第12話 第三王女殿下付き侍女への第一歩(4)
ブランカ伯爵家次女ソニア視点
「ご覧になっていらっしゃったのですか?」
「うん。見ていたし、聞いていたよ。でもあんな風にして他人を蹴落とそうったって、そう上手くいくはずないのにね」
「そうでしょうか。ヴァレンティーナ殿下が声をかけてくださるまでは、周りは皆、私が悪いと思っているようでした」
「あの嘘泣きはなかなかのものだったし皆まだ幼いから騙されるのも無理ないよ……といっても幼くとも殿下は嘘泣きを見破られたからなぁ。王族はあのような嘘泣きやハニートラップに引っかからないよう教育されているというのもあるけど」
「王族の教育というのは厳しいのですね。私は母に王族の三歳は貴族の五、六歳と思いなさいと言われました」
「なるほどね。確かにそうかもしれない。僕はマヌエル殿下と同い年で剣術稽古のお相手を務めているからある程度知っているんだけど、やはりとても同い年だとは思えないほどしっかりなさっているよ」
ということはジョエレ様は十一歳なのですね。
そして殿下の剣術稽古のお相手をなさっている方。
あ。
もしかしたらジョエレ様が私に声をかけてくださったのはマヌエル殿下のお心遣いかもしれません。
私が気に病んでいないか見てくるように、とジョエレ様にお命じになったのかも。
そうだったら嬉しいですね。
「クラリッサ様のお兄君ライモンド様もマヌエル殿下の側近だと聞きました。ジョエレ様とライモンド様はお知り合いですか?」
「もちろん。だけどライモンドは側近ではなくて側近候補の一人……というより従者候補みたいなものだね。いったい誰が側近だなんて言っていたのかな?」
「クラリッサ様です。とても誇らしげに言ってました」
「なるほどね。話を大きくしたのか、殿下のお側にいるから勘違いしたのか、そんなところかな。それにしても君はあれだけひどいことを言われてよく堪えたね」
「私の行いは両親の評判に関わりますから、みっともない真似はできませんでした」
本当は泣き出す寸前だったけど。
「そうか。いや、本当に災難だったね」
「はい。でもヴァレンティーナ殿下のお陰で救われました」
「確かにそうだ。君は幸運だったね」
「はい」
殿下があの時たまたまお姿を現してくださらなかったら、と思うと今さらながらゾッとします。
「クラリッサ様はどうなるとお思いですか?」
「現時点ではお相手候補から脱落だね。だけどまだ八歳か九歳だったはずだ。これから周りがしっかり教育し直して良い方へ変わればチャンスはあると思うよ。それくらいの年齢でこいつはもうダメだと決めつけることはしないはずだから。学院に入る年齢になってもアレだと見込みなしと判断されるだろうけどね」
「それなら良かったです。ほっとしました」
クラリッサ様がここで潰されるようなことがあれば、私も流石にいい気持ちはしません。
まだ可能性があるのなら本当に良かった。
「ライモンドはマヌエル殿下の前で身内の恥を晒してしまったことを悔いて、ご両親に妹の教育を見直すよう働きかけるんじゃないかな。あのままではたとえ殿下のお遊び相手になったとしても、他の者とうまくやっていけそうにないからね。それに嘘泣きと嘘で王族を騙そうとしてしまった。その危険性を理解できればきっと変われるよ」
「そうなればいいですね」
「君を蹴落とそうとした相手にずいぶん寛大だな」
「まだほとんど知らないご令嬢ですから」
「ふむ。流石ヴァレンティーナ殿下の乳母の娘だけのことはあるね」
「ありがとうございます」
そう言われるとやっぱり嬉しいですね。
母の評判に傷をつける娘にはなりたくないですから。
「でも本当は、あの場でお叱りを受けるかと思って絶望しかかっていました」
「ヴァレンティーナ殿下の見る目は確かだったね」
殿下の洞察力は本当に凄い。
でも落ち着いて考えてみると、殿下は嘘泣きを見抜かれてもクラリッサ様をお叱りにはならなかった。
「あの、もしかしたら殿下があの場で私たちを咎めなかったのは、騒ぎを大きくしないためだったのでしょうか」
「ふむ。どうしてそう思ったの?」
「王族からお叱りを受けるということは、とても重いことだからです。もしかすると一生ついてまわるかもしれません」
「そうなったら取り返しがつかないかもしれないね」
「はい。殿下がご覧になったのは泣いているクラリッサ様のドレスにお茶の染みができていたことと、側に私が立ち尽くしていた姿だけです……その前に何が起きていたかはご覧になっていません」
「その通りだね」
「周りは私が悪いという雰囲気でした。でも殿下は何が起きたのか問いただすことはなさらなかった……クラリッサ様の嘘泣きと私が悔しくて泣きそうになっていたことを見抜かれた……でもお叱りは受けませんでした」
「うん。王族にとっても取り返しがつかないことはあるからね」
その言葉に私は戸惑いましたが、ジョエレ様は笑顔で私を見るだけで何も言いません。
私は一所懸命考えました。
王族にとっても取り返しがつかないこと……。
ああ!
