忘録に記載されていた覚書によって確かめられたのだ、と教えてくださったのです。
残念ながら母方の先祖は辿りきれませんでしたが、わたくしの魔力型が全型であることから、間違いなくそちらにもどこかで異世界人の血が入ったはずだ、とも教えてくださいました。
自分が聖女の子孫であることはわかっていましたが、まさかそれが異世界人だったとは夢にも思わぬことで、しばらくは自分の中で折り合いがつかなかったことを覚えています。
「お母様。ミカ様の本はどこにあるのですか?」
「この引き出しに入っていますよ。出してみましょうね」
「はい!」
わたくしはひとつの引き出しからミカ様が残された聖女のための本を取り出しました。
ヴァレンティーナの目はその本に釘付けです。
わたくしが初めてこの隠し部屋へ入った時も、真っ先にミカ様が残された聖女のための本を手に取りました。
見た目は無骨な本ですが、フォンタナ一族に生まれた歴代の聖女様、つまり魔力型が全型の方々が書き残した叡智がたくさん詰まった素晴らしい本なのです。
わたくしはこの本を読み、結界を張る技術をさらに高め、治癒においては増血魔法の使い方をしっかりと身につけることができました。
その他にも高位治癒師として必要な知識はほとんどこの本から学びました。
わたくしには師と仰げる方がいないため、隠し部屋に保管された資料こそがわたくしの師となったのです。
ミカ様の本はヴァレンティーナの手にはまだ重すぎるため、テーブルの上に乗せて開くことにします。
ヴァレンティーナがそっと手を伸ばして本に触れ、びくっとしました。
驚いた表情でわたくしに言います。
「今、この本に少し魔力を吸い取られました」
「それはあなたの魔力型を調べるためですよ。この本を開く資格があるかどうか、本自身が判定するのです」
「まあ」
ヴァレンティーナは再び本に目を向けて、じっと見つめます。
「どのような仕掛けになっているのでしょう。知りたいです」
「それはあなたが解明してみてはどうかしら」
「お母様はご存知ではないのですか?」
「ええ。わたくしは魔道具に詳しくありませんからね。それにこの本は全型の人間ならば開けますしペンで書くこともできますけど、破けず、濡らせず、燃やせず、潰せないのです。つまり分解して仕組みを調べることができないのですよ」
「それはすごいです!」
ヴァレンティーナはこの本にますます興味を引かれたようです。
「お母様。本を開いてみてもいいですか?」
「ええ。開いてごらんなさい」
「はい」
わくわくしながらヴァレンティーナが最初のページを開きました。
そしてすぐにぽかんとしました。
そのページには、真ん中にただ一行、意味不明の文字が書かれているだけだったのです。
《_お(んDせ#い&でーGた》
わたくしも初めてこの本を開いた時は、何かの間違いかと思い、驚きました。
初めて見る文字、あるいは記号ですから、何を意味するのかまったく想像もつきません。
しかも次のページをめくっても、まったく同じ意味不明の文字が真ん中にただ一行、書かれているだけだったのです。
確認すると最初の八ページが同じ状態でした。
その次のページからミカ様が手書きなさった文章が現れ、わたくしはようやく安堵したのでした。
「これは何と書いてあるのでしょう?」
「わたくしにもわかりません。これはミカ様の生まれた世界で使われていた文字だと思うのですけれどね」
「わからない……」
ヴァレンティーナはじっとその文字を見つめました。
「それでも、やはり知りたいです」
そう言ってヴァレンティーナは人差し指でそっとその文字を撫でました。
その文字を愛でるように優しく。
すると。
急にその意味不明の文字が浮かび上がるように青く光りました。
そして本の中から声が聞こえてきたのです。
『アーマイクテスアホントダ@#&?!YLS#mO%=々〆☆……』
女性の声で何かを喋っているように聞こえます。
ですがまったく聞いたことがない言語です。
わたくしとヴァレンティーナは顔を見合わせ、その声に耳を澄まします。
意味はまったくわかりません。
似たような発音の言語もわたくしは聞いたことがありません。
ただ、その声は明るく、生き生きとして、若々しい感じがします。
しばらく喋っていたその声が、ふと止みました。
すると意味不明の文字も光を失い、元に戻りました。
わたくしとヴァレンティーナはまた顔を見合わせました。
「今の声はもしかしてミカ様の声でしょうか?」
「そうかもしれませんね」
「元気な声でした」
「ええ。明るいお声でしたね」
ヴァレンティーナは本に目を戻しました。
そしてページをめくりました。
次のページにも同じ文字が書かれているのを見て、ヴァレンティーナは再びその文字を人差し指でそっと撫でたのです。
また、その意味不明の文字が浮かび上がるように青く光りました。
そして本の中から同じ声が聞こえてきたのです。
『タンパクシツメッチャ&@#AAV_?M@€¥%>:☆2
9÷……』
やはり何を言っているのかまったくわかりません。
ですがどうやら先ほどとは違うことを喋っているような気がします。
しばらく喋っていたその声が止むと、また、意味不明の文字も光を失い、元に戻りました。
ヴァレンティーナはこの仕組みが面白くなったようです。
「お母様。もっと聞いてみましょう」
そう言って、ページをめくり、文字を撫で、喋る声を聞きました。
八ページ分すべて聞きましたが、もちろん意味はわかりません。
でもこの声の主の豊かな感情が伝わってくるように思えたのです。
ヴァレンティーナもそう思ったようです。
「ミカ様の声は、怒ったり、悲しんだり、喜んでいました」
「ミカ様が生きていた証し、ですね」
「はい。明るくて素敵な声でした」
わたくしたちは、六百年前に生きたミカ様がまるで目の前で喋っているかのような不思議な気持ちになったのでした。
おまけ。
ミカ様が最初のページに残した音声データはこちら。
『あーマイクテス。あっほんとだ。ページに《録音中》って表示された。すっご。こんなの作れちゃうなんてショウさん天才。これ消してやり直せない?え?ダメ?なんで?……つまり消せると上書きで捏造されちゃうかもだから一発勝負にしたってこと?もしかして手書きしたのも同じ?やっぱり?書き間違いもそのまま残っちゃうんだ。てかこの無駄話全部残っちゃうじゃん。このページ破いてもいい?え?破けない濡れない燃やせない潰せない?そんなぁ。いやほんとすごいんだけどさ。え?あ、そう言えばいいの?それ早く言って。録音停止』
強制召喚された時は女子高生だったミカ様は本当はとても明るく元気な女子でした。
なお、ショウさんは強制召喚された仲間です。




