第15話 禁忌魔術と私たちの先祖
第一王子エドアルド視点
「ヴァレンティーナ。今日は私たちの先祖について詳しく教えるからね」
「はい。お兄様」
「今日教えることは決して書き残してはいけないし、誰かに喋ってもいけないよ」
「はい。わかりました」
ヴァレンティーナの表情が引き締まった。
ここは私の執務室。
私とヴァレンティーナはローテーブルを挟んで向かい合わせでソファに座っている。
人払いしているので今この部屋には私たち二人だけしかいない。
さらに防音魔法をかけて話し声が外に漏れる心配がない状態にしてある。
ヴァレンティーナは五歳になった。
これまでにフォンタナ王家王子王女の義務である武器の習得は弓を選んで習い始め、同じく義務である乗馬を習い、コンチェッタ様の手ほどきを受けながら治癒魔法、回復魔法などの聖女の力を磨き、宮廷魔道士サムエーレの手ほどきを受けながらさらに多くの魔法を使えるようになり、魔術を使えるようになりたいと魔法陣の勉強も始めた。
母国語の力を高め、国内外の文化、歴史等を学び始めるなど王女として必要な勉強もきちんとこなしている。
このようにヴァレンティーナの成長と学習速度が上がったため、結局同年代の遊び相手は選定されなかった。
遊び相手というのはただ一緒に遊ぶだけでなく学びも共にするもので、ヴァレンティーナの学びの速さと方向性を考えると、それについていける貴族子女はいないだろうとの父母の判断もあった。
交流はデルフィーナやニコレッタが招かれる茶会に主催の協力を得て参加する程度となったが、ヴァレンティーナ自身はそれで充分らしい。
やりたいこと、知りたいことが多すぎて、交流より学ぶ方に時間を使いたいようだ。
そんなヴァレンティーナだから、禁忌魔術大暴走後の正史とされるこの国の歴史はすでに学んでいる。
だがこれからヴァレンティーナに教えるのはフォンタナ一族だけが知る禁忌魔術大暴走の真の姿だ。
私は父から直接教えられた。
今日は私がヴァレンティーナに直接教える。
一族が連綿と伝え続けてきた禁忌魔術大暴走の真相と異世界人のことを。
ヴァレンティーナは最近、コンチェッタ様と共に重い傷を負った騎士を相手に治癒魔法を使い始めた。
まだ王宮内の医務室で王室第一騎士団の騎士だけを治癒しているのだが、彼らの口は堅いとは言え、ヴァレンティーナが聖女の力を持つらしいと悟る者が少しずつ増えてきているのだ。
それを公にする日は近くやって来ることだろう。
ヴァレンティーナはその心構えをしておかなければならない。
今日、隠されてきた真実を知ることでその心構えはさらに強固なものとなるはずだ。
「ヴァレンティーナ。私たちフォンタナ一族の先祖はどなたか、もう知っているね?」
「はい。ベネドリナ王国の王弟であるフォンタナ大公テオ様と聖女ミカ様です」
「そうだ。そしてその頃に引き起こされた禁忌魔術大暴走とはどんな出来事だったかな?」
「ベネドリナ王国と神聖国キドエラとナルサス王国とラドゲル王国の聖堂に、秘密に研究していた禁忌魔術の魔法陣がありました。その魔法陣を発動したら、全部の魔法陣が連動して大爆発しました。それで神聖国キドエラは国が全部壊れて消えました。ベネドリナ王国の王都は魔力汚染されて人が住めなくなりました。ナルサス王国とラドゲル王国の聖堂も全部壊れました。四つの国の王様たちも亡くなりました。そういう出来事です」
「きちんと覚えているね」
「はい」
ヴァレンティーナは少しだけニコッとした。
だが緊張感が漂っている。
これからどんな話を聞かされるのか想像がつかないからだろう。
「ヴァレンティーナ。ここからが肝心だよ」
「はい」
「禁忌魔術大暴走は今お前が言った通りの内容で世間に伝わっているが、本当に起きたこととは少し違うんだ」
ヴァレンティーナは目を丸くした。
「本当に起きたことはフォンタナ一族だけが知っていて、一族の者だけに代々伝え残してきたのだよ」
「なぜですか?」
「とても悲惨で、とても残酷で、とても悲しい出来事だったからだ。そして絶対に忘れてしまってはいけない出来事だったからだ」
ヴァレンティーナは戸惑っているようだ。
「まだお前には詳しいことをすべて話すことはできない。それはお前がもう少し年齢を重ねてから教えることだ。今日はフォンタナ一族なら必ず知っておかなくてはならないことだけ教えよう」
「はい」