「それは、きちんと確かめもせず雰囲気だけで一方を悪者と決めつけて叱り、それが間違いだったらご本人の責任になってしまう、ということですか?」
「その通り。冤罪で人を裁き、それが間違いだと判明した時、本人の評価も他に落ちる、ということだね。さらに冤罪の疑いをかけられた者からは恨まれ、周りの者からの信頼も失ってしまうだろう。だから王族はその場の雰囲気に流されて真偽も確かめぬまま判断を下すような真似はしないよう、厳しく教育されているんだよ」
ジョエレ様は、よく出来ました、という表情でそう言ってくださいました。
「ごめんなさいでは済まないのですね」
「王族の場合は特にね。それに今日はヴァレンティーナ殿下のお祝いパーティーだし、招待客は子供だ。だからマヌエル殿下はクラリッサ嬢をライモンドに任せて口を出さず、騒ぎを大きくなさらなかった。もし、あの場にライモンドが来ることなくクラリッサ嬢がいつまでも騒いでいたら、ヴァレンティーナ殿下は双方の言い分を聞くため場所を移そうと提案なさり、やはり騒ぎを大きくなさらなかったはずだよ」
「でもその場合は証人が必要ですよね?クラリッサ様には味方が二人いましたけど、私には誰もいませんでした」
「君の証人もいたよ」
「え?」
「おそらく一番近くにいた給仕が証人として呼ばれたはずだね」
「給仕の方が?」
「この会場は子供だけの場ではあるけれど、給仕や護衛、警備などは大人の仕事だ。しかも子供は皆貴族子女だよ。そこにヴァレンティーナ殿下はもちろん、年齢からいえばマヌエル殿下もニコレッタ殿下も参加なさる。エドアルド殿下とデルフィーナ殿下は国王陛下と王妃殿下の名代として皆を見守っていらっしゃる。当然、警備は万全にする必要があるとわかるだろう?」
「はい……ああ、わかりました。給仕の方は給仕の仕事だけしているのではない、ということなのですね?」
「その通り」
王宮では乳母も侍女も決められた仕事だけしていればよいというものではない、と、以前、母が言っていました。
きっとこれも同じことです。
王家の目と耳はいたるところに張り巡らされている。
王宮とはそういう場所なのだと、ようやく理解できました。
「ジョエレ様、ありがとうございました。とても勉強になりました」
「僕も君と話すのは楽しかったよ。まあ、こんな真面目な話をこのような場でしている子は他にいないだろうけど」
たしかにその通りですね。
皆、この素敵な庭園で楽しそうに過ごしていますから。
私とジョエレ様は顔を見合わせて笑い出してしまいました。
「ところで君の母君が殿下の乳母だってことは、君の妹か弟が乳兄弟なんだね?」
「はい。弟が乳兄弟です」
「実は僕の弟も三歳なんだ」
「まあ。同じですね」
「うん。僕の弟は殿下より十八日だけ早く生まれたんだよ」
「私の弟はひと月ほど早く生まれました。名前はセルジュです。ジョエレ様の弟様は何というお名前ですか?」
「ヴァレリオだよ。ものすごく元気な子だ。魔力量も多くてね。今は何をしでかすかわからないから目が離せないんだよ」
「でも可愛い盛りですよね?」
「まったくもってその通り」
私の弟もとっても可愛いのです。
もちろん身内の贔屓目だとわかっていますけど。
「そうだ。聞き忘れていたけど、君はヴァレンティーナ殿下のお遊び相手になりたいと思っているの?」
「私はヴァレンティーナ殿下の侍女になることが夢です。いえ、夢だったんですけど、今日、それは確かな目標に変わりました」
「そうか。夢が目標に変わったか。厳しい道のりだと思うけどがんばって」
「はい。ありがとうございます」
さわやかな晴天で、花壇のお花は満開、おいしいチーズケーキもありました。
思いがけずジョエレ様と勉強になる話もできました。
そしてなんといってもヴァレンティーナ殿下に直にご挨拶申し上げ、窮地から救っていただき、名前を覚えていただけました。
私は今日、直にヴァレンティーナ殿下にお目にかかって殿下が大好きになってしまいました。
絶対にヴァレンティーナ殿下の侍女になる、と心が決まりました。
こんなに幸せな一日を過ごせた今日という日のことを、私は一生忘れないでしょう。




