第11話 第三王女殿下付き侍女への第一歩(3)
ブランカ伯爵家次女ソニア視点
人垣が割れて、護衛騎士を従えたヴァレンティーナ殿下が姿を現しました。
殿下の目がクラリッサ様を見て、それから私を見ました。
殿下は私をじっと見ています。
それから殿下は足を運ばれて私の前に立ちました。
ああ。
もうおしまいだわ。
私は絶望しました。
「かなしいことがありましたか?」
「え?」
殿下の問いかけは思いがけないものでした。
てっきり私はお叱りを受けるのかと思ったのですが。
「ちがいますか?では、くやしいことでしたか?」
「あの……は、はい。悔しいことがありました」
私は素直にお答えしてしまいました。
殿下は私に笑いかけてくださいました。
「だいじょぶですよ。くやしいことはどりょくすればとりかえせます。わたくしはあねにそうおそわりました」
私は嬉しくて泣いてしまいました。
「うれしいですか?きょうはわたくしのおいわいなので、うれしいならわらってほしいです」
「はい。殿下」
私は泣き笑いの顔を殿下にお見せしました。
うんうん、と殿下が頷いてくださった時。
クラリッサ様が急に喚きました。
「殿下!その子はわたくしを虐めたんですのよ!それなのになぜお言葉をかけられるのですか!」
殿下はクラリッサ様に目をやって言いました。
「あなたのは、ほんきのないたのではありません」
「え?」
「しょ……そにあのは、ほんきのないたのです」
殿下の言葉にクラリッサ様と周りの人たちが呆気に取られました。
でも私はわかりました。
殿下はクラリッサ様の嘘泣きを見破ったのです。
私が悔しくて泣き出しかけていたことに気づいてくださったのです。
それに殿下は私の名前を覚えてくださっていました!
こんなに嬉しいことがあるでしょうか。
嬉しくてまた泣きそうになってしまいました。
「でも!これを見てください!わたくしはこの子にお茶をかけられたんです!ひどいとお思いになりませんか?」
「おちゃのしみはとってもらえますよ。うでのよいものがそろっています。しんぱいせずともだいじょぶですよ」
「そうじゃなくて!」
「もういい、クラリッサ。殿下に対して失礼だぞ」
急にどなたかの声が聞こえました。
見ればすぐ近くにマヌエル殿下と令息がひとり立っています。
「だって、お兄様!」
「もう茶番はやめなさい。マヌエル殿下と私はお前のしたことを全部見ていたんだ」
「え……」
クラリッサ様の顔色が急に悪くなりました。
どうやら令息はクラリッサ様のお兄君ライモンド様のようです。
ライモンド様の言葉に周りの人がざわついています。
しかもエドアルド殿下、デルフィーナ殿下、ニコレッタ殿下がそれぞれ離れた所からこちらをご覧になっていらっしゃいます。
きっとヴァレンティーナ殿下を見守っていらっしゃるのでしょう。
クラリッサ様はライモンド様に腕を掴まれ引きずられながら姿を消しました。
「皆、騒がせたな。茶番はこれで幕引きだ。引き続きパーティーを楽しんでくれ」
マヌエル殿下がそう仰って幕引きをしてくださいました。
「ソニア。よく堪えたな」
「ありがとうございます」
マヌエル殿下にまで慰めのお言葉をいただきました。
さっきまで生きた心地がしませんでしたが、ちゃんと見ていてくださった方々がいらっしゃった。
私は窮地を脱したことにようやく安堵しました。
「しょに……そにあ、おいしいものはたべましたか?」
ヴァレンティーナ殿下が再び問いかけてくださいます。
「これからいただこうと思っております」
「わたくしのだいすきなちーずけーきはおすしゅめですよ。ぜひたべてください」
「はい。必ずいただくことにいたします。お気遣いくださりありがとうございます」
ヴァレンティーナ殿下は再び私に笑いかけてくださいました。
たまに舌足らずなところが混じる可愛らしい喋り方で、ヴァレンティーナ殿下は私を慰めてくださいました。
それだけで私の胸はいっぱいになってしまいましたが、殿下のおすすめのチーズケーキは絶対にいただこうと決意しました。
護衛騎士を従えて去っていかれる殿下をお見送りしてから、私はお菓子の並ぶ一角へ行き、殿下おすすめのチーズケーキを探しました。
でも私はチーズケーキを見たことも食べたこともありません。
チーズだから黄色のケーキかしら、と思って探してみますが、それらしいものはありません。
戸惑っていると給仕の方が声をかけてくださいました。
「何かお目当てのものがありますか?」
「はい。チーズケーキというものをいただきたいのですが」
「それならばこちらです」
「まあ」
教えてくださったケーキは白い色をしていました。
「チーズケーキなのに白いのですね」
「ええ。これはクリームチーズと生クリームを使った焼かないケーキです」
クリームチーズ?
