第17話 一族の決意
第一王子エドアルド視点
ややあってヴァレンティーナは口を開いた。
表情は固まっていたが、頭の中では懸命にいろいろと考えていたらしい。
「異世界人はとてもとても怒っていたから、魔法陣を破壊したのですか?」
「なぜそう思ったのかな?」
「異世界人は無理矢理連れてこられました。異世界人はお家に帰れませんでした。とても悲しいことです。異世界人を無理矢理連れてくるのは、この世界のために働かせるためだとお兄様が教えてくださいました。本当は民のためではなく私利私欲のためだと教えてくださいました。働いていただくのと、働かせるのは違います。民のために働くのと、私利私欲のために働かされるのは違います。とても疲れてしまうと思います。きっととてもとても怒りたくなります」
ヴァレンティーナの表情は悲しげだが、その感情に流されることなく自分なりに考えたとみえる。
「そうだね。私もその通りだと思うよ。ではもう少し詳しく、当時、異世界人がどう扱われていたのか教えよう」
「はい」
「異世界人は無理矢理この世界に連れてこられた。その時、彼らは自分の身に何が起きたのかわからなかっただろう。これまで聞いたことがない言葉で話しかけられて混乱してしまっただろう。強制召喚魔法陣には召喚された人がこの世界の言葉を聞いて話すことができるような仕掛けが施してあったそうだ。だから意思の疎通には不自由しなかったらしい。それでも自分の身に何が起きたのかはわからないままだ」
ヴァレンティーナは頷く。
「強制召喚した側は異世界人を最初は丁重に扱った。聖女様、勇者様と持ち上げて歓迎した。そして自分たちの手元に囲い込んだ。異世界人はそれを受け入れるしかなかった。この世界で生きていくすべを知らず、知らないままにされたからだ。そして異世界人は人として扱われず、駒として扱われた。とても強くて優れた力を持っていたから、その力をあれに使えこれに使えと無理矢理働かされ、住む場所は与えられても報酬は貰えず、食事も着るものも質素なものしか貰えなかった。これではどれほど強く優れた力を持っていたとしても、存分にその力を使うことはできなくなるだろう」
「はい。よくわかります」
「テオ様の書き残した備忘録に、聖女ミカ様はろくな食事も与えられぬままこき使われ、三年も経つとガリガリに痩せこけて力が出なくなった、という記述がある。それはミカ様が力を失ったのではなく、栄養不足が原因だったのだが、それがわからないベネドリナ王家はミカ様を遺棄して次の聖女を召喚すると決めたそうだ」
「それはしてはいけないことです。ベネドリナ王家はしてはいけないことをしました」
「まったくもってその通りだ。しかもほとんどの異世界人が同じような目に遭ったそうだ。そのような扱いをされたらどう思うか。この世界に怨みを抱き、復讐心を募らせたとしても無理はないだろう」
「はい」
「やがて異世界人たちは遺棄された仲間を探しだして連携し、力を合わせて強制召喚魔法陣を破壊する準備を整えていった。そしてベネドリナが次の聖女を強制召喚しようと魔法陣を発動した時、それを破壊したのだ。破壊用の魔法陣を仕掛けておいたことは異世界人しか知らないし、痕跡も残らなかった。だから大爆発の原因は禁忌魔術のせいだ、とされたのだよ」
「異世界人はとても頭が良くて、心が強いのですね。でも悲しかったと思います」
「そうか。ヴァレンティーナはそう思うか」
「はい」
ヴァレンティーナは異世界人が喜んで破壊行為をしたのではない、心が痛んだろう、と思ったのだろう。
それが正解かどうかはもちろん誰にもわからない。
だがヴァレンティーナがそう思ったのなら、それでいいのだ。
強制召喚魔法陣を破壊した異世界人たちは、もう二度と自分たちと同じ目に遭う者が出ないよう、あえて手を汚したのだろう、と私は思っている。
強制召喚魔法陣を破壊し、聖堂を破壊し、強制召喚に関わった者に死をもって償わせる、ということを実行するのにまったく心が痛まないはずがない。
相手が自分たちを強制召喚して使い潰した非道な輩だとわかっていても、だ。
異世界人たちはそのような非道な人間ではなかったのだから。
だがこれは私の私見。
ヴァレンティーナにはヴァレンティーナなりの受け止めがあり、考えがあるはずだ。
ここで私の私見まで口にする必要はないだろう。
「お兄様。聞きたいことがあります」
「どんなことだね?」
「なぜキドエラとベネドリナの王都は、魔力で汚染されたのですか?」