「今日教えることは三つある。まず一つめ。お前が学んだ歴史で『秘密に研究していた禁忌魔術』となっているところだが、実際は少し異なる。本当は『すでに何度も発動していた禁忌魔術』なのだ」
「すでに禁忌魔術を使っていたのですか?」
「その通りだ」
「なぜ禁忌魔術を使ったのですか?」
「それを使うと、彼らにとって、とても都合の良いものが手に入るからだ」
「それは、民にとっても都合の良いことですか?」
「民にとって助かることもあったが、その禁忌魔術を使う主な理由は彼ら自身の利益のためだった」
「私利私欲のためですか?それはいけないことです」
「その通りだ。だが彼らはそれをよしとしていた。結果として自分自身の身を滅ぼすことになった」
「四つの国の王様が亡くなったのは、その私利私欲のためですか?」
「そうだ。亡くなった国王や教皇は皆、その禁忌魔術を使えと命令を下した最高責任者だった」
ヴァレンティーナは納得したのか頷いている。
ここまでは順調だ。
だが難関はここからだ。
「さて、その禁忌魔術とはどのようなものだったのか。難しいかもしれないが、よくお聞き。その禁忌魔術とは、私たちが生きているこの世界とは異なる世界から、そこに住む人を、同意も得ず、無理矢理、この世界に連れてくるための、強制召喚のことを言うのだ」
「……」
ヴァレンティーナの表情が固まる。
今私が言ったことを懸命に理解しようとしているようだ。
ややあってヴァレンティーナが聞いてきた。
「異なる世界はどこにあるのですか?」
「どこにあるかは誰にもわからない」
「……そこに住む人を無理矢理連れてくるのはなぜですか?」
「この世界のために働いてもらうためだ。いや、もっと正確に言えば働かせるためだ」
「働かせる……?招待して来ていただくのじゃダメなのですか?」
「そうだ。その人はどこにあるかわからない世界に住んでいるから招待状は送れないし、返事もいただけない」
「でも無理矢理はいけません。違う人をこの世界で見つけたらいいと思います」
「その人はこの世界では絶対に見つからないほど強く優れた能力を持っているのだ。代わりはいないのだよ」
「うーん……その人はお母様みたいな人ですか?」
「そうだね。コンチェッタ様のように強く優れた力を持つ人だ」
「それならその人はこの世界にいます。お母様がいます。無理矢理連れてこなくても大丈夫です」
ヴァレンティーナの表情が少しゆるむ。
「ヴァレンティーナ。コンチェッタ様のような人はもともとこの世界にはいなかったのだよ」
「?」
ヴァレンティーナはきょとんとした顔で私を見る。
「それを説明するために、二つめを教えよう。異なる世界から、無理矢理強制召喚されて、この世界に連れてこられた人々のことを、異世界人と呼ぶ。異世界人は何人も、何人もいた。異世界人は見た目がこの世界の人間とほとんど変わらなかった。そして異世界人は皆、この世界の人間とは比べものにならないほど、強く優れた力を持っていた。だから異世界人は当時、聖女、あるいは勇者と呼ばれ、異世界人であることは秘密にされていた」
「……」
再びヴァレンティーナの表情が固まった。
しばらく考えていたヴァレンティーナが恐る恐る聞いてきた。
「わたくしたちの先祖、聖女ミカ様も異世界人ですか?」
「その通りだよ」
「ミカ様は無理矢理連れてこられたのですか?」
「そうだ。強制召喚によって無理矢理連れてこられた」
これはヴァレンティーナにとっても衝撃だったようだ。
私も父から初めて聞かされた時は衝撃を受け、動揺した。
異世界人の存在について聞かされてもすぐに腑に落ちるわけではない。
どちらかと言えば作り話かおとぎ話を聞いたような気持ちになる。
だが、自分の先祖がその異世界人だと聞くと、とたんに現実味が増す。
聖女ミカ様は聖女のための特殊な本や手書きの備忘録を残している。
私も実際にそれを目にし、手に取ってみたので、異世界人ミカ様は六百年前、たしかにこの世界で生きていたのだと実感できたのだ。
そしてミカ様は同意などしていないのに無理矢理この世界に連れてこられた。
それは拉致されたということだ、とヴァレンティーナはもう理解できるはずだ。
王族は拉致、誘拐に人一倍気を使うものだからだ。
さて、ヴァレンティーナはこれをどう受け止めるのだろうか。
私は何も言わずヴァレンティーナの様子を見守った。