焼かないケーキ?
そんなケーキがあることは初めて知りました。
「ですからこうして氷で冷やしているのです」
一人分ずつ丸いカップのような器に入っているチーズケーキは、器ごと氷で冷やされています。
「これは焼いたケーキと違い、日持ちしません。ここでしか食べられないケーキです」
「では、それをひとつください」
「おひとつですね。このケーキは甘味が少ないので、果実ソースをかけてお出しします。ベリーとオレンジ、どちらにされますか?」
これは迷います。
迷いますが、色がきれいだからこちらにしましょう。
「ベリーのソースをお願いします」
「かしこまりました」
給仕の方がお皿にチーズケーキの器を乗せ、ベリーのソースをかけ、スプーンを添えて渡してくれました。
「ありがとうございます」
私はわくわくしながら空いたテーブルを探して座りました。
白いチーズケーキの上には鮮やかな赤紫のベリーのソースがかかっていて、とてもおいしそうです。
クリームチーズというものも初めて知りましたから、じっくり味わってみなければいけません。
スプーンを持って、まずチーズケーキだけをすくって食べてみました。
ひんやりしていて、とてもなめらかな舌触りにびっくりです。
これがチーズ?
これがケーキ?
私が知っているチーズやケーキとは全然違うものです。
甘味はほんのり感じます。
これだけでも十分おいしいですが、次にベリーのソースと一緒にもうひと口。
ベリーの酸味と甘味がなめらかなチーズケーキと一緒になるとたまらないおいしさです!
驚きました。
もう二度と食べられないかもしれませんから、ひと口ひと口しっかり味わって食べましょう。
「それ、おいしい?」
夢中になってチーズケーキを食べていると、そう声をかけてきた人がいました。
濃い茶色の髪に同じような濃い茶色の瞳のご令息です。
その方が持つお皿には私と同じチーズケーキの器が乗っていました。
「はい。とてもおいしいです」
「それじゃ僕もさっそく食べてみよう。ここ、いいかな?」
「はい、どうぞ」
その方は私の向かい側に座り、チーズケーキを食べ始めました。
その方のはオレンジのソースがかかっています。
「これはうまいな。驚いた」
その方は目を丸くしてそう言いました。
そうでしょう、そうでしょう。
なんといってもヴァレンティーナ殿下おすすめのチーズケーキですからね。
「このチーズケーキのことは聞いたことがあったんだ。食べるのは初めてだけどね。これ、聖女様のチーズケーキと言われているんだよ。知ってた?」
「いいえ、初耳です。聖女様の、と言うと?」
「フォンタナ一族の祖である聖女ミカ様が書き残したレシピを再現したケーキらしいよ」
「まあ。そうなのですか」
「材料が贅沢なものばかりだから、王宮でしか作られていないみたいだね」
「それじゃ、このチーズケーキを食べている私たちはとても幸運なのですね」
「幸運。確かにそうだな」
その方はチーズケーキを食べ終えてから自己紹介をしてくださいました。
「自己紹介がまだだったね。僕はジョエレ・タルティーニ。よろしくね」
「タルティーニ侯爵令息様でしたか。失礼いたしました。私はブランカ伯爵が次女ソニアでございます」
「固いなぁ。そんなに畏まらなくていいんだよ」
「でも侯爵家のご令息に失礼があっては」
「今日は楽しい日なんだからそんなに肩肘張らないでよ。この場ではジョエレと呼んでもらっていいからね」
「ありがとうございます。ジョエレ様」
ジョエレ様はにこっと笑ってから言いました。
「それにしても、さっきは災難だったね」
ジョエレ様は先ほどの騒ぎを見ていらっしゃったようです。
私に声をかけてきたのはその話のためでしょうか?