「キドエラとベネドリナの魔法陣には強制召喚に備えてすでに魔力がたっぷりと込められていたそうだ。ベネドリナが先に発動したが、キドエラでも同時期に強制召喚をしようとしていたらしいのだよ。よって魔法陣の発動により異世界人たちの桁外れの全型の魔力と、この世界の魔術師たちの桁外れの魔力とがぶつかり合い、混ざり合って大爆発を起こし、魔力汚染につながったと考えられている。魔力濃度は測定不可能なほど酷いものだったそうだ。その中では人も動物も植物も生きてはいけないほどに。逆にそこから生み出されたのが数多の魔物だった、ということのようだ」
「ではナルサスとラドゲルは、なぜ魔力汚染されなかったのですか?」
「ナルサスとラドゲルでは魔術師が不足していて強制召喚ができなくなっていたため、強制召喚魔法陣の魔力は空だった。その違いが魔力汚染されるかされないかの差になったのだろう、と言われている」
「なぜ魔術師が不足していたのですか?」
「強制召喚のためには、想像を絶するほどの量の魔力が必要だった。当時は魔力量の多い優れた魔術師がたくさんいたが、彼らは強制召喚魔法陣を発動するために無理をして魔力を使い、そのため命を落としてしまった者がかなりいたそうだ。強制召喚をしたためにこの世界の魔術師が数を減らす、という皮肉な結果になったのだよ」
「わかりました。教えてくださってありがとうございます」
ヴァレンティーナは疑問が片付いてすっきりしたような表情になった。
怪我をした血まみれの騎士を見ても動揺しないくらいには肝が据わっているヴァレンティーナだ。
今日教えた衝撃的な内容も、それなりに受け入れられたのかもしれない。
だが今日教えたことは基礎部分といったところだ。
まだ教えておきたいことはたくさんある。
ひとつは強制召喚魔法陣。
これをいつ誰が何の目的で作り出したのか、本当のところはわかっていない。
最初に強制召喚を始めたのは神聖国キドエラ。
強制召喚の元は神を召喚する儀式だったというのがキドエラの言い分だ。
その儀式で神の代わりに呼ばれたのが聖女であり、勇者である、としていた。
そのキドエラから強制召喚魔法陣を複製して盗み出した者がいて、ベネドリナ、ナルサス、ラドゲルでも強制召喚をやり始めた。
終いにはキドエラとベネドリナは競うように強制召喚をするようになってしまった。
そして禁忌魔術大暴走の後の異世界人について。
禁忌魔術大暴走の後、生き残っていた異世界人は皆、名前を変えて市井に溶け込み、自分たちが異世界人であることを隠し抜いた。
ミカ様の非公式の覚書に出てくる異世界人の夫婦は三組いるが、やはり皆、名前を変え、子供にさえ自分たちが異世界人であることは隠し抜いたそうだ。
その子供が合わせて六人いたこともわかっている。
名前が残っているのはその十二人のみ。
生き残った異世界人は他にもいたらしいが、彼らの行方はまったくわかっていない。
平民にもまれに四型の人間が現れることだけが、彼らの存在の証しだ。
それから魔力汚染の浄化についても。
名前が残った方々は、魔力汚染された地域の浄化や、次から次へと湧いて出てくる魔物の討伐などに力を貸してくださった。
この世界の人間の力だけでそれをやり遂げようとするなら五百年でも足りなかっただろう。
いや、足りないどころか魔力汚染が広がり、魔物に蹂躙されて、荒れた土地がさらに広がり国は衰退してしまったかもしれない。
本当なら異世界人に見捨てられたとしても文句は言えなかった。
ある日突然拉致されて、何もわからないまま無理矢理力を使わされ、報酬どころか衣食住すら酷いものをあてがわれ、体に限界が来て力が振るえなくなれば用無しと遺棄されたのだ。
彼らがこの世界そのものが滅びればいい、と思ったとしても当然だと思う。
汚染された地域の復興に手を貸す義理などかけらもなかったはずだ。
フォンタナ一族が異世界人の血を繋ぐことにこだわってきたのはなぜか。
その能力も繋いでいけたらありがたい、という理由もあるが、それよりも、異世界人たちがどう扱われたのか、悲惨な目に遭ったにもかかわらず魔力汚染の浄化や魔物討伐に力を貸してくださった慈悲深さ、それを絶対に忘れ去ってはいけないという強い思いと後悔を、血と共に繋いでいく決意。
これが一番の理由なのだ。
こういったことは、また追々ヴァレンティーナに教えていくことになるだろう。
「ヴァレンティーナ。今日はここまでにしよう」
「はい。ありがとうございました、お兄様」
ヴァレンティーナは真面目な顔で深々と頭を下げた。
そして言った。
「わたくしも異世界人の子孫として恥じぬよう、この国のために力を使う決意です」
今、私はヴァレンティーナの成長の瞬間を目の当たりにしたのかもしれない。
ヴァレンティーナのきりっとした表情を見て、私はそう思った。




