第13話 王妃と側妃の子
第一王女デルフィーナ視点
今日はヴァレンティーナ三歳のお祝いパーティーが王宮の庭園にて開かれます。
招待した五歳から十二歳までの貴族子女がヴァレンティーナと交流を図る名目です。
国王である父がパーティーの開始を告げた直後、王妃である母がヴァレンティーナを呼び寄せて抱き上げると、招待客とその保護者たちは驚きのざわめきを漏らしました。
二人の様子を父、側妃コンチェッタ様、兄エドアルド、わたくし、弟マヌエル、妹ニコレッタが笑顔で見守ります。
もちろん招待客とその保護者たちの様子にも目を配りながら。
やはり顔色を変えた貴族がちらほらいますね。
正式なお披露目の場でヴァレンティーナを側妃の子と侮る軽口をたたいた脇が甘い者たちです。
宴席で側を通り過ぎただけの給仕がそれを耳にして上に報告するかもしれない、ということに思い至らなかったのでしょう。
情報収集力もなさそうですね。
きちんと調べていればヴァレンティーナ誕生の立役者は母だと気づくはずなのですけれど。
それだけではありません。
母が抱き上げたヴァレンティーナを、抱っこされて喜んでいるから王女と言えどやはりただの三歳児か、と侮る者もいるはずです。
三歳児を正式にお披露目する意味がわからない者がいることは想定内です。
わたくしたちはそういう者をこの場で炙り出すだけのこと。
王族の三歳児を舐めて困るのは己自身です。
王族らしくひとりで動き、考えて行動することができる水準にあるから三歳児でも表に出せるのです。
その水準に達していなければ表になど出しません。
当然のことです。
今日のパーティーの目的は、ヴァレンティーナの遊び相手候補を探すためのものと思っている者が大半でしょう。
ですが実のところわたくしたちは探せるだろうなどと甘い期待は抱いていません。
ヴァレンティーナのために近い年齢の貴族子女から遊び相手を選ぶ予定はあります。
同年代の子供と遊ぶ経験は得難いものですから。
けれど何といってもヴァレンティーナが聖女の力を持つことだけはまだ隠し通しておかなくてはならないのです。
最優先事項はこちらの方です。
情報を完全に遮断するのはかえって不自然ですから、ヴァレンティーナは母に似て魔力量が膨大だ、母の使えない魔法を使えるようになったのは父に似たのだ、という噂を少しずつ流しています。
それだけでも十分に目を見張る能力ですし、目くらましにはなるでしょう。
三歳になったヴァレンティーナは自分が聖女の治癒魔法を使えることも、使っていることも、まだそれを身内以外には隠しておかなければならないことも理解しています。
ですがまだ三歳。
思わぬ時に浄化など治癒以外の聖女の力を発現してしまう恐れは拭いきれません。
従って、遊び相手を選ぶとしても厳しい基準を設けておかなければならないのです。
今日のわたくしたちは、ヴァレンティーナにとって害になりそうな者を見極めることに比重を置いています。
口が軽い、傲慢、そもそもマナー不足、側妃の子とみて侮る。
そのような者は初めからヴァレンティーナに近づけるつもりはありません。
場合によっては遊び相手を無理に選ばずともよい、とさえ思っているのです。
ヴァレンティーナが生まれたのはなんと言っても王妃である母の意向があってのことでした。
母はこの国のためになることであれば、私心は捨て、王妃としての決断を優先します。
母は長い歴史を誇るポンティ侯爵家の長女で、父とは政略結婚でした。
その父をよく支え信頼関係を築き、四人の子を生み育て、王妃として確固たる地位を築き上げました。
その母にできなかったのが、フォンタナ一族が繋いできた異世界人の血筋に新たな異世界人の血筋を入れること。
こればかりはどうしようもなく、父も次世代に期待するつもりでした。
ところがタスカ子爵家令嬢コンチェッタという聖女の力を持つ者が現れたのです。
母はコンチェッタの保護に動き、さらに系図の調査をさせ、異世界人の新たな血筋を王家に入れる絶好の機会と判断しました。
父、母とコンチェッタとは十三歳の年齢差がありましたが、兄エドアルドとは九歳の年齢差で子爵家令嬢という身分差もあり妃候補にはできません。
そこで母はコンチェッタを側妃として迎えるよう父に強く勧めたのです。
しかも母は自身でコンチェッタを口説き落としました。
コンチェッタは聖女の力は身分や力に偏ることなく媚びることなく、あまねく使うべきものと思い定めていましたから、側妃の地位は身を守るにうってつけでした。
様々な野心を抱いて近づいてくる者が多く、苦労していたところへ母が手を差し伸べ保護したことを恩に着てもいました。
その苦労があったため結婚や子を持つことに忌避感を抱いていたコンチェッタに、母は自分が後ろ盾となってコンチェッタと実家を守ること、側妃としての公務は高位治癒師としての働きを最優先とすることを約束し、子は一人だけでよいから、どうかフォンタナ王家が果たすべき役割のために力を貸して欲しい、と熱心に説得しました。
こうしてタスカ子爵家令嬢コンチェッタは母の熱意に押され、どちらかというと母のために側妃となったのです。
そして母は側妃コンチェッタ様が子を生んだ時、誰よりも喜び、コンチェッタ様を労い、感謝しました。
コンチェッタ様の協力なくしては成し遂げられなかったフォンタナ王家の果たすべき役割を無事果たした安堵と喜びがあったのでしょう。
こういった経緯がありますから、ヴァレンティーナを側妃の子と侮ることは、ヴァレンティーナ誕生の立役者であるフォンタナ王国の王妃を侮ることと同義なのです。
そういう者をヴァレンティーナの側に近づけるなど、父や母はもちろんわたくしたちも許すはずがありません。
ところで、パーティー開始直後の母の行動は、わたくしにヴァレンティーナ一歳の誕生日の出来事を思い出させました。
その日、わたくしたちはプレゼントを持ってヴァレンティーナの部屋を訪れました。
コンチェッタ様は朝からずっとヴァレンティーナと一緒でした。
マヌエルやニコレッタはまだ公務で忙しい歳ではありませんから、早めにヴァレンティーナの部屋を訪れて一緒に遊んでいました。
わたくしはどうしても調整がつかなかった公務をこなしてからヴァレンティーナの部屋を訪れました。
兄エドアルドも公務の合間に顔を出しました。
ヴァレンティーナはわたくしたち兄姉が四人揃ったことに大喜びでした。
常にないことだからです。
大喜びのヴァレンティーナはわたくしたちに抱っこをせがみました。
皆で代わる代わる抱っこしてあげると、ヴァレンティーナの顔が喜びで輝きます。
わたくしがヴァレンティーナを抱っこしたのは生後五、六か月頃のこと。
ずいぶん重くなった、と成長を喜び、感慨深く思ったことを覚えています。
それから皆で遊んでいた時、父と母が揃ってヴァレンティーナの部屋を訪れました。
ヴァレンティーナは来訪者に気づくと、とことこ歩いて出迎えました。
父の顔はすぐにわかったようで、まず父に抱っこをせがみました。
そして、抱っこされたまま母の顔をじっと見つめたのです。
ヴァレンティーナが生まれたあとも、母は忙しい仕事の合間を縫って顔を見に行っていました。
ただ、時間をかけてヴァレンティーナと接する機会はほとんどなかったのです。
それ故に母は自分の顔をヴァレンティーナが覚えているのか心許ない気持ちでいたようです。
その母の顔を見つめたあと、ヴァレンティーナは自分から手を伸ばして母に抱っこをせがみました。
ヴァレンティーナが自分から抱っこをせがむのは相手を信頼している時だけです。
これはわたくしたち皆の観察の結果、判明したことなのです。
ですから今、ヴァレンティーナの周りには抱っこをせがまれたことがある乳母と侍女たちしかいません。
そのヴァレンティーナが自分から抱っこをせがんできた時、母の顔は一瞬驚きを見せ、そして優しい笑顔になりました。
父の腕からヴァレンティーナを受け取り、抱っこをすると、ヴァレンティーナは嬉しそうに母に笑いかけて甘えました。
ヴァレンティーナを抱っこしている母の表情は常になく穏やかで優しいものでした。
わたくしたちが赤子だった頃も、あのような表情で抱っこをしてくださったのでしょうか。
それは少しばかりヴァレンティーナにやきもちを焼きたくなる光景でした。




